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教訓、十八。惚れている人の目を覚まさせるのは困難。 11

2025/05/29 改

 シークは若様の護衛をしながら、ロルになんて言葉をかけるか悩んでいた。彼の行動は今までに無く、どうしたらいいのかすぐには分からなかった。ロルがそういう行動に出たのは、おそらく自分のせいだ。そう、シェリアがシークに気のある素振りを見せるからである。

 シェリアとそういう関係になった晩のことは、みんなどうやら薄々勘づいているし、だからといって言えるものでもない。


 やがて、若様の授業が終わり、教師はシェリアが貸している別棟の離れ屋敷に帰っていった。若様も部屋に戻る。その時、若様とフォーリの小声が聞こえてきてシークは、はっとした。


「…ねえ、ヴァドサ隊長、どうしたのかな? 何か悩んでいるみたい。ずっと考え込んでた。何かあったのかな?」

「何か問題があったとは聞いていませんが、後で聞いてみます。若様がそんなに心配なさることではないと思います。おそらく、隊員のことで何かあるのでしょう。」


 若様は本当に鋭い方だ。彼の前では悩んでいる素振りもできない。そもそも、シークは以前から表情を読みにくいとは言われても、簡単に何を考えているか分かると言われたことは、最近までなかった。ここのところ、表情が分かりやすいという指摘ばかりだった。


 しかし、今、何もありませんと言いに行くのも、(はばか)られた。向こうは気を(つか)って、わざわざ小声でやり取りしているのに、聞こえたと表明しに行くのもどうだろう。言いに行くのは聞こえてました、と手を上げて教えているようなものではないか。

 仕方ないので、ここは聞こえないフリをして静かに退室した。思わずほっと息を吐いた所で、ロルとロモルがやってきた。


「隊長、お話があります。」


 ロルより隊の先輩であるロモルが口を開いた。

「分かった。」


 シークは(うなず)くと自分が借りている部屋に、二人を連れて行った。


「……あのう…隊長、すみませんでした……!」


 ロルは言いにくそうにしていたが、覚悟を決めたように目を(つむ)ると頭を下げた。


「…何をだ? 何を謝っている?」

「あのう…隊長の命を無視して、メルを連れてその場から立ち去ったことです。その後、任務に戻らず、勝手な行動を取りました。」

「…そうだな。それで、悪いと思っているのか?」


 ロルはメルに()れている。心のどこかで悪いと思っていないような気がした。それを確認すると、やはりそのようだった。口だけの謝罪は結局、同じ過ちを繰り返すことになる。


「任務を放棄したので、その点は良くなかったと思います。隊長のお立場も考えず、勝手なことを言ったのも悪かったと思います。」


 ロルはうつむいた。


「メルについては、悪いと思っていないんだな?」

「そ、それは…。」


 ロルの目が泳いでいる。


「…確かに私も、お前の気持ちを考えずに、決めつけるような物言いをしたのは悪かった。ただ、彼女について正体不明なのは事実だ。」


 ロルが顔を上げた。


「ここの侍女長に確認したが、メルが村で出した侍女の申請書と今のメルの筆跡が違うそうだ。それで、入れ替わりを懸念(けねん)しているらしい。」


 シークだって何もしていない訳ではない。仕事を始める前に確認しておいたのだ。すると、侍女長の話で一気にメルの怪しさは増したのである。

 ロルの顔色が急に悪くなった。それは、そうだろう。好きな女がもしかしたら、悪い女かもしれないのだから。


「それは、本当ですか?」


 ロモルの方が緊張して聞いてきた。


「本当だ。書類の確認もさせて貰ったが、確かに筆跡が明らかに違う。村で出された物は一生懸命、下手でも間違いの無いよう気をつけて書かれているのに対し、今のメルの筆跡は字を書き慣れていて、雑な印象だ。

 筆跡から見えるのは、村のメルは確かにオスターが言う通りの人格のようだが、今のメルは自信があるように思えた。」


「そんなに違いましたか?」

「後でもう一度、確認させて貰うといい。かなり違う。つい、書いてしまったんだろうな。気をつけずに。そういう印象だ。」

「……そんな。」


 ロルは落ち込んでいる。だから、今はそれ以上、言わないことにした。言っても受け入れられないだろう。それに、ロルも自分の非は分かっている。


「ハクテス、オスターも一緒に調べているのか? ベリー先生とベイルから話は聞いている。午後からもお前達は任務からはずす予定だ。」

「すみません、隊長。もうしばらく、時間を下さい。もしかしたら、今夜中に動くかもしれないので、隊長も気をつけて下さい。」


 具体的にはまだ、言う段階ではないのだろう。誰かに盗み聞きされても困るので、とりあえず、それでよしとすることにした。


「分かった。」


 二人が退室してから、シークはため息をついた。怒って感情をさらけ出すような事態にならなかったので、良かった。感情の折り合いをつけるのは、いつも気をつけているが(むずか)しいものだ。

 彼らのことを思うからこそ、何かあれば感情は激しく揺さぶられてしまう。でも、隊長である以上、それは許されない。命取りになるからだ。自分も含めて二十名の命に関わる。


 それでも、もっとこうした方がいいとか出て来るが、完璧や完全を求めても、求められた方ができないし、何より完璧や完全というのは、何が完璧で完全なのか考えた結果、結局、自分の自己満足なのだと気づいてから求めないようにしている。


 だから、いつもこういうことの後は少し気疲れしてしまう。深呼吸をして気持ちを整えると、部屋を出たのだった。

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