教訓、十八。惚れている人の目を覚まさせるのは困難。 10
2025/05/28 改
その頃、情報収集をしたモナとトゥインは、二人で調理場より少し離れた所で、誰かメルに近づく者はいないか見張っていた。
「…モナ、お前。本当は熱いヤツだろ。普段は熱いのはむさくるしいとか言っておきながら。」
「……なんのことだよ。」
「しらばっくれるな。それに、お前、隊長に知られたら、まずいことばっかりしてるだろう? 実はロルのヤツも脅したんじゃないのか? 副隊長は知ってても、黙ってることあるからな。それが役に立つなら。そういう意味じゃ副隊長の方が現実主義者だよ。」
トゥインはモナを見ないで、まっすぐ人の出入りを観察しながら言った。
「…何が言いたいんだ?」
「お前、隊長のことになると、むきになって怒ってる。…隊長に恩があるのは分かってる。だけど、最近、妙に気が立ってるのはなんでだ?」
「……。俺、みんなと逆で、隊長に親衛隊になって貰いたくなかった。みんなはもっと隊長なら正当に評価されて、上に行けるって思ってたみたいだけど。俺は思ってなかった。」
トゥインもその意味は分かっていた。
「……。」
でも黙ってモナの話を聞いていた。
「だって、お前だって分かってるだろ。親衛隊の配属っていったら、セルゲス公である若様以外にないって、分かってた。そうなれば、命がけになることくらい分かってた。だから、敢えて昇進っていう名の左遷だって話をしていたのに、隊長は辞退するっていう考えすらなかったみたいだ。」
思わずトゥインは苦笑した。
「ほんっと、隊長ってそういう所、馬鹿なんだよなー。」
「で、お前がピリピリしているのって、危ないって思ってるからか?」
「…ベリー先生がさ、危ないって言ってる。」
「え?」
意外な名前が出てきて、トゥインは思わず聞き返した。
「このメルって女の正体を暴けって、ベリー先生からの依頼だ。たぶん、隊長と話をつけて俺達に任せているんだと思う。」
「そうだったのか。何か理由があるのか?ベリー先生がそこまで言う理由。」
「さぁ、そこまでは分からないけど。何かあるとは思う。だからさ、急いでんだ。それに、隊長が危ないのは事実だ。もう、親衛隊をやめたらダメだ。まだ、親衛隊にいる方が敵をやっつける名分があるからいい。
もし、クビになったり除隊したら、敵をやっつける理由がなくなってしまう。力を行使する名分が無くなれば、隊長が強いといっても簡単にやられてしまう。」
トゥインはモナを凝視してしまった。そこまで深く考えているとは思わなかったのだ。
「…お前、そこまで考えていたのか?」
「考えるさ。隊長はそこまで考えないからな。考えなければ死ぬ。すでに隊長は狙われてるっていうのに。この間の事件だって、明らかにおかしいし。隊長の従兄弟達の件にしろ、街道の事件にしろ、後ろ盾が何かあるはずだ。
しかも、レルスリ家とノンプディ家を敵に回してもいい連中が敵だって考えると、実に嫌な展開しか思いつかない。同じ八大貴族の中でも、トトルビ家とベブフフ家はレルスリ家を目の敵にしてる。ノンプディ家のことも嫌いなようだ。」
トゥインも実家が妓楼なので、否応なしに政の話が耳に入ってくる。だから、モナの心配はよく分かった。
「まあ、その心配は分かる。お前の心配は。それに、隊長をクビにしたいのは、若様を狙ってる連中だけじゃないし。シェリア・ノンプディ、あの女、嫌いだし許せない。」
シェリアの屋敷内にいながら危ない発言だが、人の気配がないことを確認しながら小声で話している。トゥインの発言に、モナが振り返った。
「…そういえば、お前、隊長の背中に薬を塗る時、顔がだらしなく緩んでたぞ。」
モナに指摘されて、トゥインはビクッとした。
「う! …誰にも言ってないだろうな?」
「言ってない。」
ベリー医師に喋っているくせに、平然とモナは嘘をついた。
「言ってないけど、気づいてるのはいる。」
モナの言葉にトゥインは慌てた。
「……だ、誰だよ!?」
小声でモナに怒鳴る。
「ハクテスと副隊長とベリー先生。」
ベリー医師には、自分からというか…ばらしたが勝手に気づいたことにする。トゥインは頭を抱えたが、ため息をついた。
「ちゃんと隠しているはずだったのに……。」
「…隊長を見る目が時々、熱すぎる。この間はかなりヒヤヒヤした。若様が隊長に抱っこせがんで抱きかかえてた時。あんなにうっとりしたら、まずいだろうが。隠す気あんのか?」
「……悪かったよ、心配させて。かっこいい隊長が、可愛い若様を抱きかかえてるから、つい。今度から気をつける。」
「バレたらお前、クビだぞ。お前だけで済む話じゃなくなるんだからな。隊長が一番、危ないんだって。」
モナに再三言われて、トゥインは頷いた。
「分かったよ、一層気をつける。ところで、あれは返してくれないのか?」
「返す時じゃねえな。」
「…なんだよ。お前なんか好きな人の一人や二人、できたこともないんだろ。」
「…あるよ、それくらい。普通に好きなのは女だけどな。」
さらっと返されて、トゥインは目玉が飛び出そうなほど驚いた。
「…一体、どんな女がお前の好みなんだ!? 難しそうだぞ、お前の好み。言えよ、どんな女なんだ?」
「…ち、誰が言うか。」
「くそ、お前の弱みを握れそうなのに。」
なんだかんだ言いながら、意外に相性がいい二人だった。




