教訓、二。魔が差すと即ち、死を見る。 5
コニュータはリタの森のすぐ側にある。街の建設の時、森を切り開いたというが、その時の木々は何本も残されていると聞いたことがあった。シークの目の前に生えている木も、その時からあるのだろうかと思うような巨木だ。
思わず木の大きさに感心して、苔が生えている木の幹に触れた。根っこもかなり太く張っている。きちんと手入れされているようだ。よく見れば白蟻かなんかにやられて腐った所を切って、薬か塗料か塗ってある。これも薬草なのだろうか。
(いや、草じゃないか。薬木だな。)
しかし、どれくらいの太さがあるのだろうか。待っている間、妙にそのことが気になりだした。それほど、圧倒される大きさなのだ。シークは辺りを見回す。まだ、誰も来ていない。
(誰もいないし、いいか。)
シークは木の幹に目印になる苔を見つけると、そこから両腕を伸ばした。根っこに気をつけながら、左手のピンを落とさないように右手の中指に当たった所から左手にうつし、順番に自分が何人分かを計る。
「おじさん、何しているの?」
「!うわっ。」
突然、声変わり中の少年の声がして、シークは慌てた。慌てて振り返ろうとしたが、慌てすぎて巨大な木の根っこに額をぶつけた。
「!」
額を押さえてうずくまったが、気配で分かる。向こうにただならぬ気配がある。さらにベリー医師らしい気配もある。おそらく、この声変わり中の少年がセルゲス公。
「おじさん、大丈夫?」
一瞬、おじさんって誰だろうと思って、自分のことだと気がついた。
「だ…大丈夫です。」
と言いながら顔を上げると、不思議そうな顔をしたリタ族の少年の顔が目の前にあった。
誰だろうか、この子。セルゲス公ではないな。ふと、視線を感じて向こうを見ると、この子の父親なのか、リタ族の戦士という感じの男が立っている。彼がただならぬ気配の主か、と思う。確かにベリー医師も向こうにいる。木の向こう側にも誰かいるようだ。
「…おじさん、国王軍の兵士?」
「そうだが…。」
「立って見せてよ。俺、初めて国王軍の制服を見るよ。」
目をキラキラさせながら言ってくるので、仕方なく立ち上がって見せた。
「へぇ、かっこいいね…!それで、おじさん、何してたの?」
結局そこに戻るのか、とシークは思う。
「木の幹の太さを測ろうとしていたのだ。それに、おじさんというのは失礼に当たる。」
彼の父親らしい人から答えがあった。
「そうです、あまりに立派だったもので。」
シークが答えると少年は不思議そうに言った。
「えぇ、こんな木が珍しいの?リタの森にはこんな木はたくさんあるのに。もっと太い木がたくさん生えているよ。」
「リタの森には生えているが、他の場所ではあまり育たないのだ。生える土地とそうでない土地とある。木の生育に向く土地とそうでない土地があるのだ。」
やはり、この戦士は彼の父親のようだ。その説明に少年は納得した。
「ふーん、そうなのか。」
リタ族の言葉で戦士が何か言った。少年は頷いた。たぶん、帰るぞ、か何かだろう。少年はシークを振り返った。
「ありがとね。」
そう言って、父親の元に走り寄り、向こう側に向かって声を張り上げて手を振った。
「じゃあねー、グイニス…!もう、会えないかもしれないけど、元気でな!」
返事はなかったが、少年は気にしている様子はない。どうやら、リタ族の親子はセルゲス公のために森から出てきて、一緒に遊んでいたらしい。グイニスという名前で明らかにそうだろう。
二人を見送り、ようやくシークの番が回ってくる。いよいよだな、とシークは気合いを入れ直して、その木の下から出て行った。
すると、ニピ族の戦士が立っている。彼がフォーリというセルゲス公の護衛だろう。服の帯に鉄扇が挟まれている。セルゲス公の姿は見えなかった。
ベリー医師がやってきた。
「ヴァドサ隊長、こちらがセルゲス公と護衛のフォーリです。」
シークはセルゲス公に挨拶しようと思ったが、護衛の後ろに完全に隠れていて挨拶しにくい。どうしようか。とりあえず、先にフォーリに挨拶するか。
「私は国王軍の親衛隊配属、セルゲス公の護衛に任命されたヴァドサ・シークだ。よろしく。」
「私はセルゲス公の護衛のフォーリだ。」
彼は…かなりいい男だと同性から見ても思う。だが、鉄壁の無表情だ。おそらく、シークが本当に信用できるのか、まだ分からないからだろう。




