教訓、十八。惚れている人の目を覚まさせるのは困難。 9
2025/05/28 改
ロモルとロルの二人がシークの所に行くと、シェリアが呼んだ教師に勉強を教わっている最中の若様の護衛をしていた。フォーリとシークの二人だけが中に入ることを許されている。他の者は扉の前や窓の外など、侵入者の出入り口となる場所の見張りをしている。
任務中だと分かっていたことだが、仕方ないので終わるまで待つことにした。静かに立っていると不思議な気分がした。
つい、この間までは親衛隊になることを望んでいたのに。いや、ロモルは特別、親衛隊になることを望んでいた訳ではなかった。だが、隊長ならもっと上にいけるはずだと思っていた。だから、親衛隊に配属になって嬉しいはずだったのに、実際には転がるように事態がどんどん変わる状況の中に放り込まれている。
きっと、ロルはまだ、その状況について行くことができていないのだ。
「ロル、お前、こういう状況になるって思ってなかっただろう? 親衛隊になった途端、分かってたけどいろいろ大変で、命がけの事態が生じるって思ってたか?」
「……いいや、思ってなかったです。なんていうか、今でも夢なのかなって思うことはあります。…だって、俺なんかが親衛隊だって。俺、親族中で初めて国王軍に入ったんです。だから、みんな大喜びしてて。
でも、実際には厳しいところで、先祖代々軍人の家系もあるし、隊長や副隊長みたいに有名剣術流派の家系の人なんかいっぱいいるし、道場で子どもの頃から習ってたって人も多くて。俺なんか剣術は習ってないし、なんとか全てがぎりぎりで通って、失格者が出たから繰り上げ合格で合格だったんです。
とにかく、ついていくのに必死で、一生懸命やってきました。新兵の教官を隊長がしてたじゃないですか。その時、すっごいしごかれました。剣術なんか一切できないから、軍式の基本剣術を習うわけだけど、飲み込みがいいって褒めて貰ったんです。人に何かを褒められるの初めてでした。物凄く嬉しかった。
軍式の剣術も体術も棒術も弓術も、個人より、複数の組になっての団体行動だから、何もやってなかった分、他流の動きが混じってないから非常にいいって言われて。」
ロモルは黙ってロルの話を聞いていた。
「…隊長、十五歳で一発合格でしょう? …で、二十歳から新兵の教官ですよね。仕事をしてたヤツが、国王軍を受けて入ってくるのもあるじゃないですか?年が変わんないわけです。教官と新兵の。しかも貴族のぼんぼんとか、隊長が教える新兵には意地悪かよって思うほど、たくさんいて。
でも、年上の新兵も関係ないんですよね。びっくりした。てっきり手加減するかと思いきや、貴族のぼんぼんだろうが、十剣術の家系だろうがなんだろうが、関係なかった。
最初はこんな人もいるんだって、驚きました。でも、そのうち、いつの間にか隊長を尊敬してた。誰にでも公平だったから。」
ロモルはロルを見やった。どうやら、泣いているらしい。こっそり、腕で涙を拭っている。ロモルはそれを見て見ぬふりをした。
「私も驚いた。隊長が新兵の教官時代に手伝いの要員として、一緒になったのがきっかけだ。一番、ハラハラしたのがエルアヴオ流の分家の子息と、代々エルアヴオ流の道場をしてきたっていう家系の、息子の二人と睨み合った時だ。こいつらが同時に入ってきて、大変だぞって言ってたら、やっぱり大変だった。」
「なんで睨み合いに?」
「槍の訓練中だった。団体行動だろう? 盾も使って動いて、突いて、盾の陰に引っ込んで、しゃがんで、立って突いて、こういう一連の動きを徹底して叩き込んでいたら、不満が出たんだ。」
ロルがロモルを不思議そうに見つめてきた。
「え? なんで? 基本なのに。最初から誰もできないですよ?」
「たぶん、もっと剣術の練習とかあると思ってたんだろう。それで、自分達の凄さを見せつけてやろうとか、考えてたんじゃないかな?その機会が全くないから、不満を。槍の訓練はもう十分だから、剣術の試合形式の稽古をさせろと。」
「それで、隊長はなんて?」
「訓練用の槍は、怪我をしないようにできてるだろう?」
ロルは頷いた。
「隊長は二人同時にかかってきて、一発でも当てられたら、そうしてやるって言った。だが、一発も当てられなかったら、二度と文句を言うなと。」
思わずロルは身を乗り出して聞いていた。
「…で? 結果は?」
思わずロモルは苦笑した。
「分かるだろう? 隊長の勝ちだ。一人は手から槍をたたき落とされ、もう一人は速攻で地面にひっくり返された。実戦だったら二人とも死んでるぞって言われて、二人は泣く泣く訓練に参加した。」
「さすが隊長、格好いい。」
さっきまでさんざん、隊長のシークが変わったと文句を言っていたくせに、ロルは頬を紅潮させて嬉しそうに言った。
「…ああ、そうだな。お前さ、隊長が変わったって言ってたけど、私からしたらお前の方が変わったよ。」
ロモルが言うと、ロルが「え?」と言いながらロモルを凝視した。
「だって、お前、親衛隊になってから、ちょっと調子に乗ってただろう? それに、メルをはじめ侍女達に誘われて、浮ついてたよな?」
「……それは。」
「街道の事件でも、私達はそこまで命がけの目に遭ったわけでもないし。一番、命がけだったの隊長だったし。」
「……。」
「ここに来てから落ち着いてたもんだから、気が抜けただろう?」
「……それは。」
「お前だけじゃない。私も特別に任務を与えられてなかったら、そうだったと思う。私は隊長はずっと変わってないと思う。任務が第一の人だ。変わってるか?」
「…いいえ。変わってないです。」
静かに諭されて、ロルはようやく自分のことにも目が行った。確かに…そうかもしれない。いや…そうだ。メルだけじゃなく、いろんな侍女達に目配せされ、くすくす笑っている姿を見て、完全に浮ついていた。有頂天になっていたと思う。生まれて初めてこんなにモテていると思うと、有頂天になっていたのだ。
地元に帰った時は、それは大騒ぎで街中の人が出てきて祝ってくれるが。街の女の子達も、みんな知りすぎてて異性の対象ではなかった。それに、いつの間にか国王軍にいて、制服を見た女の子達に視線を投げかけられるのに、慣れてしまっていたのはある。
それだけではなく、その先の関係を求める視線に舞い上がっていた。
それに気が付いて、ロルは完全に落ち込んだ。隊長が変わったと言い訳をして、自分のことを棚に上げていただけだった。
「……情けない、おれ。」
「そうだな。でも、気づかないよりましだろう。」
ロモルに慰められて、少しだけ浮上したロルだった。




