教訓、十八。惚れている人の目を覚まさせるのは困難。 8
2025/05/26 改
一方、モナはロルと一緒にメルの所に行った。メルはモナが一緒なのを見て、一瞬だが不機嫌そうな表情になった。ロルだけを呼び出そうとするので、わざとモナは二人だけの時間を作ってやる。
「…ねえ、どうして、他の人と一緒に来たのよ。それに、こんな時間に来たら目立つじゃない。叱られるわ。」
メルはさっそくロルに文句を言った。
「…ごめん。でも、早く確かめたかったから。これなのかな? 君が言ってた指輪。」
ロルは恐る恐る、針金を丸めた物を差し出した。メルは急いでロルの差し出した物を見たが、ロルの手をつかんで勢いよく押し返した。
「もう、馬鹿ね。こんな物が指輪の訳ないじゃないの。指輪とゴミの区別もつかないの? 親衛隊の名前を聞いて呆れるわ。ちゃんと説明したでしょ。印章みたいになってるって。もう一回、探してきてよ。」
ロルはメルの態度の変化に呆然としていたが、やはり好きなので彼女に嫌われたくないばかりに、急いで頷いた。
「わ…分かったよ。任務中でどれくらい探せるか分からないけど、とにかく探してみる。」
「急いでよ…!あたし、もう行くから。」
彼女は急いで、仕事場に戻って行く。
「…へぇ。いきなり態度、変えてきたな。」
いなくなってから、モナが壁の向こうから出てきて感想を述べる。
「…なんか、メル、怒ってるみたいだった。」
「そうみたいだな。」
モナは平然と言った。実はモナが指輪を拾ったことは、ロルに隠してある。ロルが便所に行っている隙に、インクをつけて紙に写して模様を確認していた。そうでないと、ロルは馬鹿正直に実は同僚が持っていると喋ってしまう。隠そうとしても態度に出るだろう。それを防ぐためだった。
「…なんで、あの女が好きになったんだ? あんなのダメに決まってんだろ。」
そこにロモルに呼ばれたトゥインがやってきた。彼もまた離れたところから様子を覗っていたらしい。モナには頭が上がらないものの、結構、彼も策士型なのだ。
「…な、なんで、そんなことが分かるんだよ? 付き合ってみないと分からないだろう?」
「人は見かけによらないが、見かけにもよるんだよな。隊長が前に教えてくれただろう?分かってないなー。」
みんなにダメ出しされ続けて、ロルはうなだれた。謎かけみたいな言葉は、よく意味が分からない。
「まあ、それくらいにしてやれよ。まだ好きなんだ。それはそれとして、協力しているんだから。」
ロモルが間に入ってロルを慰めた。
「じゃ、後は任せた。」
モナは言った。ロルはシークにきちんを謝りに行かなくてはならない。ロルが重いため息をつくと、ロモルが肩を叩いて慰めた。
「ちゃんと謝れば、隊長は許してくれる。」
「…そうかな。隊長は変わった。前はいきなり疑ってかからなかったのに。」
ロルが言うと、モナがすかさず反論した。
「当たり前だ。今は立場が違う。」
「立場ってなんだよ。親衛隊と国王軍と何が違うんだ…!? 同じだろ。誰を守ってるのか違うだけで。隊の中では同じのはずだ。何が違うんだよ。」
「お前、親衛隊を国王軍の延長で考えてるだろ?」
ロモルの指摘に、ロルは思わず彼の顔を見上げた。彼の方が先輩である。
「延長って、国王軍の上ですよね?」
「違う。私達も先日まで、はっきり分かってなかったが、この間、レルスリ殿に注意を受けて分かった。それで、親衛隊が別枠になっているんだと、分かったんだ。」
「…別枠って?」
「給料から何から何まで、全部違うだろう? それは、全然、違うからだ。立場が違うということは、そういうことだ。国王軍で国民を守るのとは違い、王族だけを守る。
若様はセルゲス公で、しかもお命を頻繁に狙われているお方だ。私達の今の立場は、セルゲス公だけをお守りする。逆に言えば、セルゲス公しか守らない。国王軍としての職務は忘れるしかない。だから、別枠になっているんだ。」
「…でも、なんで信じてくれないんだろう。俺達のことまで、疑ってるのと同じだ。メルのことを信じてくれないし。」
ロモルの説明にも納得できないロルに、モナがさらに言う。
「お前、フェリムの件、忘れたのかよ。」
ロルは指摘されて、うつむいた。
「…でも、隊長は公平だから、尊敬してた。それなのに、メルのことを信じてくれなくて。お前達もだけど。頭では分かるけど、そう簡単にメルが悪いって、信用できるか。メルは絶対にいい子のはずだ。」
さらに何か言いかけようとしたモナに、トゥインが首を振る。言っても無駄だということだ。現実を見ない限り信じない。場合によっては見ても、人間は信じたいものしか信じない生き物なのだ。
トゥインは妓楼でさんざん、『私のだれそれが、そんなことをするわけがない…! 他の男に言い寄られて結婚するなんて、あり得ない!』とか言って大騒ぎし、現実を見ても信じられない男達を、さんざん見てきたのである。
「…お前、悪いと思ってないのに、謝れるのかよ。」
モナはそれだけ言うと、行くぞ、と乱暴にロルを引っ張ると歩き出した。なんだよ、とロルがモナの手を振り払う。その様子を見たロモルは二人を制止した。
「待て。交代しよう。私がオスターと行く。モナ、お前はここでヘムリと見張りつつ、情報収集しろ。」
「そうだな。俺、こいつといたら喧嘩しそうだわ。」
モナが頷いて、ロモルはロルと一緒に隊長の元に行くことになった。




