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教訓、十八。惚れている人の目を覚まさせるのは困難。 2

2025/05/23 改

(…あれは重傷だ。)


 そう思う一方で結構、傷ついていた。“隊長は変わった”という指摘は、本当かもしれない。変わったつもりはなかったのに。そのことに衝撃(しょうげき)を受けて傷ついていたのだ。

 その時、シークは人の気配に振り返った。


「あれは、どんな名医でも治せませんよ。」


 どこか、からかうような口調でベリー医師が言った。相手がベリー医師でシークはほっとしながら、ため息をついた。


「そうですね。」

「人は変わるものです。それに、ヴァドサ隊長、こんなに短期間にいろいろなことに遭遇(そうぐう)する人もそうはいません。特に若様の護衛をするんですから、以前のままだと困りますよ。親衛隊なんですから。

 そういう意味では、若様優先ということは、若様びいきになれということでもありますね。国王軍時代と違って。つまり、あなたの変化は親衛隊として間違っていません。むしろ、そうならない方がおかしい。」


 思わずシークはベリー医師を凝視(ぎょうし)した。辛口のベリー医師が(なぐさ)めてくれている。まさか、そんなに慰めて貰わなければならないほど、情けないというか傷ついた様子が分かったということなのだろうか。


「ご心配なく。ニピ族のように表情の読みにくい人達を相手にしているので、よく分かるんですよ。」


 思っただけで口にしていないのに、ベリー医師はにっこりして言った。


「そんなにびっくりしないで下さいよ。あなたは本当に分かりやすいんです。ニピ族に比べたら本当に。」

「…そうなんですか。ところで、どうされたんですか? あ…あぁ、薬草園ですか?」


 シークは聞いておいて自分で答えを出した。これでは動揺していると思われておかしくない。

 ノンプディ家の別荘には、別荘の割には立派な薬草園がしっかりあった。アリモ近郊の郊外とは言え、本邸宅とは十一ヒッキ(約二十二キロ)は離れているので、必要なのだろう。

 実は、この屋敷はシェリアが子ども達を、義父の後妻から守るために自分の両親と共に住まわせていた屋敷だった。そのため、子どもに必要な薬草を特に多く栽培してあった。


 ベリー医師は当然、シェリアから薬草園に自由に出入りできる許可を得ており、合鍵も預かっていた。シェリアはその上、夜昼交代で一日中、薬草園の管理をする者を用意していた。ベリー医師はいつでも、薬草を自由に使うことができる。


「それにしても、あの娘さん、相当な手練れですね。純朴な青少年を何人も手玉に取るでしょう。」

「困ったものです。(きび)しく注意をして話をしないと…。」


 シークがぼやいていると、少し考えている様子だったベリー医師はこんな提案をした。


「この件は、あなたの部下に任せませんか? あなたの部下にいるモナ・スーガ。彼は優秀なようですね。それから、森の子族のハクテス。探索方の二人にあの娘を調べて貰ってはどうでしょう?」


 シークはベリー医師はよく分かっているなと思いながら、相づちを打った。


「そして、この件の報告は副隊長のベイルに任せるんです。」


 もちろん、ベリー医師には思惑がある。例の密命の事件の真相を知っているからだ。フォーリからこの三人には話したことをシークは聞いている。


「ベイルに任せろと?」

「ええ、そうです。なぜ、口出しするのかと不思議かもしれませんが。カートン家が伊達に二百年間、宮廷医を輩出し続けているわけではありませんよ。こういう色恋沙汰の問題は、軽視できませんからね。」


 シークは何か思惑がありそうな、ベリー医師の助言に従ってみることにした。



 一方、ベリー医師はその足ですぐに、三人を見つけて呼び出した。


「一体、何の用ですか? 何か問題でも?」


 ベイルの問いにベリー医師は頷いた。


「うん。大問題ですな。敵は隊長と隊員の絆を切ろうとしてきた。」


 そして、先ほど目撃した件を詳しく説明する。


「メル・ビンクっていう侍女、誰彼構わず誘っている風でしたよ。怪しいから断って、様子を見ていましたが。」


 早速モナが告げると、ロモルも(うなず)いた。


「そのようです。でも、ノンプディ家の領主兵とレルスリ家の領主兵には、誘われても断っている。つまり、最初から親衛隊が狙いです。」

「そうだと思いますよ。メルという侍女は去り際に、ヴァドサ隊長に色目を使っていたから、隊員の一人と仲良くした後、愛していると言いながら、結局、隊長の方に乗り替え、隊員達との仲を険悪にさせるという、昔ながらの古典的で功を奏する作戦を実行するつもりのようですからね。」


 ベリー医師の説明に、三人は頷き合った。


「それで、なんで私達を呼び出したんですか?」

「もちろん、君達の方がこういう色恋沙汰の問題を解決するには、うってつけだからです。ヴァドサ隊長だと、かえって問題をややこしくしてしまいそうだから。」


 三人は考え込んだ。


「……うーん、なんか分かるような、分からないような…。」

「ミイラ取りがミイラになるような気がしないかい?」


 ベリー医師の言葉にモナがため息をついた。


「…あぁ、やっぱりそういう意味ですか? つまり、メルって女は仕事、つまり誰かに依頼されて親衛隊をかきまわしに来た間者だが、本気で隊長に()れてしまいそうってことですか?」


 ベリー医師は頷く。


「可能性はあると思いますよ。なんせ、あの女傑のシェリア・ノンプディという女性を本気にさせた人です。しかも、本人は無自覚のうちに。」

「……確かにそうなると、余計に話がややこしくなります。」


 ベイルをはじめ、三人は納得して頷き合った。


「つまり、俺達の役目はメルの正体を暴き、オスター君の目を覚まさせることですか?」


 モナがどこかニヤリとして言った。


「そういうことですな。そして、その報告は副隊長のベイル殿にするということ。」


 四人はどういう風にメルの正体を暴くか相談し合った。

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