教訓、十七。聞き分けのない者もたまにいる。 4
2025/05/22 改
シークが歩いていると、否応なしに視線を集めた。親衛隊の制服は一般の国王軍の兵士の制服と違う。一般の国王軍の制服は深い臙脂色を基調としていて、マントも同じ深い臙脂色だ。親衛隊は深い藍色を基調に、マントも同色。まるで違うので一目瞭然なのだ。
今、親衛隊がパーセの国王軍の施設内を歩いている、ということはシークの隊の誰かしかないのは、みんな分かっていることだ。
早く帰りたいのに、そういう時に限って、かつての先輩や後輩、同僚などが声をかけてきた。むげにもできず、仕方なく応対してできるだけ急いで戻ろうとするが、なかなか相手は解放してくれない。親衛隊に出世したシークと、知り合いだということだけでも自慢の種になるからだ。それに事件についても聞きたいのだろう。
「…みんなヴァドサを解放してやれ。まだ、任務があるだろう。というかこれからだな。」
突然、後ろから声がして、全員が振り返ると姿を確認した途端、急いで敬礼を取った。なぜ、ここにいるのか、その場にいた者はみんな内心で首を傾げた。
その当の本人はシークの前で足を止めた。
「久しぶりだな、ヴァドサ。背中の怪我はもういいのか?」
「イゴン将軍、ティールではご挨拶にお伺いすることができず、申し訳ありませんでした。背中の怪我は治りました。」
ギルム・イゴン、西方部を守る将軍である。西方は東西南北を守る中で、最も重要な位置であり、首府サプリュをはじめ大都市が多い地域の管轄である。イゴン将軍をはじめ、王国を東西南北に分けた地域を守る、四方将軍の上には、中央将軍一人しかいない。中央将軍が実質、国王軍の一番上である。もちろん、その上は国王だ。
「そうか、それは良かった。実はお前の見舞いに一度行ったのだが、カートン家の先生…ベリー先生の治療中で、薬でぐっすり眠っていた。私の想像より深い傷だったが、違和感はないのか?」
「動くのに問題ありませんが、まだ、少し違和感はあります。ベリー先生に鍼治療をして頂いています。」
イゴン将軍は頷いた。
「無理はするな。剣を振れなくなったら元も子もない。」
「はい、気をつけます。」
「お前に話がある。先日、ティールで話をしたかったが、お互いの日程が合わなかった。あのベリー先生は、面白い先生で物怖じしないな。私は五日しかティールに滞在できなかったから、話だけでもさせて貰えないか聞いたのだが、だめだと突っぱねられてしまった。いや、カートン家の先生方はみんなそうかもしれないが、軍医もできそうな先生だ。」
イゴン将軍は穏やかに笑うと、真面目な顔に戻った。
「話が脱線したが、それで、今日ここにお前がいると聞いて急いでやってきた。ちょうど昨日、用事でパーセに来た所だった。」
イゴン将軍の言葉に、将軍とやってきた秘書官と将軍の護衛のニピ族以外の者は、全員シークを残し、挨拶をして去って行った。
「さて、今回の大街道の事件についてと、お前の従兄弟達がねつ造した事件についてだが、レルスリ殿に詳しく話を聞いた。」
誰もいなくなると、イゴン将軍はすぐに話の本題に入った。
「レルスリ殿はお前を高く評価して下さっている。お前をセルゲス公の親衛隊に推薦して良かった。だが、そのせいでお前は事件に巻き込まれた。」
「…どういうことでしょうか?」
シークが慎重に聞き返すと、イゴン将軍は軽いため息をついた。
「レルスリ殿の見解は、どちらの事件も裏で糸を引いている者がいる。二つの事件の真犯人は、同一犯ではないかということだ。」
シークは思わず、イゴン将軍の顔を凝視した。従兄弟達のことについても、裏で何か結託した者がいるのかもしれないとまでは思ったが、同一犯の可能性があるとは思っていなかった。別々の事件だと思っていたのだ。
「裏に大規模な組織が隠れていると考えていいだろう。何者か分からないが、私も調べるつもりだ。もし、一人ではどうにもならないことが生じた場合、私を頼っていいんだぞ。誰にでも言うわけではないし、私も役に立てるか分からないが、セルゲス公のお命がかかっている。」
「つまり、その組織は分かっている時点で、非常に危険だということですか?」
シークの質問にギルムは深く頷いた。
「その通りだ。大街道の事件も、向こうはお前の首を取るつもりだったようだ。どうやら、レルスリ殿の動きでお前が真面目に任務を全うする人間だと、向こうも理解したらしい。だから、これからはもっと大きく動いてくるだろう。何が起きるか分からない。十分に気をつけなさい。」
「はい、承知致しました。それから、将軍、私のことでご迷惑をおかけして大変、申し訳ありませんでした。」
シークの謝罪にギルムは穏やかに笑う。
「お前のせいではない。」
「しかし、私の従兄弟達が起こした事件です。無関係ではありません。」
「迷惑をかけたと思うなら、任務を全うして欲しい。それが一番だ。では、行くぞ。」
本当に時間がないようだった。必要事項だけ伝えると、ギルムは二人を連れて去って行った。シークは
別れの挨拶をして、それを見送った。
それにしても意外な人物に会って、想像より時間を使ってしまった。シークが慌てて旅館に戻ると、妙な空気の中ベイルが泣きそうな表情で何か言いたげに見てきた。だが、結局、口にはしない。
バムスもシェリアも、何もないと言って教えてくれなかったのだった。