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教訓、二。魔が差すと即ち、死を見る。 4

 つまり、よく話を聞けばベリー医師も二人殺したということだ。カートン家の先生方も怒らせたら怖い、という話は知っている。だが、こんなに怖いとは知らなかった、とシークは思った。それでも、まだ、現実を見ていなかったので、現実はそれ以上だと後で肌身で感じることになるが。


「お分かりになったと思いますが、彼らは実際に手を出していた。でも、若様には夢だと言い聞かせてあります。ですから、悪夢だったんだと思っています。ただ、実際には体調にも変化があるので、もしかしたら薄々気が付いておられるかもしれませんが。」


 シークは考え込んでいた。そこまで実際に年頃の娘に対してするようなことをやったのだ、という事実に多少なりとも(おどろ)いていた。国王軍でも男色の傾向は出て来る。どうしても、男達だけの世界になってしまうから、そういうことが起こるのは分かっている。


 それにしても、少年に対して大人が、しかも、十何人も同じ過ちをするのかということが疑問でもあった。しかも、王子であると分かっているのに。


「ただ、この事件をきっかけに若様は、監禁中のことを夢にみるようになってしまいました。以前はごくたまにしかみなかったようなのですが…。」


 それは…辛い。可哀想だとシークは思った。シークには経験がないが、ベイルはあると自分にだけ、以前、話してくれたことがある。話すのは非常に勇気がいっただろうと思う。入隊したばかりの頃、先輩方が夜な夜な順番にやってくるので、逃げようとしたができなかったと。

 それを考えれば、やっぱり十何人も同じ過ちを犯すだろう。王子であっても王妃のお墨付きなのだから。


「…悪夢の内容も、起きたら覚えておられるのですか?」

「いいえ。覚えていません。ですが、夜中に(すさ)まじい悲鳴をあげられることがありますので。(なだ)められるのはフォーリしかいません。私でも時々、失敗します。」


 ベリー医師でも失敗するなら、自分達では到底無理である。つまり、できるだけそのニピ族の護衛とセルゲス公を引き離してはならない、ということだ。自分達は徹底的に敵を寄せ付けないように、ベリー医師も含めて三人を守るような護衛を考える必要がある。ニピ族の護衛とベリー医師が戦力になる、と当てにしてはいけない。


「どうかしましたか?」

「いえ、私達が護衛する際、仮に刺客に(おそ)われたとして、護衛のフォーリですか、彼は決してセルゲス公と引き離してはならないと思いまして。先生もですよ。だから、どういう隊形で護衛するのがいいかと考えていました。」


 ベリー医師は少し意外そうな表情をした。そのベリー医師の横で、シークは思い当たったことがあった。


「もしかして、馬での移動になりますか?」

「なぜです?」

「もしかして、セルゲス公は狭いところがあまりお好きでないのでは?」


 今度は確実にベリー医師は、意外だというようにシークを見つめている。どうやら、あまり気が利かない人物だと思っていたようだ。兄弟姉妹が多かったせいか、シークは余計な気を回してしまう方だ。


「なぜ、そう思われるのですか?」


 ベリー医師はすぐには答えない。


「…なぜって、監禁されておられたのでしょう?しかも、その間ずっと虐待を受けておられた。狭い空間、建物、そういう所は嫌な記憶や気持ちを思い出させる。だから、苦手なのではないかと。

 護衛がリタの森に行ったのも、単純に刺客を振り払うだけでなく、セルゲス公のお気持ちを考えてのこと、だったのではないかと。違いますか?」


 ベリー医師が笑った。自然な笑いだったので、おそらくベリー医師の試験には合格したのだろうとシークは思った。


「まさしく、その通りです。さっき、言い忘れていましたが、鍵と鐘の音も苦手です。鍵は閉じ込められる音、鐘は虐待をされる時の音だったので。」


 話を聞けば聞くほど、シークは王子が気の毒になった。そんなことをされれば、周りの大人はみんな自分に対してひどいことをする人だと思わないだろうか。そんな子がちゃんと無事に大きくなれるのか、心配になった。


「何か…?」

「いえ、王子かどうかという以前に、そんなに(ひど)い目に()っていた子が、ちゃんと人間関係を築けるようになるのだろうかとか、それ以前に生きること自体を捨てたりしないだろうかと思ったので。」


 シークの答えがまっとうだったせいか、ベリー医師もひどく真剣な表情で返してくれた。


「常にその心配はついて回ります。だからこそ、まずは信頼できる護衛が必要です。やはり、フォーリ一人では限界があります。彼は有能ですが、できることに限りはある。」


 ベリー医師は言った後、何か考え込んでいたが、やがて決意したように言った。


「では、そうしましたら、今から若様とフォーリに会って頂きます。」

「はい、分かりました。」


 と答えてから、シークはベリー医師を凝視(ぎょうし)した。


「!え、リタの森にいらっしゃるのでは?」


 ベリー医師はため息をついた。


「なんとか、フォーリをなだめすかしてリタの森から出してきました。私がいない間に、さらに奥に行かれたらたまったもんじゃない。そうでなくても、私の隙をついていつの間にかリタの森に行ってたのに。探すのがどれほど大変だったか。」

「……。」


 返事のしようがない。シーク達の代わりに苦労してくれたのだ。


「実は今、若様にはコニュータではなく、隣の別の街にいる、ということにしてあります。先ほどもお話ししましたが、街と言えば建物があり、建物は閉じ込められる場所、と記憶づけられているので。

 大きな街であればあるほど、緊張するのです。人と多く会わなくてはならない、ということも若様を緊張させます。役立たずだとか相当言葉の暴力も受けられた様子なので。人と話をするのはかなり勇気がいることなのです。」


 歩きながらベリー医師は説明してくれた。


「いいですか、覚悟して下さい。亡きリセーナ妃殿下を小さくしただけのお方です。変わっているのは性別だけ。気をつけて下さい。」


 もう一度注意を受けて、シークはこっそり服のピンを抜いておいた。利き手でない左手に握りこむ。もし、万一おかしくなりそうになったら、これでなんとか目を覚ますためだ。


「ここでしばらくお待ち下さい。今、呼んできますので。」


 ベリー医師は言って、自然の木立がたっているかのような中庭にシークを残すと、さらに奥に入っていった。


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