教訓、十七。聞き分けのない者もたまにいる。 2
2025/05/21 改
「問題はアズレイ隊長になんて言うかです。」
バッシュが言った。
「おそらく、二部隊寄越すのも渋るでしょう。」
イージャ・アズレイも何かと規則を持ち出す男だが、ザスとは根本的に違い、相手をやり込めるためだけに規則を持ち出す。少し無情だと言える部分がある。その上、ザスのことを馬鹿にしていた。さらにシークに対しても、いつの頃からか敵対心を露わにして、やたらと対抗してくる。
「アズレイがどう言おうが、ブローブス、お前が臨時の街道及び、運河・港湾等警備の警備隊長だ。アズレイは副なんだから、どんなに不満であってもお前に従うべきだし、お前もきちんとアズレイに伝えて、言うことを聞かせるべきだ。」
シークの意見にザスは、ため息をついた。
「分かっている。だが、あの男は私を馬鹿にして、部下達も同じように馬鹿にしている。アズレイが運河の方に行ったのは、ほとんどセルゲス公の警備をしなくて済むからだ。」
そうか、と相づちを打ちながらシークは考えていた。おそらく、西部を管轄しているイゴン将軍は、イージャの性格を考えて、長に立てないのだろうが、本人は一向に長に立てられないのを不満に思っているようだ。だから、余計にザスに八つ当たりするのだろう。
もし、シークと会ったらどれだけ絡まれるか分からない。しかも、そんなに仲の良い間柄でもないのに、親しいことを演出して名前で呼んでくる。ザスの方は問題なく友人と言えたが、イージャの方は論外だ。
「…ですが、その割にはヴァドサ隊長が親衛隊に任命されたことについて、不満を持っている様子でした。」
バッシュが付け加える。
「……さらに言いにくいのですが、例の事件のせいで…ヴァドサ隊長の印象が、相当悪くなっているので……。」
例の事件、従兄弟達がでっちあげた事件のことだ。
「あんなの最初から嘘に決まっている。ヴァドサ・シーク、お前があんなことをする訳がない。それを興味本位で噂するヤツらがいる。」
ザスが憮然として文句を言った。確か箝口令が敷かれていたはずだが、やはり人の口に戸は立てられなかったようだ。
「…やはり、噂は流れたんだな。」
シークが言うと、二人は頷いた。
「もちろん、念のために言っておけば、嘘に決まっている。今までは身内同士の諍いを公にするようなものだから、表だって反論したりしなかった。だが、今は親衛隊だからあえて言うと、真っ赤な嘘で私は潔白だ。何も悪いことはしていない。」
シークは人の気配に振り返った。後の二人もつられて戸口を見やり、今日、来て欲しくないイージャの姿を見つけた。
「…久しぶりだな。そして…よく、のうのうと軍に顔を出せたものだな。あれだけの事件を起こしたというのに。」
やはり好きになれない奴である。いきなり嫌みを言ってくる。
「…報告か、アズレイ?」
先にザスが口を開いた。
「あぁ、そうだ。イームの隊と二つが休みだからな。で、どうなんだよ、シーク?」
「久しぶりだな、アズレイ。会っていきなり、そのことを聞くのか?」
「今、その話をしていたじゃないか。」
「聞いていたなら分かるだろう。私は潔白だ。何も恥じる所はない。それで、用事があったから堂々とここに来ただけだ。」
イージャはフン、と上から見下ろすように冷たい目線で見下ろした。イージャは背が高い。ザスは背もあるし、横幅もがっちりしている。隊長の三人の中でシークが一番背が低いが、剣術でも体術でも、シークは二人に負けたことは一度もなかった。
「そうか…? 意外に信憑性があったから、レルスリ殿が送られたんじゃないのか? 風の噂じゃ、陛下が激しくお怒りになって大変だったそうだぞ?」
イージャは冷笑を浮かべた。事件の容疑者にシークの名前が挙がり、さぞ楽しいことだろう。
「それよりも、アズレイ。セルゲス公の護衛のために、こっちから四部隊抜けさせることになった。だから、そっちから二部隊、足りない分を送ってくれないか?」
ザスが珍しく上手く順序立てて説明している。この説明が下手なために、問題を引き起こしてしまうこともあった。シェリアが尻拭いだと言っていたのは、あながち間違いではなかった。
「送るといっても、私の部隊は休みだ。三日後になる。」
「三日後か。…いや、三日後に休みが終わる。お前はそれから部隊の者に連絡をして、それから、送られてくるからさらに遅くなるじゃないか。しかも、シタレに行っていたら、連絡が行くだけで下手をすれば十日はかかる。」
イージャはザスが言っても、冷笑を浮かべたままだった。
「岩石頭にしては、よく気が付いた。褒めてやるよ。」
「とりあえず休みが明けたら、イームの隊をこっちに残してくれないか?」
「……もし、嫌だと言ったら?」
「隊長命令を聞かないのは命令違反だ。」
ザスが言い返すとイージャは一応、頷いた。
「まあな。だったら、命令しろよ。」
「命令だ。休みが明けたらイームの隊をこちらに配置換えする。それから、別の一隊も配置換えするから、すぐに伝令を出せ。一番近隣にいる隊を寄越すように。」
イージャは冷笑を浮かべたまま、首肯した。
「分かりましたよ、隊長。」




