教訓、十七。聞き分けのない者もたまにいる。 1
2025/05/21 改
シークはバッシュと一緒に、パーセの国王軍施設に行った。
「バッシュ=バル、遅いぞ、忘れ物を取りに戻っただけじゃないな、どこに行ってた…!」
今、当面のザスの執務室に二人が入るなり、後ろを向いたまま卓上の地図を眺めながらザスが怒鳴った。
「隊長、遅くなってすみません。ですが、聞いて下さい、ヴァドサ隊長と一緒なんです。」
バッシュの言明を聞いて、ザスは振り返った。
「ヴァドサ・シーク、一体、何の用だ? 言っておくが、小街道に抜ける話だったら、断るぞ。」
シークはザスにとって、年下の同僚だった。入隊が十五歳で入れず、十七歳で入った上に、訓練兵時代に学科試験で留年したので、三年遅れになっていた。
別にそんな人は大勢いるので、恥じる必要はないのだが、なんでも規則通り、規定通り、でないと落ち着かないザスには恥も同然の事実だった。その上、彼の家は代々軍人の家系で、曾祖父が四方将軍にまでなっている。
彼が恥じるものだから、周りの人間も融通が利かなくて面倒だというのもあって、彼をからかって溜飲を下げるのに、わざと留年したとか遅れて入ったとか、そんなことを殊更に言っていた。同期の人間には今でも言われるが、昔は余計にそうだった。
そんな中、そういうことを言ってからかわなかったのが、シークだったので勝手にシークを“親友”だと思っている。あくまでザスの見解であるが。
「たとえ、親友のお前であってもこればかりは譲れない。街道の警備を怠ることはできないからな。先日のような事件が起きたら困る。」
「分かってる、ブローブス。だから、提案があって来た。」
「提案?」
「そうだ。」
シークは言って、ブローブスの隣に立った。ブローブスが勝手に親友だと公言しているが、わざわざ否定したりはしなかった。親友ほどではないが、友人だとシーク自身も思っている。
「お前が預かっている隊は全部で二十だ。それを半分に分け、一組をアズレイが運河沿いを中心に警備し、もう一組はお前が街道沿いを中心に警備しているんだろう?」
「ああ、そうだ。」
ザスは指さされた地図を見ながら頷いた。
「そういえば、そのことをレルスリ殿にも説明して貰った方が良かった。」
ザスはシークに指摘されて、頭を掻いた。
「…そうか、説明してなかったか。すまん。」
「ヴァドサ隊長がして下さいました。」
横からバッシュがつけ加える。
「悪かった。」
ザスはきちんとしていないと、どうにも落ち着かないのだ。
「そう気にするな。次から気をつけてくれればいい。それで、提案なんだが。」
ザスは慌てて頷いて、端正な顔立ちの親友の横顔を見つめた。ザスは自分が無骨な印象を与えることを十分に知っている。陰で顔まで岩だと言われていることくらい、分かっていた。
華々しい出世をしている訳ではないが、代々軍人の家系なので、親衛隊になるには“顔”の基準も多少あると知っていた。だから、ザス自身のこれ以上の出世はないだろう、ということも分かっている。
「隊を三つに分けたらどうだ?」
「三つ?」
「こっちには四部隊、貸してくれればいい。」
「…四部隊だけだと? しかし、それでは今度は殿下の護衛の方が……。」
「ブローブス、よく考えてみてくれ。大街道の旅程でも、大渋滞をしている。逆に考えると殿下がいらっしゃる限り、渋滞が続くということだ。これは決して殿下のせいではないが、火事の実況見分や事件の処理などで、半月ほどは通行止めになっていた。
運河も機能しているから、大街道が通行止めになったからといって、すぐに物資が滞ったりしないが、それでも大きな影響が出た。ようやく動き出した所で、殿下がずっと大街道を通られたら、ずっと渋滞が続いてしまい、殿下に抱く民の思いが悪くなってしまう。殿下のせいで火事も起こり、渋滞も続くと。」
ザスは論理的に説明されて分かりやすかったので、確かにその通りだと納得した。
「確かにそうだな。決して殿下のせいではないのに、悪事は殿下のせいだとされたら、とても可哀想だ。」
ザスはいつも融通が利かず、要領も悪いので常に人との折り合いが悪く、人に悪く評価されたり当てつけて言われることがあるので、不運な王子の運命に同情していた。その上、親友がその不運な王子の親衛隊に決まり、驚きつつも喜んでいた。ザスとて友の任務を邪魔するつもりは、決してないのだ。
「だから、殿下はパーセから小街道に抜ける。その時に四部隊を貸してくれればいい。そうすれば、大街道の渋滞を緩和できる。さらに、この四部隊は殿下をアリモまで無事にお送りしたら、そのまま戻り、遊撃部隊のような役割で動かしたらどうだろうか。」
ザスは目が開けたような気分だった。どうして、今までそのことを思いつかなかったのだろう。
「…確かに、それはいいな。だが、この四部隊が抜けたら……穴になるが、運河組から二部隊借りればいいということか? そうすれば、街道組も運河組も八部隊ずつでちょうどいい。きちんと均等だな。」
均等であるので、ザスも気持ちが落ち着いた。子どもの頃からなぜか、決まりごとから逸脱すると落ち着かなくなるのだった。




