教訓、十六。物の言いようで石も動く。 4
2025/05/20 改
シークとバッシュの二人が去ってから、バムスはなるほどと頷いた。
「ヴァドサ殿は、他の隊の隊長までしていたんですね。」
「バムスさま、尻拭いの間違いではありませんこと?」
シェリアが痛烈なことを言う。
「シェリア殿は手厳しいですね。でも、これで嫌われる理由も慕われる理由も、よく分かりました。それにしても、あなたも別の意味で副隊長は大変なのでは?」
いきなり、話を振られたベイルは内心、冷や汗をかいていた。
「…どういう意味ですか?」
「ヴァドサ殿は仕事ができるでしょう。そういう点ではその部下は大変なのでは?」
ベイルは苦笑いした。少しは隊長をどう思っているかとか、人となりを話す必要がありそうだとベイルは感じた。
「確かにそういう意味では、比べられもするので大変なことはあります。しかし、案外、隊長も抜けている所があるんです。」
「…まあ、意外ですわ。どんな所なんですの?」
今まで黙っていたシェリアが途端に会話に参加してきて、ベイルは非常に複雑な気持ちになる。
「日にちを間違えやすかったり、いつ、というのを忘れがちなんです。」
「それは意外ですね。」
「本当ですわ。」
バムスとシェリアが驚いて顔を見合わせた。
「…そういえば、確かにいつまでと言いませんでしたね。大抵、いつまでに行きますとかあるものですが。」
「それは、若様のことがあるからではないんですか?」
すっかり落ち着きを取り戻したベリー医師が尋ねた。
「今回のことについては、それもありますが、大体、本人が忘れがちだからです。具体的な例を挙げますと、陛下に拝謁するようにと上司に言われた時、いつなのか聞いてくるのを忘れていました。」
バムスがくすりと笑う。
「なるほど。分かりました。陛下に拝謁する時でさえ、いつか聞くのを忘れるのであれば、私も気をつけておきましょう。」
「ほほほ、意外なことが抜けていて可愛いわ。しっかり者のふりをして。」
シェリアの目が煌めいたので、ベイルはかなり不安になった。しかし、バムスには言っておいた方がいいと思ったが。後で誤解が生じてもよくないし…。
「他には何かないんですの?」
シェリアの問いにベイルは冷や汗が一気に吹き出した。目が…貪欲な肉食獣のように挑戦的というか、野心的というか、やる気満々というか。自分で考えておきながら、ベイルは慌てた。
(…ま、待て。一体なんのやる気だ…!)
「シェリア殿、困っていますよ。」
「もう、バムスさま、水を差さないで下さいまし。こんな時でないと、弱みを握っておけないでしょう? 誰か他に弱みを知っていそうな子は、いないのかしら?」
堂々と弱みを握ると言う辺り、恐れ入ってしまう女性である。
「そういえば。」
ベリー医師の声にベイルは思わず振り返った。
(ベリー先生、何を仰るつもりで!?)
ベイルは焦った。ベリー医師は前科があるので信用できない。隊長のシークを眠らせるために、シェリアに薬を渡した張本人である。理由があったとはいえ。カートン家はおそらく、こういう世渡りが上手い人を宮廷医にしてきたのだろう。
「モナ・スーガという隊員は、よく知っていそうですよ。」
ベイルは青ざめた。なぜ、人の弱みを一番握っている隊員のことを分かっているのだろう?
「確か探索専門の隊員でしたね。」
バムスが知っているので、ごまかすことができない。
「では、呼んできて下さいまし。」
「え!?」
当然のように言われて、ベイルは思わず聞き返した。
「シェリア殿、少し気の毒です。」
冗談なのか本気なのか分からない。シークの“見舞い”にシェリアが来た時もそうだった。
(……隊長、どうか早く帰ってきて下さい……!!)
思わず心の中で切に願ってから、はっとした。早く帰ってきたらまずいではないか…!
(いや、やっぱり早く帰ってこないで下さい…。)
「呼んで来ないのなら、いいわ。あなたを呼んで詳しく聞くもの。」
どういう意味だろう? ベイルはすぐに理解できずに考え込んだ。いや、理解したくない。なんとなく伝わってくるが、理解したくない。
「…どういう意味でしょうか?」
緊張で口の中がカラカラだ。
「まあ、怯えた子犬のように見ないで下さいまし。可愛いわ。逆に連れて行きたくなってしまうでしょう?」
「……。」
やっぱり、そういう意味なのか…!?
「シェリア殿、彼の部下には手を出さない約束をヴァドサ殿としたのでは?」
ベイルはさーっと血の気が引くような気がした。やっぱり、そういう意味だったのだ…!
「まあ、そうでしたわ。“食べ比べ”してみようかと思いましたけれど、約束を破ったら完全に嫌われてしまいますわ。」
ほほほ、とシェリアは美しく笑う。完全に獲物を見つめる女豹か何かのようだった。猫にじっと狙いを定められて、逃げることができないネズミにでもなったような気分だ。
(私達は隊長のおかげで、助かっていたんですね…。そうでなければ、今頃…食い荒らされていたんですね……。)
心の中で隊長のシークに感謝しつつ、やっぱり早く帰ってきて欲しいと切に願ったベイルだった。




