教訓、十六。物の言いようで石も動く。 2
2025/05/19 改
その時、サミアスがさっと振り返った。フォーリは若様と一緒にいるので、今の話し合いに参加していなかった。
「誰か来ましたね。」
ベリー医師が呟く。それと同時に扉が律儀に叩かれた。
「失礼します。バッシュ=バル・アトリです。お話し中、申し訳ありませんが少しよろしいでしょうか?」
バムスが通すように指示したので、サミアスが中に入れた。バッシュは恐縮しながら入ってきた。
「申し訳ありません。おそらく、今頃、隊長のことで皆さんがお困りだと思ったので、参りました。」
そう言って、ベリー医師に頭を下げた。
「先生、先ほどは隊長が失礼致しました。隊長は真面目な人ですが、なんせ融通が利かないもので。殿下のご体調のことを考えると、長々しい旅路はできるだけ避け、短くしたいということでしょう?」
「そうです。」
「…失礼ながら、何も興味本位で尋ねるのではありません。ただ、少し確認したくてお尋ねしますが、殿下は見た目にはそこまで病という感じは致しませんでした。そこまでお加減が悪いのでしょうか? 隊長はおそらく、殿下を甘やかしているだけだと考えていると思います。」
バッシュは言葉を選びながら聞いてくる。
「少しならベリー先生がお話しした方がよいかと思います。」
バムスが言ったので、ベリー医師が口を開いた。
「殿下が幽閉されていたことはご存じでしょう?」
はい、とバッシュが頷く。
「そのせいで、狭いところが怖いのです。他のことは言えません。口に出すのも憚られますので。」
はあ、とバッシュは頷いたが、いまいちピンときていない様子だ。仕方なくベリー医師はさらに言葉を重ねた。
「軍用犬はどうしていますか?」
「鎖に繋いで…小屋に…入れています…。」
バッシュは言いながら気が付いた。顔色がさっと変わる。
「…まさか。」
「その、まさかです。」
バッシュの目が点になり、はあぁと深いため息をついた。
「もちろん他言無用ですよ。」
「分かっています…! もちろん、誰にも言いません。分かりました。できるだけ早く、落ち着くようにして差し上げたいという理由が明確に分かりました。」
「隊長にも言ってはいけませんよ。もし、言ったら私が息の根を止めます。もしくは舌を切って何も話せないようにします。息の根を止める方が簡単ですが、やはり、舌を切った方が穏便ですね。」
どっちも穏便ではないと思う。どうやら、いつもベリー医師は、そんな脅しをかけるようだ。なんだか、ベリー医師が言うと本当にしそうなので、この脅しもなんとなく効いてしまうのである。
「そうしましたら、やはりパーセからヨヨまで行く、ヴァドサ隊長の案で行かれた方が早いでしょう。実はなんとか、これで説得して頂けないかと思いまして、勅旨をお持ちしたんです。」
バッシュはそう言って、手に持っていた筒状の紙を広げて見せた。
「…この文面ですと、街道及び運河港湾等警備の権限はブローブス殿にありますが、殿下の進路の決定権は親衛隊のヴァドサ殿にありますね。」
バムスが言うと、バッシュは強く頷いた。
「そうなんです。ですが、隊長は一般の人々のための警備でもあるから、大街道を通って行くべきだと主張を。」
確かにそれも一理ある。しかし、若様の健康を考えれば、できるだけ早く進まなくてはならないのだ。シークは必死に考えた。
おそらく、ブローブスは運河方面と街道方面に分けて、警備をするつもりだろう。二十隊を二組か…。もう一組あれば、そのままこっちの警備について貰えるのに。そうすれば、街道の一般の人々の警備も行える。
その文面を見ながら考えている内に、シークは閃いた。
(そうだ、どうせ渋滞するんだから、数を調整して三つに分ければいい話だ…!)




