教訓、十六。物の言いようで石も動く。 1
2025/05/19 改
パーセ大街道沿いの放火事件は、あまりに大規模な事件だったので、事件の詳細な状況を報告したり調べたりしているうちに、あっという間に一ヶ月ほど経ってしまった。当事者だったので報告しないわけにもいかず、結局、若様の旅路はティールまで戻っていた。
ラノでは街が小さすぎて、若様がずっといる訳にもいかなかったし、ティールの離宮で何でもやった方が早いからだ。もちろん、カートン家の医師もティールの方が大勢いる。
シークの怪我は、ベリー医師が一ヶ月で治してみせると公言していた通り、およそ治っていた。最初は動かしたら違和感があったが、動かして良いという許可が出てから、せっせと毎日運動して剣を振り回していたら、なんとか若様の再出発の日までに、おおよそ戻すことができた。
そして、大街道での事件で公には発表されなかったが、若様を攫うために起こされた事件だったので、ボルピス王は大々的に国王軍に街道筋、及び運河などの交通網の警備に当たらせた。
隠された事実だったが、街道で若様の姿を見かけた者がいたし、若様が地方に療養に行く途中の事件だったので、民衆はみんな若様を暗殺するために、放火事件をおこしたのではないかと噂し合った。
一番、緊張したのはおそらく、一度、若様に薬入りのお菓子を食べさせた、高級旅館の主だろう。また、そこに若様が戻ってくるとは思っていなかったはずだ。ティールに移った時には、シークの怪我はだいぶ良くなっていたので、カートン家の施設に移る必要はなかったため、高級旅館に泊まった。
事情を知ったバムスとシェリアからの圧力は凄まじかったようで、ずっと顔色が悪く、ベリー医師が胃潰瘍になりかかっていると診断して薬を処方したくらいだ。
ちなみに親衛隊員の制服は、全員分が新調された。普段なら少しの傷みくらい、自分達で繕って直して使うが、今回は縫って直すどころではなかった。特にシークの制服はズタボロだった。着替えように三着ずつ支給されるが、今回の事件で特別に五着ずつ支給されることになった。制服だけでかなりの荷物になった。みんな四苦八苦しながら、なんとか荷物を収めたのだった。
ティールから再出発して、パーセ大街道の名前となっている、パーセの高級旅館で、一同は喧々諤々としていた。若様の旅程についてである。
「いいえ、我々としましては、規定通りこのまま、まっすぐ大街道の終点テムまで行き、そこから船に乗ってサリカタ河を下り、シタレから海沿いの港町で休みつつ、アリモまで行かれるのがよろしいかと。陛下にご報告しております警備の予定も、そうなっておりますので。」
頑として国王軍の街道警備担当のザス・ブローブスは譲らない。
「そうなると、旅路が長すぎる。若様の体力が持たないそうだ。だから、パーセから小街道に抜けてヨヨに行き、パーセ川を下ってシュリツまで行って、順に港町を追ってアリモに行く方が時間も経費も節約できる。」
「若様は普通のお子様と違います。安全の確保のためとはいえ、常に緊張状態をしいられるので、相当、限界に達しています。若様のことを考えて下さい。」
シークの提案もベリー医師の意見も聞こうとせず、とうとうベリー医師がぶち切れそうになったため、とりあえず会議はお開きとなった。
いつもの面々になってから、一同はため息をついた。
「あの男、なんて融通が利かないんだ…!」
「先生、落ち着いて下さい。体に良くないんじゃないんですか?」
シークはまずベリー医師を宥めた。
「…ああ、全くだ、怒ったら体に良くない。」
ベリー医師は自分でも言って、深呼吸をしている。
「それにしても、何か良い方法はないんでしょうか?」
バムスがシークに尋ねる。
「仕方ありません。ブローブスは仕事は真面目できちっとなんでもするんですが、決まったことや規格から外れると、無性に落ち着かないらしく、岩石のブローブスとあだ名をつけられているくらいなので。…まあ、方法はなくはありません。あんまり良い方法ではありませんが。」
「…隊長、あの方法を?」
ベイルが尋ねる。シークも頷いた。
「後で怒りますよ? きっと、猛烈に追いかけてきて、後で決闘を申し込まれるんじゃないんですか?」
「だから、テムじゃ間に合わない。だから、最低モノ、できればシタレまで行って貰わないと、ヨヨまで逃げ切れないだろうな。」
二人の話にバムスが尋ねる。
「一体どんな方法ですか?」
「…早い話、仲間はずれにするということです。」
「仲間はずれですか?」
「はい。少し可哀想ですが…。ブローブスの隊二十名だけモノかできればシタレまで行って貰い、その間に私達はヨヨに向けて小街道を行きます。」
「他の隊はそれで言うことを聞くでしょうか?」
「はい、おそらく。根回しをしておく必要はありますが。」
「ブローブス隊の副隊長バッシュ=バル・アトリにも話を通しておく必要があります。」
横からベイルが付け加える。
「バッシュ=バルはブローブスより柔軟なので、おそらく今日も困っていたと思います。」
バムスは頷いた。
「それで、どうやってブローブス隊長を先にシタレまで行って頂くんですか?」
「シタレまで先に様子を見に行って欲しいと言えば、行くと思います。」
「しかし、数人で行けば良いとか言わないんでしょうか?」
バムスの意見はもっともだ。
「ええ、その可能性もあるので、先遣隊として二十名、行って欲しいと頼みます。隊としてまとまって移動しても大丈夫かどうか、確かめて欲しいと言えば行くでしょう。」
「ただし、問題はその後です。その手を何回も使われているので、途中で勘づくかもしれません。これができる可能性があるのは、隊長が今までその手をブローブス隊長に使わなかったからです。」
その話を聞いてバムスはほう、という表情を浮かべた。
「今までどうやっていたんです? あの人を動かすのは並大抵のことではありませんよ。」
シークは興味を持たれて苦笑いをした。
「いいや、そんなに大したことではありません。ブローブスは何かと決まりと規格を重視しているので、せっせと軍律を読み、言いくるめるために屁理屈をこねて、あたかももっともらしそうに言っていただけです。それで、なんとか今までしてきましたが、時間がかかります。」
「なるほど。軍律の穴を縫ってということですね。」
「はい。そういうことです。」




