表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/582

教訓、十五。遠慮深さは、自信のなさの表れの場合がある。 6

2025/05/18 改

「…何もできないのに?」

「若様、以前にも申し上げました。焦りは禁物です。それに、若様にはまだ、ご自分の役割が見えていないだけです。私は何も役に立たない人など、いないと思います。」


 抱擁(ほうよう)を解いて、しっかり目線を合わせて言われた。


「…でも、私のせいで多くの人が。」


「若様、罪悪感に駆られてはいけません。向こうは若様がそう思われることを、逆手に取っているのです。多くの人を踏みにじって平気になれということではありませんが、相手の出方を分析し、先に読むことができるようになれば、ある程度、犠牲を減らすことができると思います。


 私も若様のお気持ちは理解できます。私の下した判断が、果たして的確だったかどうかと何度も自問自答します。先日の火事の一件についてもそうです。全てにおいて、私の判断が間違っていなかったかと思うことばかりです。


 でも、そのことばかりに目がいけば、次のことがおろそかになり、次はもっとひどい状態になるかもしれません。そうした状況を避けるには、相対する向こうの出方を考えなくてはいけないと思います。とても、(むずか)しいことではありますが。」


「…一人で、できるのかな?」

「一人でする必要はありません。そのためにフォーリがいるのです。そのために、ベリー先生もいらっしゃいます。私達もできる限りのことはお手伝い致します。」


 グイニスは思わずシークを見つめた。親衛隊がただ王族を護衛しているだけではなく、監視も兼ねていることを知っている。


「でも…それじゃあ、叔父上の…ご意向に…そぐわなく…。」

「大丈夫です、若様。その辺についてはご心配なく。」


 力強く(うなず)いてくれたので、本当に大丈夫なのかな…と思う。


「若様。」


 その時、落ち込んだ声のフォーリがやってきた。シークがフォーリに場所を譲ったので、目の前にフォーリが(ひざまづ)いた。とても傷ついている様子だったので、グイニスは辛くなった。


「あのね、フォーリ、ごめんなさい。」


「分かっています、若様。若様のお気持ちは分かっています。ですから、若様。お一人で全てを背負おうとなさらないで下さい。私が常にお側におります。若様が死ぬと仰るなら、私も共に死にます。


 ですから、若様。私に若様の側からいなくなれと仰らないで下さい。どうか、お願い致します。ニピ族は主の元から去ったら、死ぬしかできません。次の主を見つけることはできませんから。」


 ニピ族って不思議な人達だ。出世できる人の護衛をしようとか、思わないのだろうか。タルナスの護衛につけば、フォーリはもっと能力を生かせると思うのに…。そう考える一方で、そんなフォーリが自分を選んでくれたことが嬉しかった。


 誰も信じられなくて、それなのに独りぼっちで苦しくて、悪夢にうなされて怖かった時、常に側にいてくれた。嫌なことを何もされないと分かって、少し安心して。怖くて泣いている時、フォーリが抱きしめてくれて、安心できて彼に抱かれたまま、眠ることができるようになって。

 側にいて欲しいのに、死んで欲しくないから、彼の気持ちを考えずに側から引き離そうとした。


「…私が死んだら、死ぬの?」

「はい。ずっと、どこまでもお供致します。若様をお一人には致しません。ニピ族は主といなければ、生きていても(しかばね)と同じなのです。私に若様を護衛させて下さい。」

「…うん。本当はいなくなったらと考えると、それも嫌だった。でも、死なせるよりはいいと思ったから…。独りぼっちになっても我慢しようと思った。…だから、本当は側にいてくれて、嬉しい。」

「若様、お許し頂き感謝致します。」


 フォーリはぎゅっと抱きしめてくれた。それでも、苦しくないようにしてくれる。


「…さてさて、私はどんなに拒絶されても、患者を置いて出て行ったりしませんから、ご安心を。」


 ベリー医師は言って、グイニスの頭にぽすんと手を置いた。その手は温かい。


「…ベリー先生もごめんなさい。」

「いえいえ、それよりも若様が本心を出して思いっきり泣いたり、怒ったりできたことの方が良かったです。」


 そう言ってから、シークを振り返った。


「やっぱり、制服を着てなくても動きましたね。」

「…ああ…それは。しかし、後でレルスリ殿に話をしに行かなくてはなりませんが、それでも制服を着たらだめだと?」

「はい、だめです。きっと、他の仕事もするでしょうから。」


 ベリー医師は強く頷いた。


「…ですが、相手は貴族の方ですし…。」

「ダメなものは駄目です。それに、ここはどこだと?」

「カートン家の施設です。」


 ベリー医師は深く頷く。


「郷に入ったら郷に従えと言います。たとえ誰であろうと、カートン家の指示に従って頂きます。」

「…では、この格好で話をしに行けと…。」


 寝間着なので、シークは困り果てている。


「行くのではありません。レルスリ殿に来て頂けばいいでしょう。現に一度、ここに足を運んでいるそうですから、またいらっしゃるでしょう。」

「…それは、呼びつけろと言うことですか?」

「何もそう思わなくていいでしょう。呼びつけるのではなく、来て頂くのです。」

「それは詭弁(きべん)では……。」

「とにかく、私がこちらに来て頂くように声をかけておきます。」

「はい、ではお願いします。」


 仕方なくシークはそう答える。ベリー医師は薬箱に薬をしまいに、部屋に入りながらシークを振り返った。


「とにかく一日でも早く治りたければ、動かないことです。上半身を動かしたらだめですから。」

「それでは、下半身はいいんですね?」

「やっぱり、動こうとしている。」

「でも先生、一日でも動かないと体がなまります。なんか、なまったような気がして…。」


「全く…これだから……。まあ、三日は寝せたしいいか。じゃあ、譲歩してしゃがんで立つ運動と足踏み運動だけいいです。階段を上ったり降りたりするのもいいでしょう。ですが、決して背中の筋肉を動かさないことです。一度でも上半身を使う運動をしたら、また、眠り薬で眠らせます。」


「分かりました、ありがとうございます。そうしたら、先生、それがいいなら、ついでに部下達の様子を見に行ってもいいですか? 背中を動かさなければいいんでしょう?」


「……。仕方ないですね。ただし、体を冷やさないようにちゃんと上着を着て下さい。どうせ、あなたの部下達の訓練を監督しに行くんでしょう? 室内運動場でも武道場でも行っていいですが、決して背中の筋肉を動かさないように。」

「良かったです、ありがとうございます。」


 ベリー医師は結局、いろんなことを譲歩させられている。きっと、親衛隊の隊長で早く復帰しなくてはいけないからだ。グイニスにもそのことは考えがついた。


「まったく、誰かこの人の見張りをしてくれないと。誰に頼もう。」


 ベリー医師はぼやきながら、薬箱に薬をしまっている。グイニスはあることを考えついた。フォーリの腕の中から抜け出すと、ベリー医師の隣に行って見上げた。


「私がするよ。ヴァドサ隊長が背中を動かす運動をしないように見張ってる。」


 親衛隊の誰かが数人、吹き出して笑いを堪えている。ベリー医師はにやりと笑うとすぐに承諾した。


「ああ、それはいいですね。若様ならむげにできませんからね。では、若様、お願いしますよ。少しでも背中を動かしたら、フォーリを使って気絶させなさい。」

「うん。分かった。」


 グイニスにも少しできることがあって、嬉しくなった。

 黙って譲歩されないベリー医師だった。ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべて、苦笑いを浮かべるシークを見やり部屋を出て行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ