教訓、十五。遠慮深さは、自信のなさの現れの場合がある。 4
2025/05/18 改
グイニスは今まで押し隠してきた気持ちが、急に奥に隠れているのをやめて出てきて渦巻いているのを感じた。ずっとずっと、思っていた。フォーリやベリー医師に言ったら、心配してしまうから言えないでいた。心の奥底に隠しておくことが、急に辛くなってしまった。なんだか、急に限界を感じてしまった。
きっと心が温かい、そんな空気に触れてしまったからだ。自分なんかがいたら場違いなのに、そんな空気に触れてしまったから、だから、もう、ダメだった。
グイニスは自分に失望するのを止められなかった。のろまで鈍くさくて、何でも教えて貰わないと分からない馬鹿で、こんなに役立たずなのに、なんで自分は生まれてきたりしたんだろう。生まれてこなければ良かったのに。
いっそ消え去ってしまった方が、いいのではないだろうか。フォーリにも負担をかけなくてすむし、シーク達も危険にさらさなくて済む。もし、自分がいなければ、彼を怪我させなくて済んだのだ。胸が痛かった。姉のリイカにも苦しい戦いをさせたままだ。
自分のせいで多くの人が巻き込まれて、怪我をして、財産を失って、死んでしまった。自分にそんな価値はないのに。何もかもが自分のせいだ。
「どうか致しましたか、若様?」
「若様、具合が悪いのですか?」
シークとフォーリが同時に尋ねた。ほら、また人に心配をかけている。悲しいというより、胸が痛かった。両目が涙で一杯になる。目の前が涙で歪んで見える。泣き虫で何もできない。
「…私は…私のせいで、人が死んだ。多くの人が巻き込まれて、怪我をして、財産を失った。私のせいで…ヴァドサ隊長も怪我をして、みんなも怪我をして、危ない目に遭ったのに、わたしの方が謝罪されるなんて、そんなの変だよ……!」
そこで息が切れてしゃくり上げた。涙でみんながどんな表情をしているかは分からないが、はっとして戸惑っている様子は感じる。
「…私は…私は、叔母上が言われる通り、何にもできない…役立たずで、みんなに守って貰える資格なんてない……! 私は生きている意味もないし…生きてるだけで、迷惑をかけてる…! 叔母上が言われる通りだ…! 私には存在価値なんて…ないんだ…!」
涙が落ちたので、少し視界が開けた。フォーリが泣きそうな表情になって、グイニスの前にしゃがみ、抱きしめようとしてくれた腕を突っ張って突き放した。フォーリがはっとして、傷ついたような表情になる。
「…フォーリも…私みたいな面倒な子どもの護衛をしなくていいよ。私にはもったいないくらいの人が、護衛になってくれてるって、私だって分かってる……! 他の人達が言ってた…従兄上の護衛になればいいのにって…!」
フォーリがとても傷ついているのが分かった。大岩でも頭の上に落ちてきたかのように顔色が青ざめて、絶句していた。息さえ止めているようだった。
でも、今、言ってやめさせなければ、きっとみんなを死なせてしまう。フォーリも死なせてしまうに違いない。それが嫌だった。自分がフォーリを殺してしまう。みんなをここにいる人達を、死に追いやってしまう…!
もう、限界だった。誰かを死なせたくない。怪我をさせたくない。自分一人が死ねば早い話だ。自分のせいなのだから。タルナスやリイカは悲しむだろうが、これで叔母は安心するだろうし、タルナスが叔母と親子喧嘩をする必要もなくなる。
そして、何より国が安定する。内戦の心配をしなくてすむようになる。多くの人が巻き込まれて、不要の血を流さなくて済む。
なんで、もっと早く決断しなかったのだろう。何かに追い立てられているかのように、グイニスは心の中にひたすら隠していて、誰にも言えずに押し黙っていたことを吐き出していた。
「若様、今日、薬を…。」
「ベリー先生も…!」
グイニスはベリー医師の言葉を遮った。
「私の専属の医師なんてやめていいよ…! 本当は、宮廷医師団に招聘されていたんでしょ…! 知ってるよ! 私のためにそれをやめたんだって…!」
「若様、どうして…。」
ベリー医師が何かを言おうとしたが、それを聞く余裕もなかったし、聞くつもりもなかった。
「ずっと! 誰にも言えなかった…! 急にでもなんでもない…! 私はただの役立たずだ…! 生きている意味はない! 王子としてだって、人としてだって、何の役にも立たない、ただの穀潰しだ…! 死ぬのが一番、役に立つ…! ずっと、心の中で思ってた!
みんなは私のせいじゃないって、言ってくれるけど、私のせいだ…! 何にも悪くないって言ってくれるけど、私が生きているのが悪いんだ…! 生まれてきたのがいけないんだって、分かってる…!」
グイニスは部屋を出て行くために、乱暴に涙を腕で拭った。今の勢いのまま、部屋を走り出て死ぬつもりだった。フォーリに傷つくことを言ったのはわざとだ。そうすれば、彼は追いかけてこないから。ベリー医師も同じだ。口は悪いけれど、本当はとても優しい人だと知っている。だから、医者なんてできるのだ。
シーク達、親衛隊の面々がびっくりして、顔色も青ざめて、グイニスを凝視していた。彼らのことが好きだ。一緒にいてとても楽しかった。だから、死なせたくない。一人も失いたくない。
「みんな、ありがとう。」
グイニスは言うと、部屋を走り出たが廊下で立ち止まった。親衛隊のみんなに進路を塞がれてしまったのだ。