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自分の発言の意味を理解してから、新平くんが口を開く前に私は慌てて付け足した。
「――――え、演奏! 演奏をね!?」
「……そ……そうか。おう、ありがとな」
まずい。明らかに気まずい空気が出来上がってしまった……! 新平くんも目を逸らして、それからまたこちらに背中を向けてしまって、何やら口篭った様子で何を言ったらいいのか困っている様子だ。ほら、新平くんを困らせてしまった! なにやってんだ私!!
「あっあの、お世辞とかじゃなくて本当に。すごく上手だと思うし、ずっと聞いていたいからCDとかにしたいと思ってるし! そもそも楽譜もなしに一曲吹けるのがすごいと思う! 本当に!」
「わ、分かった、分かったよ。ちょい落ち着け……喜んでもらえて何よりだが……やっぱ物好きだよお前」
先程とは違う意味で真っ赤になってしまった私を、こんな状況でも苦笑しながらフォローしてくれる新平くんはやっぱり優しいと思う。少し困ったような笑い方にも見えるけど、取り敢えずは笑ってくれてるし気を悪くした訳じゃなさそうだ……ひとまずはほっとする。
「ま、お前の物好きは今に始まったことじゃねぇわな」
「ええ……? そ、そう?」
新平くんはベンチに座る私の元まで歩み寄ると、私の隣に置いてあった楽器ケースに手を掛けた。丁寧な手付きでトランペットをケースに戻す。しっかりとケースにロックを掛けてから、それを少しずらして今度は自分がベンチへと腰掛けた。流れるように私の隣に腰掛けてきたので、未だ私の心臓は落ち着く気配がない。
「流石にさ、これだけで礼を済ますのは俺が腑に落ちねぇよ。あんま得意じゃねぇけどなんかしら考えておくわ」
「う……ごめんね。そんな重荷にさせちゃうのは私も本意じゃないし――そうだ、そもそもこれそんなに大したものじゃないから。あんまり気にしなくていいんだよ、私は今ので十分嬉しかったし」
あまりにも律儀な姿勢の新平くんに、逆に私はとてつもなく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。私と新平くんの間に挟むように置いてある、私が持参したチョコが入った紙袋を指差して私が言い訳をすると、新平くんが「そういや中身をちゃんと見てねぇな」と言って笑った。
「そうだ、まさかキョウにも用意したのか?」
「それは勿論。何なら恭くんからは直接お願いもされててね……この前ショッピングモールで一緒にスイーツ食べたんだけど、結局多めにお会計払ってもらっちゃった貸しもあったからさ」
「一緒にだと?」
先日、恭くんと偶然出会った流れで限定スイーツを食べた日のことを思い出す。あの限定スイーツ、美味しかったな。また機会があれば誰かと行きたいところだけど……残念ながらカップル限定オーダーだから、行くにあっては誰かに協力してもらわなきゃいけない。
「あ、たまたま会っただけだよ。すれ違って、恭くんが声を掛けてくれてさ」
「たまたま、ねぇ」
まあ、またいつか私が誘ったとして。恭くんは快く付き合ってくれそうなものだけど……“恋人同士”を装うのにやっぱり私にはハードルが高いかな。
「お前……キョウとよく会ってんのか?」
「え? いや、別によくって程じゃあないよ。ただ出先でたまたま会ったりはするかも? トラと美南くんの方が頻繁に会ってると思う」
言いながら思ったのが、いずれもみんな頻繁に連絡はしてくれるメンバーだ。一方で新平くんとは時々、いやたまにしか連絡を取らない……自分から連絡する勇気もないし、新平くんから連絡が来るってことも少ないし。それこそ年始の連絡が最後だったかな……?
「新平くんの方がよく会ってるんじゃないかな。竜さんのお店によく来てくれるし……恭くんはよく電話くれたりするから、あんまり会わなくても久し振りって感じはしないけど」
「電話だぁ? あいついつの間にそんな」
恭くんが私に連絡してくるのは、特に用事があるとかではなくて。変な形の雲を見つけただとか、今見てるテレビが面白いから見てくれだとか、そんな話で長話は特にしない。だから、私も変に身構えたりすることはないのだ。
「俺の知らねぇトコでお前ら、随分と仲良くやってたんだな」
「な、仲良く?」
新平くんは空を見上げて、大きく伸びをしながらそう言った。腕に隠れて表情はよく見えなかった……けど、欠伸でもしてそうな口振りだった。
新平くんの知らないところで……か。うーんでも、どちらかと言うと私は恭くんの知らないところで新平くんと仲良くしまくってるような気がするんだけど……そう、今とかまさに。
でも。ふと思ったけど、新平くんと恭くんは同じ家に住んでるんだし同じテレビを見ていたりする……よね? の割に、恭くんから来る連絡の裏に新平くんの気配というか、「今一緒にこれやってる」みたいなことはあまりないかもしれない。そう考えると新平くんとは実際に会う以外で関わることってほとんどないんだな……。
考え込むことをやめて顔を上げると、視線を感じたので思わずその方向に目を向けてしまった。すると案の定、新平くんの目線は私に向いていた。新平くんは特に何も考えていなさそうな表情だったけど、心臓が未だ落ち着かない私は慌てて目を逸らす。
「えーとそれじゃ、私はそろそろ……あ、そうだ」
先程口走ってしまった自分の失言をまだ引きずっている私は、早く一人になって頭を冷やしたかった。とは思いつつも、演奏で得たこの安らぎの余韻をまだ感じていたい気持ちもある。
でもちょっと、顔の火照りはまだ落ち着かない。ひとまずはベンチから立ち上がって、新平くんから物理的に距離を取る。
そのまま立ち去ろうと思ったところで、一番重要なことを伝え忘れていたことを思い出した。
「あ、あのさ。ちょっとお願いがあって」
「ん?」
……この流れで、こんなお願いをすることも変な意味を持たせてしまうかもしれない。でも、実際そのつもりで私が用意したのだから、ここは勇気を持って伝えなければ。
「それ。渡したやつなんだけど……できれば家では、恭くんのいないところで開けてほしくて」
「……? なんで?」
新平くんはキョトンと、珍しく呆けたように目を丸くして首を傾げた。あまり見ないそのあざとい仕草に私の心拍数は加速するばかりだけど、私は主張の激しい鼓動の音を必死に喉で押さえつけるようにしながら続けた。
「ちょっとだけ――恭くんと中身が違うんだよね」
私の言葉に、新平くんは変わらず怪訝な顔をしたままだ。そりゃそうだ。新平くんからすればきっと、だからなんだ、という話だろうし。
「そ、それだけ。……私、先帰るね!」
「あ、おい。送ってくぞ……」
「まだ明るいから大丈夫! じゃあ、また!」
私のせいで新平くんの当初の予定と時間を奪う訳にはいかない。私は半ば強引に、新平くんの申し出を突き返して早足にその場を去った。
……どう、だろう。伝わる……だろうか。