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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
六章〈推し活とガチ恋は別物〉
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 東条くんとは、不思議と学校内では鉢合わせたのは初めて出会ったあの時だけだった。普通に過ごしていて彼の噂はよく聞こえてくるけど。

 思い返せば私と彼がどこかで鉢合わせるのは学校外ばかりだ。普段は校内、私はある程度の警戒心を抱いているのに、こうして不用心なタイミングでいつも声を掛けられてしまうとは。


「ねー先輩。学校帰り? 家この辺なの?」


「……う、うん。そんなところ……」


 東条くんは私の全身を眺めて、制服姿だったからかそんなことを聞いてきた。どうしよう、変に絡まれてしまいそうだ。


 気まずいのは気まずいけど、それをあからさまに顔に出すのも無礼になる。何とか取り繕うと努めたけど、どうしても東条くんの目を真っ直ぐに見ることができない。……早く、通り過ぎてくれると助かるんだけど……!


「嘘でしょお。先輩の家はあっち。なんで嘘吐くの?」


「……!?」


 すると、東条くんはへらりと笑いながらそう言った。いや、やっぱり笑顔も少し怖い。というか……


 ……なんで、私の家の方向知ってるの。


「前にあっちの方で先輩のこと見かけたから知ってんの。おれが知っててビックリした〜? おれね、こう見えて情報広いんだよねぇ」


「え、あ……そうなんだ。すごいね……いや、驚いたよ。そう言う東条くんはこんなところでどうしたの、君の方こそお家がこの辺なの?」


 色々と言いたいことがあるけど、変に刺激するのはまずいと思って逆に聞いてみる。実のところ、東条くんはゲームでは県外の少し遠い駅から通学しているという設定があったのを覚えていたけど。


「そ。おれの家はもうちょい駅から離れてるけど。今は散歩中かな、暇してるんだよねぇ」


「……電車通学じゃなかったんだ?」


「そうだけど。なに? なんか可笑しい?」


 と、東条くんの自宅はまさかのこの地元にあると言う。思わず聞き返してしまうと、東条くんからは怪訝な目線が向けられる。私は慌てて「そんなことないけど」と答える。い、一々威圧感があって怖い……。


「……あの……もう行ってもいい? 私もう行かないと」


「ん? どこに」


「どこって……まあ、公園に……?」


「何しに?」


 質問攻め、というか詰められてる感が否めない。私の身長が小さいというのもあるけど、さらに身を強張らせて縮こまる私に対してそれを見下ろす明らかな不良学生……傍から見れば恫喝にも見えるんじゃないだろうか。私が変にビビっているのも悪いんだろうけど、だって怖いものは怖い。


 具体的にどう怖いのかと言われると……ただ、威圧感があるってだけなんだけど。でもどうしてこんなにしつこく私の目的を聞き出そうとしてくるんだろう。変に興味を持たれてしまったのかな……。

 以前、美南くんと一緒にいた時に絡まれた時は私じゃなくて美南くんに対してこんな感じだったのを思い出した。ゲームの設定でもあるけど、元々あの二人の相性がよくないからって思ってたけど……東条くんはこんな風にわりとしつこい性格なのだろうか。


「ふふ。おれに教えるのは嫌って?」


「いや、そういう訳じゃあ……なんというか、人を探してるだけだよ。すぐ帰るし」


 少しだけ押し黙っていると変に誤解されそうだったので、慌てて取り繕うように答える。私の答えに納得したのかは分からない、東条くんはさっきから変わらないずっと同じ微笑のままだ。


「へーぇ。カレシ? 今日はバレンタインだもんねぇ。ってことは駒延じゃないヤツだ」


「ええ!?」


 私が大事そうに抱えていたバッグを指差して東条くんが言う。それには思わず素っ頓狂な声を出してしまった、大体は当たってる指摘だったけど……!


「彼氏なんていないよ! なんだっていいで――」


「おい。茂部? ……と、誰だ?」


 トン、と背中に何かが触れたので振り返る。……と。


「っうわあ!?」


「そんなに驚くこたぁねーだろ。どうしたお前、こんなとこで何やってんだ?」


 そこには私が探していた人物――新平くんが立っていた。スカジャンを羽織っているけどズボンを見るにまだ制服のままだ。


 思わず距離を取ろうとすると少しふらついてしまって、それをすかさず新平くんが私の腕を引っ張ってくれた。前にもこんなことがあったような……いやそれより、東条くんもそうだけどなんで攻略対象キャラって私の背後にぴったり立つんだろう!?


 突然の新平くんの登場にも驚いたけど、それよりも。


 ……東条くんの表情を窺う、と。東条くんは――


「――そいつが探してたヤツ?」


 すぐに返事はできなかった。だって、東条くんからあの微笑が消えていたから。表情なく、笑いを一切含まない声色で。先程までの様子と一変した姿に私は固まる他なかった。


「お前……その制服は駒延か。茂部の知り合いか?」


「どーもぉ。おれはこの人の後輩ね。あんたは先輩のタメ? あー、やっぱり姫ノ上だぁ。先輩、姫ノ上の友達とばっかりつるんでやんの」


「あ? まァ俺は茂部と同学だが……取り敢えずちょっと離れろよ。お前、横目に見てりゃあカツアゲにしか見えねぇぞ」


「えー失礼だなぁ。おれはモブ先輩にお近づきになりたいだけなのに?」


 新平くんが間に割り込むようにして立ってくれる。前に、美南くんも同じように庇ってくれたっけ。


 新平くんも、東条ダイヤが放つ独特の雰囲気……そして威圧感を肌で察知したのか、どこか警戒するような目付きで東条くんを見下ろしていた。

 私からすれば東条くんも大男だったけど、新平くんは身長も含めて彼より一回りは大きく見えた。ちょっと大袈裟な表現かもしれないけど、それくらいには頼もしく見える。


 助かった。来てくれて、心底ほっとした。


「嘘吐け、仲良くなりてぇってんなら威嚇すんじゃねぇ。誰だって怖がるだろ、そんなんだと」


「そんなハッキリ言い返されたの久し振りだなぁ。……ねぇおにーさん、名前は?」


「なんで俺がお前に名乗らなきゃならねぇんだ」


「あ、はは。じゃあ当てちゃお。えーと、西尾……恭、じゃない方。かな?」


 東条くんの言葉に新平くんは勿論、私も目を丸くした。というか、言葉が出ない。


 東条くん、どうして新平くんの名前を。どうして知っていて……というか、なんで当てられたの!? それも、恭くんの名前を出して。

 私がどこかで漏らした……? いやそんなはずない。だって私、この人の前では特に気を付けて誰かの名前を出すなんてことはしなかった。


「その反応はアタリってこと? ……そーんな警戒しないでよぉ。前にあんたさ、なんかの雑誌にモデルで出てたっしょ? そん時におれのお友達(・・・)からあんたのこと聞いたの。なんでも中学んときの同窓生だったとかで?」


 ああ、そうか。途端に腑に落ちた。……そうだ、東条くんはあの――“信号機トリオ”と接触している。彼らとどんなやり取りをしたのかは分からない、けど。それで西尾兄弟のことを知っていたんだ……!


「誰から聞いたか知らねぇが……少なくとも俺はお前と仲良くする気はねぇ。どっか行け」


「えー冷たいな。ま、おれもたまたま通りかかって先輩のことイジってただけだしな。お邪魔みたいだし、もう消えてあげる」


 そして、再び東条くんの目線が私へ向いた。目が合う……咄嗟に逸らしてしまいたい衝動に駆られたけど、ここで目を逸らすとまた変な言い掛かりをつけられてしまう気がしたのでぐっと堪える。


 東条くんはそんな私の反応をどこまで見透かしているのか分からない。でも、また薄っすらと笑みを浮かべた。今度はその目も笑っているような気がした。


「じゃあね、先輩。また学校で」


 ――それだけ言うと、彼はゆったりとした足取りで歩き出した。私は何も返事ができなかった、別になにかを言う必要もなかっただろうけど……。


 東条くんの背中が遠ざかっていく。その背中が小さくなるまで、私も新平くんもじっとそれを見つめていた。

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