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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
五章〈モブキャラの推しごと〉
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五章、彼の話②

 美南はその後あまり長居はせず夕方前に帰って行った。曰く、益子の家に向かうんだと。お熱いこった。

 俺としてはまだ居てもらっても構わなかったが、交通の便を考えれば夕暮れ時前に発つのが賢明だろう。何せ、今日はこの街で夏祭りをやっている。夜になれば駅は人で溢れ返るだろうし、そうなる前に帰ったほうがいい。


 それはそうと、俺はその夏祭りに用事があるんだった。何を着ていくとか全く決めていなくて、そう言えば髪もセットしていなかった。今日はやることは少なかったはずなのに、考えることが多かったせいで結局何も手付かず状態だ。今になって焦りを覚え始める。


 取り敢えず適当に髪を……と思って、いやどうせ会うのは夕方から夜ちょっとだしそんなに気合いを入れる必要もないかと思い留まる。そもそも、茂部とはあのキャンプでお互いオフの姿を見ている訳だし。

 そう言えば去年はキョウに無理を言われて浴衣を着たんだったな。趣味じゃなかったんだが、あまりにもしつこく言われたから結局折れてしまった。案外着心地は悪くなかったんで別によかったんだが……今日は流石に普段着にしよう。


 浴衣か……去年の夏祭りの帰り、たまたま鉢合わせた茂部と一緒に花火を見た。あの丈の短い浴衣のことを言うと本人がめちゃくちゃに怒るから、これ以上弄るつもりはないが……それも含めて、思い出すと思わず頬が緩む。


 不思議な奴だ。いい意味で調子が狂う、のだと思う。壁際に置いた古びた楽器ケースを眺めながら、俺はそんなことを考えていた。




 ◇




「おっ……お待たせ! 待った!?」


 若干空が薄暗くなり始まった頃、待ち合わせ場所に現れた茂部はまず開口一番に上擦った声でそう言った。なんか……変に顔が引き攣ったような、そんな笑顔で。


「今来たとこ。今日はなにしてたんだ?」


「え!? ええと今日は……あーえっと、寝……寝てた。寝てたかな、うん」


「……そ、そうか」


 視線を泳がせながら茂部は言う。何だか少し調子が変な気がするが……寝てたと言いつつ、実は割と忙しい一日だったのかもしれない。まァ、深く追求するつもりはない。

 茂部は白いTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好だった。それでいていつもより頭の位置が高いと思ったら、少し踵の高い洒落たサンダルを履いている。……今までそんなに気にしたことはなかったが、こうして見ると俺とこいつってこんなに身長差があったのか。歩く速度を意識したことはあったが、脚の長さが違うから当然だったのか……。


 それで、俺も手頃な白いTシャツにジーパンを履いていたものだから、なんかこれ……ちょっと服装が似通っちゃいねぇか? 別に打ち合わせたって訳じゃないんだが。……とまァ、それを口にすると気まずくなるように思えたので胸に秘めておく。


「花火が打ち上がるまで……まだもうちょい時間あるな。ま、丁度いいくらいになりそうだ」


「あ、えっ……と、どこに……」


「早めに行って場所確保だ。と言っても、多分あそこなら誰もいねぇと思うが……」


 やっぱりどこか挙動不審な茂部が気になるが、具合が悪いって訳でもなさそうだ。……大丈夫かと声を掛けようと思って、何と言葉を掛けたらいいのか迷って結局言わずじまいになる。

 ひとまず俺が歩き出すと、茂部は静かにその後を着いてきた。




 ・・・ ・・・




「よし、この辺りでいいだろ」


 連れてきたのは、人が集まる河川敷周り――その真反対の方向。花火に近い側の道路やランニングコースには人が集まるが、少し離れたこの位置になると全然人はいなくなる。それでいて、空の景色は開けているのでしっかりと花火も見えるポイントだ。


 木陰の下に設置してあるベンチの上に積もっていた葉を手で払って、腰掛ける。スペース的に三人用で作られているベンチなのだろう、茂部は丁度あと一人分くらいのスペースを空けて俺の隣に腰を下ろした。


 ……途端、無言の時間が流れる。スマホで時間を確認すると、花火が打ち上がるまであと数分……俺は、この間にでもはっきりさせなきゃいけないと思った。


「なァ、ちょっと聞きたいんだが」


「え?」


 茂部を横目に見ながら話し掛ける。茂部は一瞬、はっとしたように顔を上げてからすぐに視線を泳がせた。そう、それだ。


「今日はなんだか、お前と目が合わねぇ気がする。サンダルのせいかと思って座ってみたが相変わらずだ、なんか気になることでもあったか?」


 俺がそう言うと、茂部は目を見開いて俺のことを見た。反応とその表情を見る限り、これは反射的に俺のことを見ただけだろう。


「あ……そ、その、ごめん。本当、なんでもなくて……いや、なんと言うか……」


 茂部は歯切れ悪くそう言うと、また目を伏せてしまった。……煮え切らないな。苛立ち、というより今は心配が勝る。

 そんな態度を見て、一年前のこいつを思い出した。バイト先で初めて出会って、何気ないことから会話したりして……今年の初詣に行くまで、こいつは今みたいな少し遠慮したような、そして時々挙動不審な態度で俺に接していた。それは単純に茂部が俺に対して壁を作っていたからだと思っていたんだが。


 ――今回ばかりは違うと思った。それでいて気になった。だから今、ちゃんと確認するために俺は茂部の伏せた顔を覗き込んだ。


「――、お前……大丈夫か?」


「っ、あのその、本当なんでもないので……!」


 口元に手を当てて顔を背けられてしまった。……が、しっかり見てしまった。耳まで真っ赤な茂部の顔を、間近で。


「もしかして調子がよくねぇのか? キョウも今は熱出してるとこだし……すまん、無理に連れ出したようなら、」


「げっ元気だから! 私は健康! ほら! 大丈夫!」


 俺の言葉を遮って、立ち上がった茂部は片腕をブンブン振り回して元気アピールを繰り返した。突然のことに俺は一瞬呆気に取られたが、すぐにドツボにはまって吹き出した。何なんだ、こいつは。意味が分からねぇ、けど面白い。やっぱ不思議な奴だよ。


「元気なのは分かったよ。落ち着けって」


「う……」


 宥めると、茂部は腕を下ろして後ろを向いてしまった。……まァなんだ、健康なら構わない。


「……あの……説明、すると……いや説明というか」


 そのまま茂部は、俺に背を向けた状態のままぽつりと語り始めた。


「ごめんねこんな感じで。正直言うと、ちょっと私……この状況に……その……」


「なんだ?」


 俺の相槌に、茂部は数秒の間を空けて続けた。


「……てる」


「え?」


「照れてる。照れてます。……それだけ」


 ――なんて。


 これには今度こそ呆気に取られて、そのまま俺も固まった。照れ……、照れてる? それはちょっと予想外だった。

 俺もその言葉の意味について頭の中で整理に務める。えーと、この状況に照れてるってことだよな。それはつまり……つまり?


「いや、何をそんな照れてんだ? 俺もお前もそんな変わったことはないと思うんだが……」


 心の底から疑問だったので、訊いてみる。だってなんだって茂部が照れてんのか、俺には全く理解できなかった。


「……いや、だって、花火を二人で鑑賞とか……照れるよ!?」


 ……すると、茂部は勢いよく振り返ってそう説明した。なんだか必死なようで、その“照れ”というのはすでに消えてなくなったようにも見えるが。


「去年も観ただろ、俺と。何を今更……?」


「……ああ、うん。そっかそうだよね……新平くんはそうだよね……そうなんだろうけど……っ!」


 拳を握り締めて何やら苦悶の表情を浮かべる茂部……どんだけ表情がころころ変わるんだ。見てるこっちは楽しいから別にいいけど、どうやらこいつの中で何かしらの葛藤があるらしい。


「何だか知らねぇが、もう始まんぞ? まず座れよ、な」


「ええ……いやだから……」


「――あーほら、そう言ってる内に」


 俺と茂部の押し問答の間に、きらびやかな閃光と爆音がその場に弾けた。空を見上げると、大きな花火が次々と打ち上がる様子が綺麗に見える。やっぱこの場所穴場だな。


 結局、茂部は立ち尽くしたままぽかんと空を見上げていた。これは……もう座る気はねぇな。仕方なく俺は立ち上がって茂部の隣に立った。二人並んで、立ったまま空を見上げる。


「……今日の昼間さ、例のファッション誌を眺めてたんだよ。心底複雑な気分だったがよ」


「あ……うん、私のところにも届いたよ。二人とも写真映えしてたね、羨ましいよ……」


 顔を見合わせないようにしながら話すと、茂部も普通に返答してくれた。茂部の目線は空に向けられている。……俺がその横顔を見つめていることには気付いてないな。


「……あの時の俺、どうだった? 決まってたか」


「そりゃもう、最高だったよ」


 少し口元を緩めた様子で、茂部がそう言った。その瞬間に俺は、何と言うか腹の奥底がムズムズするというか……そんな感覚を覚える。


 これは……今日、美南に茶化されたせいだな。

 俺は少し、茂部が俺のことをどんな風に思っているのかふと気になっちまったんだ。


「最高ってのは具体的には?」


「ん? 具体的に……? ええと、あのワイルドな感じが最高に似合ってて、大人っぽくて、魅力的だったしカッコよかった。みたいな?」


「……そ、そうか」


 美南が言ってた、綺麗とか可愛いとか……そういう異性に対しての評価に近しい、俺に向けられた茂部の気持ちを聞きたかっただけなんだが、思っていた倍の彩度で褒めちぎられた。


 これは……なるほど。あァそうか、これが。


「……照れるな……」


「あっすごい! 今の綺麗だった! 見てた!?」


 しまった、と思って取り乱しかけたが、俺が思わず口を衝いた言葉を茂部は幸いにも耳にしていなかったようだ。助かった、今度は俺が狼狽える番になるところだった。

 バチッと目が合った俺と茂部だが、今の茂部はもうすっかり顔の赤みは消えていて目の色は興奮一色だ。まァ、楽しそうで何よりだ。


「お前もあの日、綺麗だったよ」


「え? なに? 綺麗って?」


「あァ、綺麗だった」


 俺も言ったぞ、聞き漏らしたならお前が悪い。そんな意地の悪い俺の笑みに、茂部は小さく首を傾げただけだったのがまた――。


 ……全く。この場合だと、振り回されてるのはどっちになるんだろうな。


 とにかく、この少し照れくさい穏やかな時間を、また来年も過ごせればいいなとは思った。

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