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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
五章〈モブキャラの推しごと〉
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《約束》③

 高校生になって、ヒメちゃんと再会した瞬間。あの公園で佇む後ろ姿を見て、俺はすぐにヒメちゃんだと分かった。


「あ、キョウくん。本当に会えちゃった……やっぱり、『――』の言った通りだ」


 ……でも、何だか、嬉しいはずのその再会にはどこか“違和感”があって。

 それでもやっぱり、初めての“約束”を交わした子と再会できたことが嬉しくて。その時は、その違和感には気付かないフリをした。



 ヒメちゃんとの再会もそうだけど、高校生になってから俺にとっての“素敵な出会い”はたくさんあった。

 と言うのも、ヒメちゃんと再会するまでに友達千人作るって約束を果たせなかったから、今からでも取り返そうと思って焦っていた節があった。誰にでも話し掛けて、誰からも好かれるように努力していたのが功を成したのかもしれない。


 茂部ちゃん。姫ノ上学園の子ではない、他校の友達。毎日は会えないけど、だからこそ毎日会いたいと思えるような面白い子。

 不思議な子だと思った。なんだか、シンペーに対して憧れ? のようなものを抱いているみたいで。芸能人とかに思うそれと同じ、と言っていたけど……シンペーはマナさんの息子だし、そういう人を惹きつけるオーラがあるのかもしれない。当然、茂部ちゃんはシンペーのお母さんがダンサーだってことは知らないだろうから。



 彼女に対しての印象と言えば、初めはそれくらいだったんだっけ。




 ◇




「デート……か。ねえ、キョウくんのお兄ちゃんも一緒に誘って行こうよ?」


「え、シンペーを?」


 ヒメちゃんと再会した俺は、また同じ学校に通えることが嬉しくて嬉しくて、昔と同じ感覚でヒメちゃんに接していた。それでも俺たちはもう高校生な訳だし、俺だって当然ヒメちゃんを遊びに誘うのは“友達”としてじゃなくて“デート”のつもりだった。

 でも、それを口にするのは野暮ってものじゃない? でもヒメちゃんにはそれがバレバレだったのか、あっけらかんと俺の誘いを「デート」呼ばわりした。それに面食らったのも束の間、ヒメちゃんは俺の誘いに対して全部、シンペーを誘おうと言ってきたのだ。


 最初は上手く言いくるめて、二人だけのお出掛けにありつけていたんだけど。ヒメちゃんがあまりにも口酸っぱく言い続けるものだから根負けして、泣く泣くシンペーを誘ってみた初めての三人デート……いや、これってデートって言うのかな。

 シンペーは「なんで俺が」とひたすら困惑していた。けど、ヒメちゃんにもしつこく言われていたので仕方なくといった風で付き合ってくれていた。ヒメちゃん、最初は名字呼びだったのに……いつの間にかヒメちゃんはシンペーのことを「シンくん」と呼んでいた。俺が知らない間にこの二人は仲良くなっていたのかな。クラスが同じで、そう言えば席も隣だったっけ。少し妬ける。


 ――ヒメちゃん。子供の頃に結婚を約束した相手。それは俺にとってはただの口約束じゃなくて、一度だって忘れたことはなかったし……高校生になったヒメちゃんを目の前にして、俺はやっぱりこの子が好きだと思った。


 でもヒメちゃんは、俺の気持ちに気付いているのか気付いていないのか……別にそれはいいんだけど。デートって分かってるならどうしてシンペーを誘ったりするの?

 ただの友達感覚なら人数は多いほうがいい。それは分かるよ、なら俺も遠慮なくシンペーのこと誘うし。でもさ、デートって好きな人と行くものじゃないのかな?


 そんな気持ちが俺の中にあったから、その反骨心からちょっとだけヒメちゃんに対して試したくなっちゃったんだと思う。始まりは、俺たちの『三人デート』に――茂部ちゃんを巻き込んでみたことだ。


 ヒメちゃんは、俺が手を握るとぎゅっと握り返してくれる。そして嬉しそうに微笑んでくれる。だから俺は、これは勘違いなんかじゃないって思ってた。シンペーと茂部ちゃんが見てる前でも恥じらいなく手を繋いだままでいてくれたし。

 だからきっと、ヒメちゃんもあの“約束”を忘れてないんだって――俺は、そう思っていた。




「じゃあ、運命じゃなかったってことじゃないですか?」


 一年生の冬。はっきりと俺に現実を告げたのは茂部ちゃんだった。うん……かなりはっきり言われてしまった。言った本人もすぐに「あっ」という顔をして、とんでもなく申し訳なさそうな表情を滲ませた。


 運命。それはヒメちゃんと俺のことで、あの約束を交わしたんだから俺たちは自然とそう(・・)なるんだって信じて疑わなかった俺に――茂部ちゃんは喝を入れてくれたのだ。

 現実を直視しろ、と言われたような感覚だった。けど……実際、現実を見せたのは茂部ちゃんじゃなくて、ヒメちゃんだったんだよね。


 ヒメちゃんは俺との約束のデートの時間に現れなくて。そしてたまたま、俺は街で違う男の人と楽しそうにしながら歩いているヒメちゃんを見掛けてしまった。

 実はデートの約束を放棄されることは初めてじゃなかった。でも、次の日学校で会ったヒメちゃんは「ごめんね」と謝ってくれていたので、きっと事情があるんだと思ってた。でもその日は、俺はしっかりと見てしまった。ヒメちゃんが北之原先輩と親しげにしている姿を――。


 荒んだ心のままふと立ち寄ったコンビニで、たまたま出会った茂部ちゃん。シンペーとの繋がりがなければそう会うこともない、俺にとっては兄と親しいだけの他校の友達。でも茂部ちゃんは様子が可笑しい俺を気に掛けて、話を聞いてくれた。そして話を聞いた上で現実を教えてくれたのだ。


「運命って結局人生の答えみたいなものですし……結ばれなかったならそれは運命の人じゃなかった、というのが真理では。結ばれたとしても離婚する夫婦だっていますから。相性ですよ相性」


 思っていたより現実的な子なんだなぁ、と思って関心してしまった。ごもっともだと思う。だからいつの間にか、傷付いていた心の痛みは茂部ちゃんの話を聞いている内に薄れていった。

 本当はヒメちゃんと行くつもりだった映画も、茂部ちゃんは嫌な顔をせずに付き合ってくれた。少し子供っぽい内容の映画だったけど一緒に真剣に観てくれて、楽しく感想も言い合った。案外話が合うことに驚いたし、情けない姿の俺を笑ったりもしない……優しい人だってことに気付けた。


 だから俺は茂部ちゃんに心の内を告げた。ヒメちゃんとの約束のこと、そして裏切られてしまったことも。


 そしたら、茂部ちゃんは憤慨した。それは多分、心の底からヒメちゃんに対して怒れない俺の分も含めてなのかな、とも思った。それか煮え切らない態度の俺に対してもイラついていたのかも……、いや、それはないか。茂部ちゃんと話していてそんな感情を向けられたと感じたことは一度もないから。

 話していて、どこか安心感を覚えるこの感じは――何となく彼女は、シンペーと似ていると思った。茂部ちゃんはシンペーに憧れてると言っていた。曰く、優しいところが好きなんだって。だから自然とシンペーの“そういう部分”に似ているってことなのかな。


 その日俺は、失恋をしたんだと思う。でも案外心は穏やかだった。それってきっと、幸運なことだったと思うんだ。




 ◇




 ヒメちゃんとはそれ以来、あまり話すことはなくなった。当然だ、俺が意図的に避けることもあったし。あんなことをされて平然としていられるほうが無理、だし。

 シンペーは多分、俺とヒメちゃんに何かあったことに気付いていたと思う。だから敢えて何も聞いてこなかったんだろう。でも、同じクラスのシンペーはヒメちゃんと気まずかっただろうな……申し訳ないことをした。


 高校二年生になって、シンペーとヒメちゃんのクラスが離れたと聞いてほっとしたのだ。それから、俺も。ヒメちゃんとクラスが同じじゃなくてよかった。


 ヒメちゃんは俺の運命の人じゃなかった。約束は――破られてしまった。その事実はもう受け入れた。ただ一つ、気になることがあった。

 ヒメちゃん、何だか子供の頃と比べてどこか心ここにあらずというか……いや。


 子供の頃から、ヒメちゃんは時々可笑しな様子を見せる子だった。それが高校生の今、より顕著に感じられるようになったと言うべきだろうか。



「ヒメちゃんはさ」


「なあに?」


 いつだっただろうか――まだ俺が失恋を自覚する前。昼休み、屋上で一緒に過ごしていた時にふと気になって聞いたことがあった。


「時々言うけど。『言う通りに』――って。まださ、



 ――お母さん(・・・)から色々言われてるの?」


「うん。だって『ママの言う通り』にしなきゃ私、ハッピーエンドになれないんだって」




 高校二年生の夏。色んな偶然が重なって、俺は避けていたヒメちゃんと接しなければいけない状況になってしまった。

 俺が学校でシンペーと話していた時、それを見計らったのかは分からないけどヒメちゃんが割り込んできたのだ。もう長いことまともに俺とは話していなかったけど、以前と全く変わらない態度で。ヒメちゃんからはあるお願いをされた。それは、自分が携わっているモデルのバイトの人手が足りないために協力してほしい……という内容の。


 そしていざ現場に向かってみればスタッフとしての手伝いじゃなくて、モデルとしての手伝いだったことが発覚してシンペーは大激怒。そこに俺にとっては勝手に因縁だと思っている相手、三年生の北之原先輩が現れたりして。……なんて状況に振り回されていたら、茂部ちゃんが変装してその場にいたことを知ったりして。


 思えば、ヒメちゃんに手伝ってほしいんだと学校で話し掛けられた時から俺の体調はあまりよくなかった。最近は暑くなってきたことだし、ちょっと早い夏バテかなと思ったりもしたんだけど……自分のことは自分が一番よく分かっている、この体調の崩し方は俺がメンタル不調の時によく患う症状だ。

 どうやら俺にとって、ヒメちゃんという存在と相対することはかなりストレスが掛かる行為らしい。初恋の相手にこれだけの感情を抱いていた自分には心の底から呆れてしまう。


 結局俺は、その日はみんなに迷惑を掛けてばかりだったと思う。かつては手を握ることも自然にできていたのに、今はヒメちゃんの顔をまともに見ることすらできない。シンペーには物陰で何度も「無理するな」と小言を言われまくった。……休憩中、茂部ちゃんに話し掛けられていなかったら本当に倒れていたかもしれない。


「灰原さんと北之原先輩のことで、無理してるよね?」


 つくづく、本当に、シンペーと茂部ちゃんは似ていると思う。こうやって俺のことを心配してくれるところが。それでいて違うところと言えば、茂部ちゃんは何事もはっきり言ってくれるところかな。


 無理をしてた自覚はある。でも俺は、これを乗り越えなきゃいけないんだ。

 今まではヒメちゃんに対する想いを、感情を押し殺して自分を誤魔化していただけ。この先ずっとヒメちゃんを避けることでなんとかそれを続けていく――高校を卒業するまでずっとそれが続くのかと思うと、どこかでこの気持ちに区切りをつけなきゃいけないと思う。


 それに俺は、俺の中で腑に落ちない部分を納得させなきゃ次に進めないと思ってた。――シンペーと茂部ちゃんには言っていない、ヒメちゃんに対して俺が抱いている疑念。


 彼女は、『母親』に洗脳(・・)されているかもしれない。


 それは今だけの話じゃなくて、俺と約束を交わしたあの頃からずっとの話で。――だとしたら、俺に約束してほしいって言ったのももしかすると『ママの言う通り』にしただけ、ってことかもしれない。……その真実を確かめることは恐ろしかったけど、でも、知らなきゃいけないと思った。


 ……でも、今は。


「どうして私がこんな目に……ちょっと恭くん、いつまで笑ってんの。流石にキレるよ私でも。大真面目なんですけど? 聞いてる?」


「フフッ、くっ、くく、……あの、ご、ごめっ……」


 ドール人形みたいになって、ぎこちなくポーズを決める茂部ちゃんのおかげで、胸の苦しさみたいなのはその時だけは全くと言っていいほど消え去っていた。




 ・・・ ・・・




「――――なに、やってんだッ!!」


 遠くで、シンペーの怒鳴り声が聞こえた。俺はその時スタジオの入り口付近、廊下の側に立っていた。少し前に小難しい顔をしてスタジオを後にして行ったシンペーのことが気になりつつ、北之原先輩からの指示もあったのでこの場を離れることができず、の状態だった時だ。


 声は遠かったけど、その怒号ははっきりと聞き取れた。そしてシンペーのこの声色には聞き覚えがあった。中学生の時、俺が旧校舎に誘拐されてシンペーが助けに来てくれた時の怒鳴り声だ。それだけで尋常じゃない様子が感じ取れた。


 慌てて俺は声の方向に向かって駆け出した。シンペーはそのあとにも続けて怒鳴っていたので、シンペーがどの部屋にいるのかはすぐに分かった。半開きになっていたドアの隙間に滑り込む、と――そこには鬼の形相で仁王立ちしているシンペーと、その足元で蹲るヒメちゃんがいた。


 混乱した。最初は、シンペーがどうかしたのかと思った。でも視線をシンペーの後方に向けた時、テーブルの上で小さく震えている茂部ちゃんを見て俺は固まった。冷静に、冷静にと心の中で自分に言い聞かせながら部屋全体を見渡すことに努める。

 怒るシンペーと、その足元で俯いたまま動かないヒメちゃん。その手元には重々しい工具が落ちていて……テーブルの上で顔を青くさせている茂部ちゃんの髪は乱れて、よく見るとその頬には薄っすらと引っ掻き傷のようなものが見受けられた。俺は、それだけで大方の事情を把握してしまった。



「――ああああぁぁ!! なぁあんで、何もかも上手くいかないのよぉぉ! 嘘つき! 嘘つき!! 『言われた通りにやった』のに!!」


 ――ああ、やっぱり……彼女は。


 豹変したヒメちゃんを見下ろしながら、案外俺はこと冷めた気分でそこに立っていた。ショック……ではあるんだけど、別に悲しい訳じゃなかった。だって分かっていたことだから。答え合わせを、しただけだ。



 北之原先輩の話は、実のところほとんど頭に入ってこなかった。でも彼女に対して違和感を抱いていたのは俺だけじゃなくて、中言先生や北之原先輩も同じだったということを聞いて色々と納得できたところがあったのはよかった。

 ――先輩は、ヒメちゃんのことを遊び相手として接していた訳じゃなかった。それを知れただけでもよかった、と思う。無駄に彼のことを恨む理由はなくなったから。


「ヒメちゃん、どうしちゃったの」


 心の中で呟くつもりだったのが、実際は声に零れていたらしい。全員が俺を見たことでそれに気が付いて……でも別に、構わないかと気にしないことにした。だってこんな、やるせない気持ち。自分の中だけに留めておくのは無理だった。


 答え合わせとは言え、俺と約束を交わしたあの頃のヒメちゃんはもう少し……いや。間違いなくあんな、半狂乱に叫んだりする子じゃない。癇癪持ちだったイメージはないし、とにかく素直な子だったはずだ。――だからこそ素直に、母親(・・)の言いなりになってしまったのかな。




 * * *




「キョウ。しばらくは実家で過ごしたらどうだ?」


 ――後日。案の定、熱を出して寝込むことになった俺の元へ経口補水液を持ってきてくれたシンペーは控えめにそんなことを勧めてきた。


 こんな高熱は久々だ。最近は大丈夫だったんだけど……思っていたより脳にきた、ってことかなあ。でもそれこそ昔と比べれば全然症状は軽いし、病院に行くほどではないと思ってた。けど、傍から見れば……というよりシンペーからしてみれば心配で堪らないってことだろう。


「トシさ……父さん(・・・)のとこにいたほうがいいんじゃねぇか? 強がって拗らせたら苦しむのはお前だぞ。せっかくこれから夏休みなんだからよ、ちゃんと体調整えて遊ぼうぜ」


 ぎこちなく、父さんのことを名前じゃなくて「父さん」と呼んでくれたシンペー。それだけで俺に対してかなり気遣ってくれていることを感じて、俺は無性に嬉しくなった。


「……シンペーは、さぁ……俺に聞きたいことたくさんあるんじゃない?」


「あァ……?」


 ――弱っていた俺は、シンペーくらいしか頼れる人がいなかった。だからシンペーは実家に、父さんの元へ帰れって言ったんだろうけど。でも俺は父さんじゃなくてシンペーに心の内を吐露したいと思ったんだ。

 俺はベッドの中から、顔を半分だけだしてシンペーに聞いてみる。シンペーは困ったように眉をハの字にさせていた。どうやら本当に戸惑っている、こんな姿は新鮮だった。


「ヒメちゃんさ、退学するって。聞いた?」


「……まァ、噂程度には」


「あの日の様子。ヒメちゃん、明らかに可笑しかったと思わない……?」


 シンペーは黙って、腕を組んだ。でもその無言が答えだ、シンペーだってあの姿は尋常じゃないと思ったことだろう。何と答えるべきか迷っているのだと思う。俺は別にその答えを知りたかった訳じゃないから、そのまま続けた。


「ヒメちゃんのお母さんが、少し変わった人なんだ。――昔から。多分、彼女が俺と仲良くしてくれたのもお母さんに言われてたから、なんだと思う」


「……は、」


「だから多分、今回の騒ぎももしかすると……お母さんに言われてやったんじゃないかなって。――言ってたでしょ、『言われた通りにやったのに』って」


「――なんだよ。何なんだよそれ。だから仕方ないって? 母親に言われたから益子を階段から突き落としたり――茂部のことをレンチでぶん殴ろうとしたってんのか?」


 シンペーはそこまで言ってからはっとして、「悪い」と言って口を噤んだ。思わず口調を荒くなってしまったようだけど、俺に対しての怒りじゃないってことは十分理解してる。


 それに俺も自分で言っておきながら意味不明だと思う。だって本当に、いくら親でもそう言われたからって誰かに危害を加えようとするかな? ……これはきっと、俺がヒメちゃんに対して夢見ている最後の希望のような言い訳なのだろう。


「ううん、だからあの子は悪くない……だなんて言うつもりはないよ。ただ自主退学だって聞いて、それってヒメちゃん本人が決めたことなのかなって気になってる。俺が思うに、あのお母さんならこんなことになっても無理にヒメちゃんをあの学園に通わせるんじゃないかなって思うんだ」


「……そんな、トンチキ女なのかあいつの母親は」


「俺は苦手だったな、子供の頃。今は……ああ、今も変わってなかった、と思う。だからヒメちゃんは気の毒だと思ってる、だからって茂部ちゃんのこと泣かせたのは許さないけどね」


 高校生になってから一度、去年の今頃だったかな。ヒメちゃんとデートの約束をして家まで迎えに行ったことがある。その時に家の前で待っていたのはヒメちゃんじゃなくて、彼女のお母さんだった時は衝撃だった。


『あら。あらあらあら。西尾恭くん……立派に成長したわねえ。本当に、夢みたい……』


 うっとりと、そう言われた。俺はその時は愛想笑いで何とか乗り切ったけど、あのねっとりとした言葉遣いと雰囲気……今でも忘れられない。


『あなたは一番お気に入りだから。どうか私の()と仲良くしてね? あと新平くんにもよろしくね、彼のことも結構好きなのよ、私』


 だってあの人、なんでシンペーのこと知ってるの。ヒメちゃんから聞いてたのかもしれないけど。でもあの口振り、変だったよ。何だよお気に入りとか、結構好きだとか――。



「……俺、しばらく父さんのところで過ごすよ。このままだとシンペーに迷惑掛けちゃうだろうしさ」


「そんな気にすることじゃ……だが、そうだな。そうしろ」


「……だからさ。茂部ちゃんのこと頼んだよ」


 そう言うと、シンペーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。あまりに予想外だったと言わんばかりの表情かわ少し面白くって、笑ってしまった。


「俺だって心配してるんだよ。でも俺こんなだからさ、様子見にも行けないし」


「お、おう。分かった、任せろ」


「うん。――よろしく、ね? 約束だよ」


 言い切ると、何だか熱が上がってきたような感覚があった。途端に眠たくなる。ああ、俺――なんか、疲れてたんだなぁ。

 肩の荷が下りた、と思いたいけど。ああでも今は……もう少し安心感がほしいかも。


 例えば――、いいや。これは、考えないようにしよう。

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