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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
一章〈推しと同じ空気を吸いたくて〉
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 サーカス劇団。……今世でもそうだけど、前世でもサーカスなんてまともに見たことあったっけ?


「何だ、思ってたより賑わってんな……」


 結局ホールには二人で来てしまった。

 入館すると、まだ始まる前だと言うのにかなりの人が座して会話に花を咲かせていた。その人々の熱量に押されたように新平くんがぐるりと辺りを見渡す。


「大きい会場だから入る人も多いんですね。確かに、思ってたよりたくさん人が集まったみたいで……先生頑張ったのかな……」


「あァ?」


「あ、いえ、こっちの話です」


 この会場のどこかに佐藤先生もいるのかもしれない。ちょっと探してみようかな。


 ちなみにこのチケット、座席が決まっている訳じゃない。適当な真ん中辺りの席を選んで座ってみたけど、これ恭くんたちと合流するの無理な気がしてきた。

 席に着いたところで、隣に座る新平くんは少し落ち着かない様子だ。……あ、そうだ、そうだった。


「……西尾くん。人混み、苦手でした?」


「――いや。別に、平気だ。……騒がしいのが少し……」


 新平くんは人混みがあまり好きじゃなかった。いけない、忘れていた。苦手ってほどでもなさそうだけど、確かにこの騒がしさは不快に感じるかもしれない。


「すみません、気が回らなくて……やっぱり始まるまで外に居ましょうか。まだ十分以上前ですし」


「……気にすんな。始まったらマシになんだろ。十分くらい全然問題ねぇよ」


「うーん……」


 そうは言っても、新平くんの眉間には深い皺が刻まれてしまっていた。前屈み姿勢になって組んだ手を額に当てて顔を伏せてしまっている。


 申し訳ない。そうだ、新平くんはヒロインからデートに誘ったとしても人が多く集まる場所は好まないから、楽しそうにしてくれることってあまりなかったんだった。

 今回のお出掛けはヒロインや私からのお誘いじゃなくて恭くんが企画したものだから、新平くんも断る暇がなくて無理に付き合ってくれていたのかもしれない。……そう考えるとますます申し訳ない。せっかくの休日なんだから、せめて楽しんで貰いたいのに。


 何か、何かしらいい方法はと……私は自分の鞄の中を漁った。何か新平くんの気を紛らわせるいいものは……おっ?


「西尾くん」


 そっと声を掛けてみると、新平くんはゆっくり顔を上げてくれた。

 それから私が手に持っているものに視線を移して、ちょっとだけ目を丸くさせる。


「始まるまで音楽でもどう?」


「お……」


 私が鞄に入れていたコード付きイヤホン。……今時はワイヤレスなんだろうけど。

 私は登下校中などによくイヤホンを愛用している。……時々、駒延高校での生活音が煩すぎる時はこっそり学校でも使ってるけど。


「私が普段使ってるやつですが。どうぞ!」


「……おう」


 イヤホンを差し出すと、少しぎこちなさそうにしながらそれを受け取ってくれた。そして、新平くんは片耳だけにイヤホンを着けて見せてくれる。

 ジャックは私のスマホに刺して、私が普段聞いているプレイリストを流してみた。このジャンル、きっと気に入ってくれると思うんだけど。


「――ジャズか?」


「私の趣味で申し訳ないです。……好きな曲とかあります? 登録してるか分かりませんが、リクエストあったら流しますよ」


「……いや、このままでいい。こう言うのは嫌いじゃねぇ」


 うん、よかった。さっきより穏やかな表情に変わった新平くんを見てほっと一息。


 ……と、新平くんは空いたイヤホンのもう片方をこちらに差し出し返してくる。……これは?


「お前も着けてろ。……何か、俺だけノッてんのも変だろ?」


 ――真剣な顔してそんなことを言うものだから、思わず私は吹き出してしまった。


「…………っふは。そう、ですね。それじゃ失礼します」


 何だろう。新平くんはすごく気を遣う人なんだと、今日一緒に過ごしてそれを強く感じた。

 共有をしてくれる。それが何だか嬉しくて、私は普段から聞いているこの曲がいつもとは違った曲調に聞こえたような気がした。




 ◆




「……悪くなかったな」


「悪くなかったですね……」


 サーカス劇が終わって、観客がぞろぞろとホールの外へ出て行く中。


 私と新平くんもホールを出て、その目の前の広場にあるベンチに腰掛けて呆けていたところである。結局合流できなかった他の二人の待ち時間だ。


 今回のショー、想像を絶するクオリティで思わず魅入ってしまった。寧ろこれがワンコイン程度の値段で観れたことに衝撃だ。……プロ集団ではないとかで、今回のショーは売名が目的だったみたいだけど。


「技も演出も全部よかったなあ……」


「俺はあれだ、特に演奏が気に入った。ピエロが生演奏してるってのが滑稽だったし、演奏のレベルも申し分ねぇ……ありゃ、見せ方ってのをよく分かってんな」


「あー分かります! 最初はわざと下手に見せたりしてましたよね。年甲斐もなくはしゃいじゃいましたよ」


 私は自分が思っていたより興奮してしまっていたけど、それは新平くんも同じだったらしい。少し頬を赤くさせて、目をキラキラ輝かせてお互い気に入ったところを語り合う。


 新平くん、こう言うの好きなイメージはなかったけどちゃんと楽しんでくれたみたいでよかった。始まる前は少しヒヤッとしたなあ。



「――ん? おお、茂部じゃねぇか! 来てくれてたんだな!」


 ふと聞き覚えのある声に名前を呼ばれて振り向く。

 と、そこには。


「あ、佐藤先生……! チケットありがとうございました!」


「いんや。わざわざ来てくれてありがとなぁ」


 パーカーにジーンズと言う、普段学校では見れない私服姿の佐藤先生がひらひらと手を振りながらこちらへ向かって来ていた。


 こうして楽しめたのも、今日のお出掛けも先生がくれたチケットがきっかけだった。これはもう先生に足向けて寝られないや。


「若い観客も結構多かったみたいだな。お前が色んな奴にチケット配ってくれたおかげでもあるんだぞ? ……おっ、友達も連れて来たのか!」


 ――私の隣に座る新平くんを見て先生が言う。


 と、友達……友達?


「……こっ、こちらは! 同じバイト先の、西尾くんです! ……ええと西尾くん、こちらが私の担任の佐藤先生です。今日のチケットを手配してくれた人ですよ」


「バイト……?」

「担任……?」


 二人並んでキョトン顔。……こうして並ぶと、やっぱり佐藤先生って童顔だなあ。それとも新平くんが大人っぽいのか。


 二人は何度か顔を見合わせると、まずは先生がニカッと笑って「よろしく!」と手を差し出す。新平くんは訝しげな表情を滲ませながらもされるがままになっているようだった。


「二人とも、今日は楽しんでくれたか?」


「ちょうど、さっき話してたところです。……楽しかったですよ! とても!」


「……ま、まぁ。悪くなかった……っす」


「そうかそうか。そりゃ座長も喜ぶだろうな」


 わはは。と、周りを気にしない様子で豪快に笑う先生……周りの人見てますよ。


 うーん、佐藤先生。新平くんとは真逆のタイプだよね。新平くんは近寄り難い雰囲気があって、先生は逆にみんなから親しみやすい印象を受けるような……そうだ。


 先生は、恭くんに似ているのか。


「あっいたいた。二人ともー!」


「――キョウ」


 と、恭くんのことを思い浮かべると、その本人の声が聞こえてくる。

 灰原さんを伴った恭くんが少し離れた位置から手を振っていた。それを見た新平くんが立ち上がったので、慌てて私も立ち上がる。


「……友達たくさん呼んでくれたんだな。先生は嬉しいぞぉ、茂部! お前学校で友達いないもんな!」


「なっ――いないは言い過ぎです! 合う人がいないんですよみんな陽キャだから!」


「痛てててごめんごめんごめん! 悪かったよデリカシー無くて。そんじゃ先生は退散するよ、じゃあな、また学校で!」


 思わず先生に肩パンしてしまった。でも先生は怒ることなく、それどころか悪ガキのノリで楽しそうにしながら逃げるように去って行ってしまった。……何だろう、本当にあの人先生なのかな。小学校の時の同級生みたい。


 何となく視線を感じると、新平くんが感情の読めない顔で私をじとっと見つめていることに気がつく。……は、恥ずかしい。先生とのノリがしょうもないと思われているんだろうな。


 そして先生と入れ替わりに恭くんと灰原さんがこちらへ来る。……ん!? 二人……手を繋いでいる!


 思わず新平くんをちらりと窺う。……新平くんも二人を見ていたけど、彼の表情には特に変化はなかった。……何とも思ってないのかな。


「二人とも全然見つからなくて、結局バラバラになっちゃってたね。シンペーどうだった?」


「どうって、まぁ、それなりに楽しんでたよ」


「俺も楽しかった。……火の輪潜りはハラハラして見てられなかったけど。すごかったよね?」


 恭くんは私の顔色を窺うようにしてきたので、こくこくと頷く。スリル満天な今回のイベント、恭くんも気に入ってくれたようだ。


「私は……ピエロがちょっと不気味だったかなぁ……」


 萌え袖で口元に手をやりながら、上目遣いで灰原さんが言う。か、か、可愛い……。

 どうやら灰原さんには不評だった様子。確かにサーカスって小さい子供とかにはトラウマになりかねない危うさも秘めてるよね。


 ……あれそう言えば。今突然、ゲームに関することで思い出した。

 今日のサーカス劇って、デートイベントの一つだったりする? ……今の灰原さんの台詞(・・)、選択肢の一つだったような……?


「……フッ。ガキだな、お前」


「だっ、だって……! 怖かったんだもん!」


 ――その灰原さんの台詞(・・)に、クスッと笑った新平くん。


 流石はヒロイン。言葉一つで新平くんから笑顔を引き出すなんて。……到底私には無理なことだから。


 でも、もし今日の出来事がデートイベントの一つなら――私みたいなモブAがどうしてこの三人に割り込むようなことになってしまったんだろう?


 たまたま……成り行きでこんなことになってしまったから、これはゲームのシナリオには関係のないことなのかなと最初は思っていたんだけど。

 でも、時折思う。この世界って一体何なんだろう? 私は『推しが存在する世界に転生した』と思い込んでいたけど、本当は『ゲームの中にトリップした』……とかだったら、主人公(ヒロイン)=プレイヤーと言うこと?


 だとしたらこの目の前にいる灰原さんはプレイヤーなの?

 新平くんや恭くんは、システムで作られた存在なの?


 そもそも私、本当に『茂部詠』なの?

 前世の記憶を思い出した、とかではなくて憑依した、であれば?




「――茂部?」


「っ……!?」


「ぼさっとしてんな。もう行くぞ」


 ――推しの声によって私は現実(・・)に引き戻される。そもそもここが現実(・・)かどうかも今は疑問だけど。


 私は、今は気にしないことにした。

 だって目の前に推しが存在しているんだから。覚めない夢なら、今の内に堪能しておかないとね?

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