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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
五章〈モブキャラの推しごと〉
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11

 つかつかと私の前まで歩み寄って来た新平くん。ずいっと顔が近付けられて、もう一度私の顔を確かめるように眺めた。ちなみにその間の私はできる限り身体と顔を反らせて精一杯の抵抗をしただけだ。


「お前、茂部だろ。何してんだ!?」


「――そ、その、奇遇デスネ」


 驚き、戸惑い、それから少しの怒りを滲ませた声色。でも驚いて何がどうなってるのか分からない、というのが新平くんの中での一番大きな感情なのだと思う。でも責められるような口調で迫られてしまえば、私はどうしても目を逸らすことしかできなかった。


「シンペー、ストップ。……茂部ちゃん、いつもと雰囲気が違うね? 見違えちゃった。似合ってるよ」


「お前なんでそんな平然としてんだ? ……まさかお前ら、」


 私と新平くんの間に強引に割り込み、新平くんの怒りを中和するかのように優しくそう言ったのは恭くんだ。そう言う恭くんもこんな私の姿に驚きが隠せていないようだったけど、すぐに切り替えられたらしい。そうか、新平くんは私がこの現場にいたこと自体がまず驚きと困惑なのか。そりゃそうだ。

 恭くんは一瞬私と目を合わせると、悪戯が成功したことを確信したようで嬉しそうに微笑んだ。すぐに目線は逸らされたけど、新平くんがそのやり取りで私たちが繋がっていたことはすぐに察したらしい。「知ってたのか!?」と今度は恭くんに詰め寄る。が、恭くんはニコニコと笑うだけで上手く躱しているようだ。


「というわけで、気を取り直してだ。弟クン、こちらの子猫ちゃんの手を取って。では子猫ちゃんも、頼んだよ?」


「えーと、はい」


 不本意ながら、こうなってしまったからにはもう逃げ場はない。この場に鏡はなかったけど、今の自分の顔がカメラに映せるような表情じゃないってことは分かっていた。でも私が映るのは身体の一部だけらしいので問題はないだろう。


 問題は――明らかに腑に落ちてない顔をしている新平くんと、灰原さん。


 灰原さんと目が合った。怪訝な表情で私の顔をじっと観察しているようだ。……私のこと、覚えているだろうか。なにか声を掛けようかと思ったけど、なにも思いつかなかった。


「えっ、と、どうしたらいいんですかね私は」


「そうだね、まずは――」


 表情を作る必要はないので、私は先輩に指示されるまま腕やら足の位置やらを指定されたポーズのままじっとしているだけで済むようだった。とは言え、本格的な照明やらカメラやらがこちらに向いているというだけで多少なりとも緊張はする。全身、指先までが緊張のせいで固まってしまっている、と先輩から何度も小言を言われた。


「子猫ちゃんそれだと、ドール人形みたいなポーズになっているからもう少し……」


「人形……って言われてもだって、私が映るのって手だけじゃあ……?」


「指先だけとは言え、気品溢れる動作は全身で表現してこそやっと現れるものだ。オーケー? 少し膝を曲げて、そして真っ直ぐに弟くんのことを見つめてごらん」


「は、はあ、分かりました」


 と、言われた通りにやってみたもののそれでも先輩の思った通りの姿ではなかったらしい。それどころかその場にいたスタッフ、カメラマン含めてみんなが笑いを堪えているようだった。ど、どうして……。


「ン、ン、ぐふっ――ンフ」


 そして目の前にも、笑いを堪えているのだろうけど堪えられていない恭くんが私の手を握りながら悶絶しかけていた。笑うことで振動が指先から私まで伝わってくる。それイケメンが出していい声じゃないし。


「帰っていいかな」


「待って待って! ごめんって!」


 半ギレの私に慌てて恭くんが取り繕う。そのやり取りから、カメラがシャッターを何度か切る音とフラッシュが走った。こんなハチャメチャばかりでまともな写真が撮れるのだろうか……?


 そしてふと背筋が凍るような感覚があった。なにかと思って横目にカメラマンの奥に視線を送ると、なんともドス黒いオーラを放ちながらこちらを睨んでいる新平くんが。


「これ終わったら俺、殺されるかもね……」


 それには恭くんも気付いていたようで、敢えて新平くんと目を合わせないようにしているらしい。小声で私にそう囁きながらも、その表情はやっぱり悪戯が成功した子供みたいだった。




 ・・・ ・・・




「――こんなものかな……二人とも、そのくらいにしよう。お疲れさま!」


 監督の声掛けと同時に、私は大きく肩を落としてため息をついた。先輩の小言に従うだけの行為がなんとも疲れることで……一時間も経っていないだろうけど、あまりに憔悴しきった私の姿に恭くんはすぐさま「大丈夫!?」と肩を支えてくれた。

 今度は私が支えられる番になってしまったようだ。情けなさを覚えながら態勢を整える……でも、恭くんはすっかりいつもの調子を取り戻したみたいでよかった。


「ご苦労だったね、子猫ちゃん。……キミは休憩しておいで、控え室の鍵を渡しておこう」


 歩み寄ってきた北之原先輩が私の肩に手を置いて、そっと鍵を手渡してきた。


 ……その声色と表情は柔らかで、慈愛を感じた。だけど……なんとなく目付きが、いや視線が私ではない周囲へ向けられていた。どうしてか警戒するような、そんな鋭さを秘めて。


「――なにも心配することはないさ」


 私がそれに気付いたことも、先輩は悟ったらしい。今度は私だけに聞こえるようにそう囁くと、ちょんと指先で頬を突かれた。一瞬なにが起きたのか分からなかったけど、それは反則だと思う。流れるような所作に流されそうになったけど、しっかり私は赤面した。


「あ、茂部ちゃん……」


「弟クン、キミはもう少し撮影がある。それに関しての打ち合わせだけれど――」


 恭くんが私に声を掛けたところで、先輩がそれを遮るようにして何かの冊子を手に恭くんへ話し掛けた。……これは、私は控え室に戻れってことだろう。


 北之原先輩――彼には何か、企みがあるんだと思う。それは私を着飾り始めた時から感じていた。でも何かは分からない……そして先輩は多分、私もまた目的を持っていることに勘付いていることだろう。


「――――茂部」


 踵を返そうと思った時、私を呼び止める低い声があった。少し離れた位置に立つ新平くんと目が合う。


 気まずい。……私はどんな顔をしていいか分からなかったし、でも目を逸らすのも何だかなと思ったので、とっても変な顔のまま新平くんのことを凝視することになってしまった。

 一方で新平くんも私を呼び止めておきながら、その先の言葉は出てこないようで……お互いに気まずい空気が流れる。


「お兄さん、メイクが崩れてる。――メイク、入って!」


 そしてそれも、北之原先輩によって遮られて私たちの視線は逸れた。新平くんが呼ばれて振り返ったところで、私もまた背中を向けてその場所を後にした。




 先輩に渡された鍵を使って、私は控え室へ入った。取り敢えず鞄を漁り、家から持ってきたペットボトルの水を取り出す。近くにあったパイプ椅子に腰掛けて、私は肩の力を抜いた。


 改めてとんでもない展開になってしまったことを振り返る。そもそも私は今日、灰原さんに会えたらいいなくらいの気持ちで臨んでいたんだけど……これはいい展開なのか、悪い展開なのか判断がつかない。

 というか、先輩も先輩で何を考えているのか。私は先輩を利用した……つもりはないけど、交換条件でこの場所に居させてもらっていながら、逆に今はいいように利用されているような気がしてならない。まあ、別にそれは構わないんだけども。


 とにかくこれからどうするか、だ。時間は……もうすぐお昼、午前が終わる。まだ撮影自体は終わらないから、時間はあるにはあるんだけど。

 果たしてこの調子で、灰原さんの動向をちゃんとチェックできるだろうか。いっそのこと直接問い質してもいいかもしれない――トラが階段から落ちた件とか、美南くんと何かしらの接触があったのかどうかとか。



「――?」


 そして、そんなことばかりを考えていると。背中を向けていた入り口、扉がガチャリと開く音がした。

 ノックもなしに誰かが入ってきたのかと、私は椅子に座ったままゆっくり振り返って、


「っ!?」


 鉛色に光る物体が頭上に見えて、私は咄嗟に腕を振り上げた。持っていたのは水が入ったペットボトル、両手で構えてそれを受ける。瞬間、両腕にどすんと強い衝撃が走る。


「な、な――なんで……?」


 よく見たらそれは大きめのレンチだった。工具……どうして、と思ったけど機材などが多くあるあのスタジオならこのような工具類があったとしても可笑しくはない。


 ただ一つ、それを振りかぶっているのが目の前の可愛らしい女の子――表情のない顔で私を見下ろす、灰原さんであったという事実を除いて。

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