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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
五章〈モブキャラの推しごと〉
70/130

 私は飛び込みの日雇いマネージャーなので、実務で役に立てることはほとんどない。スタジオでただ突っ立って待ってただけだけど、しばらくして控え室から北之原先輩が新平くんたちを引き連れて現れた。

 ――これがゲームのスチルなら、私は天を仰いで瞑目していたことだろう。北之原先輩が選んだであろう二つのコーディネートは、一言で言えば完璧だった。


「さて始めよう。お兄さんに弟クン、肩の力を抜いて。リラックスして表情を緩めたまえ」


 髪もセットされ、メイクを施された新平くんと恭くんは普段とまた違った雰囲気を纏っていたけど、それぞれの魅力を最大限生かしたコーディネートには脱帽だ。新平くんは少し大人びた感じで、全体的に黒と赤を基調としたコーデ。反対に恭くんはどこか幼さを感じさせるような淡い色合いの、白と青を基調としたコーデ。その二人を率いる北之原先輩も含めて、この三人はまさしく“王子”と呼ぶに相応しいオーラがあった。

 問題なのは西尾兄弟の表情だ。相変わらず恭くんは暗い顔をしているし、新平くんは不機嫌を隠そうともしていない。この調子で本当に大丈夫なのだろうか。


「……ひとまずは、ボクが指示する通りのポーズをよろしく頼むよ。では――監督」


「はいよ、スタートするぞ!」


 機材や照明が立ち並び、多くのスタッフが慌ただしくスタジオ内を往来し始める。私としては、なるべく邪魔にならないように息を潜めて、存在を極限まで薄くして見学することくらいしかできなかった。




 ・・・ ・・・




 ――北之原先輩が休憩を指示したので、一旦は落ち着きを取り戻したスタジオ内。スタッフたちも休憩するべく外に出て行く人がほとんどで、北之原先輩も控え室に戻って行った。私も着いて行こうとすると、先輩は「キミも好きに休んでいなさい」と言ってくれたので手持ち無沙汰になる。

 随分長い時間撮影していたかと思ったけど、スマホで時間を確認するとまだ一時間半程度しか経っていなかった。見ていただけで圧巻され、少し疲れさえも覚えている私なのに……スタッフたちを含め、実際のモデルである北之原先輩や新平くん、恭くんはどれほど疲れていることだろうか。


 新平くんと恭くんの様子を確認しようとスタジオ内を見渡したけど、二人の姿は見えなかった。そして、灰原さんも。


「――っ、ふぅ……」


 スタジオを出て廊下を歩いていると、ふと横から小さなため息が聞こえた。薄暗く、人通りも少ないほぼ物置きになっている階段下の小さな空間……そこから栗色の頭が見えると、思わず足を止められずにはいられなかった。


 恭くんだ。隠れるように身を縮めて座り込んでいる。その顔色は真っ青だった。元から色白だったけど、化粧で隠れているにしてもこの顔色は異常だ。

 恭くんは俯いたまま、ゆっくりと立ち上がった。でも足に力が入らないのか、そのままふらりとバランスを崩して――私は思わず駆け寄り、その身体を支えた。恭くんの虚ろな目と視線が合う。恭くんは、しばらくパチパチと瞬きをしてからその表情は驚きへと変わった。


「え……もしかして、茂部ちゃん?」


 思い詰めたような表情も健在で、額には薄っすらと汗も滲んでいる。あまりにも尋常じゃない様子だった恭くんを、このまま見過ごすことはできなかった。


「どうしてここに……」


「ちょっと事情があってね、潜入中」


 ゆっくりその場に座らせて、私もその傍らに膝を付いた。改めて近くで表情を窺うと、やっぱり普段の恭くんと比べて明らかに体調が悪そうだ。

 でも、恭くんは困ったようにしながらも小さく微笑んだ。今日初めて見る笑顔だ。


「何それ、スパイ? 言ってくれればよかったのに」


「私は恭くんたちが突然来たもんだからびっくりしたよ。……体調が悪そうだけど、水貰ってこようか?」


「あ……ううん、大丈夫。平気だよ、ちょっと喘息の症状が久しぶりに出てきちゃって……でもほら、全然大したことないよ。それよりさ、少しだけ一緒に居てよ」


 何となく熱っぽい視線を向けられたので戸惑う。ただ、やっぱり恭くんは具合が悪いのだと思った。喋り口調も普段よりおっとりしている気がした。


「……恭くんさ、無理してない?」


 問い掛けてみるけど、恭くんは変わらず微笑んだままで何も答えてはくれなかった。でもそれが答えになっていたと思う。


「灰原さんと北之原先輩のことで、無理してるよね?」


「……そうだよね、俺、茂部ちゃんには話したもんね。うん……そうなの、かな。俺、無理してるのかな」


「今日は灰原さんに誘われたの? やっぱりまだ……」


「……あの日以来、ヒメちゃんとは距離を置いてたんだよ。二年生になってクラスも離れて、会話することもほとんどなかった。でもヒメちゃんは久しぶりでも、変わらない態度で接してくれたから……初めは断ろうと思ったよ。でも、北之原先輩を見た時にどうしても引けないって思っちゃったんだ」


 私の見立て通り、やっぱり恭くんは無理をしていた。どうやら北之原先輩に対してライバル意識をしていたみたいで。それにこの口振りだと、灰原さんに対しても想いを捨てきれていないってことだろうか。

 でもあの日以来の恭くんと一緒に過ごしていた私からすると、恭くんはちゃんと吹っ切れていたはずなのに。それでも灰原さんの誘いは断れなかったってことは、それだけこの二人には特別な絆があるってことなのかな。


「茂部ちゃんこそ、どうしてここにいるの? もしかしてこっそり……変装してバイトの掛け持ちしてる、とか?」


「あー、うーんと、まあそんな感じだけど。今日だけだよ、北之原先輩の一日マネージャーやってるの」


「え……北之原先輩と知り合いだったの?」


「最近だよ、バイト先にお客さんとして来てくれてから……それからまあ色々あって、交換条件を持ち出されて……その対価として今日一日はマネージャーを務めさせてもらってるっていうか」


 どこから説明したものか。しどろもどろにそう言うと、恭くんは首を傾げつつも何となくは私の状況を理解してくれたようだ。それ以上を聞いてこなかったことに心の底から感謝する。


「北之原先輩、話したのは初めてだったけど……やっぱり俺とは全然別世界の人って感じ。悔しいけど、カッコいいな」


 ぽつりと呟いた恭くん。その表情には微笑みが浮かんでいたけど、それはどうにも悲痛に映った。


「恭くんも男前だよ」


「――え? 俺が?」


「私からすれば、恭くんだって私とは別世界の人だよ。それくらい恭くんは素敵な人だし、先輩にも引けを取らないと思うよ? 先輩はまあ……確かに、文字通り別次元に生きてるんだろうけど」


 (モブ)からすれば恭くんと北之原先輩は別世界、それはまさに主人公としての役割を与えられた特別な存在に違いない。何なら恭くんは『ハイ☆シン』のメインヒーローな訳だし。何が言いたいかと言うと、とにかく恭くんだってカッコいいんだからそんなに卑屈になる必要ないと思うんだ。


 とまあ、私が突然そんなことを言ったばかりに恭くんは目を丸くさせて言葉に詰まっている様子だ。言ってから気が付いたけど、私これかなり恥ずかしいことを平然と言ってしまったのでは。しかし、このタイミングで恥じらうのも情けないと思った。私はとにかく涼しい顔でいることに努めた。


「俺……茂部ちゃんこそ男前だと思う」


「ええ?」


「あは、半分は冗談。茂部ちゃんだって素敵な人だよ。俺――好きだもん。今も、話し掛けてくれたのが茂部ちゃんでよかった。嬉しい」


「好っ――あ、ああ……ありがとう?」


 変な汗が吹き出た。唐突な恭くんの告白――かと思いかけたけど、この口振りはアレだ。犬や猫に対しての「好き」と同等レベルの「好き」だ。とは言え、真っ直ぐに伝えてくれたその言葉は率直な、恭くんの本心からの言葉なのだろう。それは単純に嬉しかったし、照れた。いや照れのほうが圧倒的に大きいけど。


 ニコニコと微笑んでいる恭くんを改めて観察すると、やっぱり目付きがどことなくトロンとしている気がする。恭くん、これって――熱でもあるんじゃ?


「かなり調子が戻ってきたよ。うん、頑張れそう」


「本当に? お願いだから無理はしないでね、新平くんもきっと心配で堪らないだろうから」


「ありがとう。そうだね、シンペーにも迷惑掛けちゃってるよなぁ……そうだ、シンペーには秘密でいいんだよね?」


 私が激しめに頷くと、恭くんはにんまりと小悪魔的な笑みを浮かべた。これは……悪戯を画策する子供のような、そんな無邪気な笑顔だ。新平くんは間違いなくオカンだから、恭くんのその心理は理解できなくもない。

 と言うか、私が今ここにいることと恭くんだけに正体を明かしていることが新平くんにバレたら……なんか、とんでもなく拗ねられそうな予感がした。いずれにしても面倒なことになりそうだ。本当なら恭くんにもバレたくはなかったし……そもそも、この二人が突然現れたこと自体が誤算だった。


 そこまで考えて、そう言えばこの二人を連れてきたのは灰原さんだったことを思い出した。加えて、例のゲームのイベントも。灰原さん――まさかイベントの再現のために、二人を誘い出したってことはある?


「そろそろ戻らないとね。茂部ちゃん、先に戻りなよ。俺はもう少ししたら戻るから」


「あ……分かった。それじゃあ恭くん、くれぐれも体調には気を付けて」


「はぁーい」


 恭くんに促されて立ち上がった私は、スタジオに戻る廊下を歩きながら考える。西尾兄弟の三角関係イベント、この臨時モデルを務めるシチュエーション……あれの詳細ってどんな感じだったかな。

 このイベントそのものが新平くんのルートではなくて、三角関係イベントでしか発生しない上に新平くんルートを進む上で必須ではないため、私はこれに関しては曖昧な記憶しかなかった。でも、何となく覚えてはいる。新平くんの限定スチルが見れるイベントの一つだから、当然プレイ済みだ。


 ただ……二人が臨時モデルを任されて、ぎこちなくも撮影が進んでいって……そのあと、どんな展開があったっけ?


『柄じゃねぇ。けど、お前とのツーショットはキョウにも譲れねぇよ』


 思い出した。新平くんの台詞……ツーショット? ああそうだ、ツーショットってことはそう言えば、なんやかんやあってヒロインもモデルを務める展開になるんだっけ……?



「――なんということ……こんなに段取りが悪い現場は初めてだ。ああいや、キミたちを責めている訳ではないよ。しかしどうしたものか……」


 スタジオに戻ると、腕組みをしたままその場をぐるぐると徘徊して何やら唸っている北之原先輩と、その周辺にはオロオロとした数人のスタッフたちがその顔色を窺っているようだった。

 またなにかのトラブルが発生したのだろうか。近くまで寄って、スタッフたちの会話を盗み聞いてみることにした。


「今日来るはずだった男性モデルに加えて、控えていた女性モデルまで体調不良だなんて……今日は厄日に違いない……」


「今朝顔出してくれた時はみんな元気そうだったんだけどなぁ。少し前からみんな揃ってお腹痛めちゃったみたいで……」


 ――どうやらこのあとの撮影に投入予定だった女性モデルたちが全員体調不良とのことで、予定が大幅に狂ってしまったらしい。

 北之原先輩はさぞやご立腹だろうと私も恐る恐るに表情を窺うと、意外にも苛立ちの感情はそれほど滲み出てはいなかった。どちらかと言うと深く考え込んでいる様子だ。でも、言わないだけで内心はこの状況に呆れていることだろう。


 一体どうするのだろう。相変わらず私にできることはないので、なにかが起きるのをただ待っていた。


 それから少し経ってからのこと。

 離席していたらしい監督が、何やら着飾った姿の灰原さんを連れて戻ってきた――。

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