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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
一章〈推しと同じ空気を吸いたくて〉
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「いただきます」


 目の前で食事をする推し。このスチル、部屋に飾っておきたい。


 ……じゃなくて、何と私は今新平くんの向かい正面同士で座って食事をしている。

 一時間後に始まるイベントの前にお昼を済ませたかったので、近くのファミレスに立ち寄ったはいいが、お昼時の大盛況で結構待たされることになった。その上空いている席が少なく、四人一緒のボックス席が中々空かないとのことで……流れで二人ずつに分かれることになってしまい、何と私と新平くんがペアになったのだ。


 それにしても新平くん、ちゃんと食べる前に手を合わせて「いただきます」を言うタイプなんだね。好き。


 新平くんはハンバーグ定食を何と二種類注文した。プラス大盛りライスも付け合せで。男子高校生ってこんなもんなのかな? ……と思ったけど、そう言えば。


「西尾くん、慌てて起きて来てくれたんですよね。もしかして朝食抜きだったとか……?」


「ん? ……おう。さっきから腹減っててヤバかった。これでも足りねぇかもしれねぇな」


「あぁーやっぱり……追い注文は?」


「いや……いけるけど、イベント始まっちまうだろ。いいからお前も早く食え」


 促されて私もパスタをちびちび啜る。

 食事中ってそんなに会話を弾ませるもんじゃないし、私も新平くんも特に何かを話すことはなかった。私は時々、本人には気づかれないように新平くんの食事姿を眺めつつ店内の騒がしさに耳を傾けていた。


 恭くんと灰原さんは……少し離れた位置の二人用テーブルで、二人とも楽しそうに何かを話しながら食べている姿が見えた。

 会話の内容までは聞こえない距離だったけど、随分親しげだ。……対して新平くんはさっきの苦言と言い、若干灰原さんに冷たいような気もする。


 やっぱり灰原さんがヒロインで間違いなさそう。

 そもそも『灰原妃乃』なんて名前が『シンデレラ』を彷彿とさせるデフォルトネームなんだから。


 まだそれほど親しくない相手とのデートでは、当然その相手の態度は冷たいことが多い。キャラクターによっては紳士的な相手もいるけど。

 そう考えれば新平くんが灰原さんをそれほど気にしてなさそうなのにも頷ける。そして恭くんと灰原さんがあんなに仲良さげなのは、『西尾恭』は初めからヒロインに対しての好感度が唯一高く設定されているキャラだから。……そうだ、まさにこの状況にピッタリと当てはまる。


「気になるか?」


「……んっ、ええ?」


 ふと、声が掛かった。鋭い三白眼と目が合って心臓がどくりと波打つ。


 新平くんはちょい、と箸の先をあの二人に向けていた。

 そうか、私があっちをじっと見たままだったから……いや、何かそれだと私が新平くんと二人なのが気まずいみたいじゃないか。


「気になると言うか、仲良いんだなって……」


 単純な疑問。……その理由を私は知っていたけど、この場においては不自然ではない疑問だったはずだ。


「あいつら幼馴染だとかでよ、キョウが七歳だか八歳だかの時までこの街に住んでたんだと。灰原は親の仕事の都合か何かでその後引っ越しちまったんだったか」


「…………」


 そう。彼らはお互いの記憶に蓋をしているけど、「将来は結婚しようね!」的な約束を交わしていたりとか。まさに運命の相手と言うのが似合うと言うか、とにかくヒロインと恭くんの関係は素敵なものだ。


 そんな過去を掘り下げる度に浮かび上がってくる、何も知らない第三者なら当然抱くであろう一つの疑問。


「西尾くんは違う……んだね」


「ん……まぁな。それはキョウの父親と俺の母親が再婚(・・)する前の話だ。俺はあいつ……灰原のことはよく知らねぇ。……姫ノ上入ってからはよ、何かとキョウに振り回されて灰原とも関わることが多いが」


 言いながら新平くんは眉間に皺を寄せ、目を伏せた。

 まだこの日常を受け入れておらず、灰原さん(ヒロイン)のことはうざったく感じているみたいだ。まさにオープニング直後の塩対応な新平くん……って感じがする。


 でもここから次第に心を開いていく新平くんとヒロインの関係性、そして恭くんとの絡みがそれはそれは切ないんだよなあ。


「あ……あの、そう言えば。今は二人で暮らしてるんですよね? ソファ買ったりしてましたし」


「あァ……本当は一人で家を出るつもりだったんだがな。何を考えたのかキョウの野郎、金魚のフンみてぇに俺に引っ付いてきやがって……ま、二人暮らしもそんな悪くは思ってねぇけどよ」


 ふっ、と小さく笑った新平くん。


 ……笑った! 初めて見た……!

 新平くんは強面の屈強な身体をした男の子で、言葉遣いも荒っぽい。――でも本当は誰よりも優しさを胸に秘めた人だ。

 その証拠に、こうして微笑んだその表情はとても穏やかで優しい。


 そう言えば新平くん、気づけばかなり箸が進んでいた。私も慌ててパスタの残りを頬張る。て言うか私の二倍以上の量を食べてるのにペースが私と同じって……私が遅いのか新平くんが早いのか?


 とは言え喋りながら食事を進める新平くん、退屈じゃなさそうなので私はほっとしていた。さっきの微笑み、破壊力やばかったな。

 私はドキドキしながら、それでもこの貴重な新平くんとの会話イベントを満喫するべく質問を重ねる。


「二人暮らしって……やっぱり便利です?」


「どうだろうな。家族みんなと暮らすよりは自由で、一人よりは窮屈だ。家の中でやることしっかり分担できて、そんでもってある程度自由ってんなら……ま、便利ってヤツなんだろうな」


「へぇ……」


 そう語る新平くんはやっぱり少しだけ楽しそうに微笑を浮かべていた。

 何だかんだで世話焼きの性が抜け切れず、恭くんとの共生生活は精神的にも居心地がいいのかもしれない。


 兄弟、か。そうだなあ、少しだけ憧れるかもしれない。


「いいですね、兄弟。私は一人っ子で、親もほとんど家に帰って来ませんから」


「……そうなのか?」


「高校上がってから親の顔見てませんからね。しかも家も……家と呼ぶには怪しいレベルのボロ屋敷です。まあでも、確かに一人暮らしって自由で悪くないですけどね」


 夜中に変な妄想して一人で笑ってたとしても、突然過去の自分の奇行を思い出して悶絶して暴れ出したとしても、何気なく鼻歌歌ったとしても誰にも見られることはない。

 ……逆に言えば咎めてくれる人がいないってことだけど。あれ、もしかして私の将来やばい人なんじゃ?


「……そうかよ。ま、こんな時期からバイトやってるくらいだからそんなもんだと思ってたがよ。……一人暮らしってんなら生活費とかも大変だろ。昼飯は奢ってやる」


「え!? ……いや、いやいや! 大丈夫ですよ。生活費は月一で親から振り込みがありますし、それにバイトもやってますからそんなに苦しくはないですよ。ここはちゃんと支払い分けましょう?」


「俺はお節介な親からの小遣い分が有り余ってんだ。……バイトするから要らねえっつってんだけどよ。気にしねぇで黙って奢られろ」


「ちょっ、いやいやいや。悪いですから!」


 伝票を新平くんに握られてしまった。私たちはもうお互い完食済み、あとはお勘定のみだ。

 恭くんと灰原さんは……盛り上がってるな。まだあっちは終わらなそう。


「払ってくる。座っとけ」


「待っ……ちょっと!?」


 新平くんが立ち上がってレジへ向かって行ってしまったので私も慌てて後を追い掛けた。真面目に払う気なんだ! ……や、優しい! でもそんなに親しくない相手なのに、こんな貸しを作ってしまうのはお互いにとっても良くないと思う!


 私が食い気味に財布を突き出そうとすると、新平くんは呆れたように小さなため息をついた。


「今日のイベント、チケット用意したのお前だろ? その礼くらいに思え。ほら、下がってろ」


「……っ、――――!」


 これ、私じゃなくても惚れるのでは。


 推しが男前すぎて辛い。


 ……あれそう言えば。他の二人はまだなのに、先に私たち出て来てしまったんじゃ。


「にっ、西尾くん、他の二人置いて来ちゃいましたけど!」


「キョウにメッセ入れとく。ま、どこでも時間潰せるだろ? 公園まで……あと二十分か。先にホール行っちまってもいいし」


「……あの! ……払ってくれて、ありがとう!」


「――おうよ」


 どこか誇らしげに笑うその顔は、私が画面越しに見たスチルで見せたあの笑顔だった。


 ――そう、前世の私が恋をした、あの笑顔だ。

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