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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
五章〈モブキャラの推しごと〉
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 揉める彼らの元へ優雅に歩み寄った北之原先輩は、椅子に座る西尾兄弟の顔を見るなり一度目を丸くさせ、それから妖艶に微笑んでこう言った。


「キミたちは……おや。これはこれは、可愛らしい後輩クンじゃないか」


「あァ?」


 新平くんの目線が北之原先輩に向く。すると、新平くんも驚いたように先輩を見上げていた。生徒会長だし何かと目立つ人だから、きっとすぐに誰か分かったのだろう。隣に座る恭くんも同様、驚いた表情で先輩を見た。

 ただ――二人とも、その後ろに控えている私にはまだ気付いていない様子だ。と言うか私はこの二人と灰原さんにバレないか内心ヒヤヒヤだ。キャップを深く被って、眼鏡とマスクがズレていないか確認する。ここで西尾兄弟が気付いたらもっと面倒なことになるだろうし。


 と言うか私も意外だったのは、この口振りからして北之原先輩が新平くんたち二人を知っていたことだ。この兄弟と先輩の絡みはあまり想像ができなかったし、何より接点もないはずだったから。


「なるほど、監督の審美眼は相変わらず衰えていないようで安心したよ。確かにキミたちはボクの隣を飾るに相応しい素質を持っている……」


「そうですよ! この二人を代役にするべきです!」


 関心した様子の北之原先輩に、元気よく声を掛けたのは――可愛らしい服装に身を包んだ灰原さんだ。久々に見る彼女はあまり変わりないように見えた。本心が底知れない、どこか飾り付けたような笑顔までもが。


 灰原さんはフリルの付いた白いワンピース姿だったので彼女もモデルの一人なのかと思ったけど、よく見ると首からスタッフのネームプレートを下げていた。モデル現場のアルバイト、というのはゲーム内でも一応は“撮影のお手伝い”が業務内容だったし、ヒロインがモデルとして起用されるのは一部のイベントだけだったと記憶している。


「勝手なこと言うな。大体お前は人手が足りないから手伝ってほしいっつって呼び出したんだろうが、聞いてた話と違うじゃねぇかよ」


「違うよ! ちゃんと言ったもん。人手が足りないのはモデルがってことだよ?」


「俺らを着せ替え人形にさせるなんて言ってなかっただろ!」



「――静かに」


 言い争う二人をただ一言で黙らせたのは北之原先輩だ。灰原さんはびくりと肩を震わせた。ただ、新平くんは口を噤んだだけでその怒りの眼光が収まる気配はない。


「キミたちのことは知っているよ。二年生の双子兄弟だね? 突然のことで戸惑いもあるだろうが、ボクらは本当に困っていることをまずは理解してほしい。このままだとモデルがボク一人になってしまうからね」


 自分一人で十分だ、とさっき豪語していたのに……と口を挟みたくなったけど、話が拗れるだけなので私は黙っていた。流石は北之原先輩、心に訴えかけるような物言いまで上手だと思う。


「キミたちが協力してくれるとなれば、ボクはとても助かる。悪いようにはしないと約束するし、それに見合った報酬も授けよう。ただし無理強いはしないよ、どうても嫌だと言うなら仕方がないからね」


「俺、やります」

「――は? おい」


 北之原先輩がそこまで言ったところで、ずっと俯いたままだった恭くんが初めて口を開いた。顔を上げて、真っ直ぐに先輩のことを見つめながら宣言したのは承諾の意。すかさず、新平くんが素っ頓狂な声をあげた。と言うか、私も思わず声が出そうになるくらい驚いた。突然の恭くんの発言に。


「俺はやります。モデルの仕事、手伝わせてください」


「キョウお前、マジで言ってんのか」


「――シンペーは無理しないで。でも、俺はやるから」


 狼狽えている新平くん、珍しい。でも新平くんが戸惑うくらい、恭くんの様子は明らかに可笑しかった。普段のキラキラした笑顔はどこにもなくて、いつになく真剣な表情だ。先輩を見つめる眼差しは睨んでいると言っても過言ではない。


 そう言えば、思い出した。恭くんが以前私の前で涙を流した時。あの時、恭くんは灰原さんにデートの約束をすっぽかされたことで傷付いていた。確かその時に聞いたのは――灰原さんが“北之原絵里”と一緒に歩いているところを目撃した、ということ。


 思わず灰原さんを見た。彼女は屈託のない笑顔を浮かべていた。恭くんがモデルをやると言ったのが嬉しかったのだろうか。それには、恭くんに対する気まずさなんてものは微塵も感じられなかった。


「――そうか。キミの勇気に感謝を。大丈夫、キミに似合う服はいくらでも見繕える。安心して臨むといい。……さて、キミはどうする? 繰り返すが無理強いはしないよ。協力してくれるならばとても助かるが……」


「……ふっ、ざけんな……俺は……」


 決意を固めた恭くんの隣で、新平くんはどうするべきか頭を悩ませている様子だった。言葉を詰まらせ、眉間には今までにないほどまでの深い皺が寄っている。

 私は、そんな新平くんに声を掛けられないのがもどかしかった。無理をしないでほしい。それに、恭くんの様子も変だし。


 一つ、思い出したことがあった。ゲーム内でのイベントのことだ。新平くんと恭くん、二人が絡む“三角関係”に関するイベントだ。


 ――ヒロインがモデルのアルバイトをしている、かつ二人との三角関係ルートに進んでいることが条件で、新平くんと恭くんがひょんなことから臨時のモデルを任されるイベントがあった。どんな経緯だったかは忘れたけど、もしかするとこれはそのイベントを再現しているということなのかな。


 でも妙なのは、このイベントに北之原先輩は登場しなかったはず。よくよく考えればスポンサーは北之原財閥だし、モデル業に携わっている先輩が登場しないほうが違和感なんだけど。


 あのイベントでも乗り気だった恭くんに対し、渋々引き受けていたのは新平くんだ。それもヒロインの後押しがあってのことだけど……今の恭くんを見るに、快諾とは程遠い雰囲気だ。やはり、あのイベントがそのまま再現されているとは考え難いか。


「――――はぁ」


 片手で目元を覆い、少し俯いたまま大きなため息をついた新平くん。表情は見えなかった。でも、すぐに顔を上げたかと思うと――今までに見たこともない不貞腐れ顔を滲ませて、「実名と高校は伏せろよ」と低い声で言った。


「やった、やった! 準備しましょう先輩っ、私が服持ってきます!」


「……それには及ばない。コーディネートはボクが請け負うよ。それより二人とも、協力ありがとう。大丈夫、全てボクに任せてくれたまえ」


 はしゃぐ灰原さんに対し、瞑目して静かに微笑んだ北之原先輩。恭くんの表情は相変わらず固いままだし、新平くんは言わずもがな不機嫌だ。正直言って雰囲気は最悪……本当に大丈夫だろうか。

 そもそも、私は軽く冷や汗にまみれていた。まだ新平くんたちは私に気付いてないみたいだけど、バレるのも時間の問題な気がする。灰原さんに警戒されないためにあまり目立ちたくないのに、困ったことになった。


「さて……まずはキミたちの服を誂えないとだね。着いておいで、ボクの控え室に案内しよう。――子猫ちゃんは監督から指示を貰って動いてくれるかい?」


「……!」


 北之原先輩は、新平くんたちを連れて部屋に戻るようだ。その際に私に向けてそんなことを言ってきたので、反射的に返事をしようとして躊躇った。声でバレるかもしれない。……ので、私は大袈裟に深く頷いて了承の意を示した。突っ込まれるかと思ったけど、北之原先輩は一瞬怪訝な顔をしただけで特に何も言わなかった。


「シンペーは……別にいいのに」


「気まぐれだよ」


 ゆっくりと立ち上がった西尾兄弟二人は、北之原先輩に着いて行くべく歩き出した。その際に聞こえたのは恭くんの元気のない声だ。

 きっと、新平くんは一人だったら絶対に断っていたはずだ。それが、恭くんのあんな姿を目の当たりにすれば一人にはできない……そう考えたのだろうと容易に想像できた。


 私も恭くんのあの思い詰めた表情にはどこか引っ掛かるものがあった。灰原さんと恭くんは目が合わない。ただならないこの雰囲気、恭くんの思いの内に何かしらの意図がある気がした。

 ……今日、無理を言ってたまたまこの撮影に私も参加させてもらったけど……運がいいのか悪いのか、それはこれから明らかになることだろう。

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