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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
五章〈モブキャラの推しごと〉
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 期末テストを終えた週。その週末に例の交換条件――北之原先輩との約束を取り付けた。日曜日なのに、快くバイトを休むことを了承してくれた竜さんには頭が上がらない。


 ひとまず、テストの出来栄えは最低ラインは超えられた自覚はある。今回ばかりは前日一夜漬けの付け焼き刃で挑んだけど……流石に平均点くらいは取れた、はず。



 日曜日、丸一日。その日に北之原先輩は一日をかけて雑誌の撮影を予定しているらしい。

 私はその“臨時マネージャー”を務めることになった。……マネージャーって何するんだろう。よく分からないけど小間使い的な何からしい、北之原先輩からは「言ったからには覚悟をすることだね」と怪しく微笑みながら囁かれた。怖い。


 とにかく、灰原さんのことだ。おそらく彼女もその場に居合わせているはずなのだ、モデルのアルバイトを辞めていない限りは。これは彼女と接触できるまたとないチャンス。……実際に会ったとしてどうしたらいいのか、具体的にはまだ思いついていないんだけど。


 私は一応、美南くんに報告がてら相談した。トラが怪我したことが発端だし、一番気に病んでいたのは美南くんだから。

 美南くんは美南くんで部活が今は忙しいみたいで、会うのは中々難しい。メッセージにて簡単な経緯の説明をすると、


『当日は試合のため立ち会えないが、武運を祈る』


 とまあ、何とも戦国時代のような返答を貰った。試合の意味合いも違って聞こえてくる。そちらもバスケの試合、健闘を祈っておくよ。




 ◆




 迎えた日曜日、私は北之原先輩に言われた通りの時間、指定されたとある事務所へと出向いた。受付らしき人に名前を伝えると、話は通っていたらしい。すんなりと中へ入ることができた。


「来たね、子猫ちゃん――いや今日限りはマネージャーと呼ばせてもらおうか。さて、交換条件で提示した約束とは言え、ボクはこの仕事に対して真剣に向き合っている。それ故、キミも真剣にボクのサポートを務めることまでが条件の中身だよ。生半可な気持ちで着いて来れるとは思わないことだね」


「あ、はい……無理言ってすみません。こんな形でも聞き入れてくれただけで感謝です、今日一日は頑張らせてもらいます」


 通された控え室には、すでにメイクと髪のセットを終えて普段よりもキラキラオーラが増している北之原先輩が腕組みをして仁王立ちして待ち構えていた。こうして向かい合うと本当に王子様みたいだ……私は気圧されつつ、まずは感謝の意を述べる。

 ダメ元のお願いだったにも関わらず、先輩はこんな形でも私の条件を聞き入れてくれたのだ。……その代わり私はいつか佐藤先生を説得しなきゃいけないんだけど。まあそれは後で考えるとしよう。


「ところでキミ……そんな厚着でどうしたんだい?」


「これにはちょっと、事情がありまして」


 どこか呆れたような目線を向けられてしまったのは、私の異様な風貌が原因だとは理解している。

 私は今日、大きめのキャップに伊達眼鏡、そしてマスクという美南くんばりの覆面スタイルで臨んでいた。これは一応念の為、初見で灰原さんに気付かれないための対策のつもりだった。……意味があるかは分からない。そもそも灰原さんは私の顔すら覚えていない可能性だってあるし、あとは本当に彼女と会えるかどうかも賭けのようなものだから。


「とにかく今日はよろしく頼むよ。そしてボクからの条件もゆめゆめ忘れないこと……オーケー?」


「はい、存じております」


「ふむ。ではまず手始めに、衣装合わせからだね」


 モデルの現場なんて初めてなものだから、私はとにかく言われたことや指示されたことだけに全力で取り組むことにした。しかしそこは周りのスタッフたちも分かっているので、私はあくまで北之原先輩専用の雑用係のような扱いだ。例えば「これ持ってて」だとか、その程度のこと。


 北之原先輩の私物のバッグを手に持たされて、部屋の隅でスタイリストさんたちと粛々と撮影の準備に取り掛かっている先輩の姿を私はただ呆けて見つめていた。聞いていた会話から察したのは、今回用意された衣装の全てがなんと北之原先輩名義で売り出している個人ブランドの服らしい。高校生なのにブランドを持ってるって……しかし並んでいる衣装を見るとどれも素敵なデザインで、それでいて独自性を感じさせる個性的なものばかりだった。これぞ芸術家ポジションキャラクターの才能、恐ろしや。


「カイリくん、今日も精が出るね」


「やぁ監督。ボクはいつだって全力だよ」


 衣装合わせを初めて三十分ほど経過した頃だろうか、部屋に無精髭を拵えた壮年の男性が入ってきた。どうやらこの現場の監督らしい、親しげに北之原先輩と話している。私も一応会釈をしておいた。


「ところでカイリくん、今日のメイン撮影だけど」


「把握しているとも。人員不足につき、今日のモデルはボクだけなのだろう?」


「ああ、聞いてたのか。いや本当にね、他のモデルの都合がつかないってことでどうしようかと思ってさ……正直言ってカイリくんだけで進めても問題はないと思ってたんだけど、実は臨時のモデルを見つけたんだ」


 二人がそんな会話をしている他所で、この控え室の外……扉の向こうの廊下から何やら誰かが激しく言い争う声が聞こえた。内容までは分からなかったが、若い男性スタッフが扉から顔だけを覗かせて不安そうに監督を呼びに来た。ただ、監督は北之原先輩とお話中だったので別の大人が呼ばれて行ったようだ。


「今日の朝、スタッフが友達で任せられそうな子を連れてきてくれたんだ。と言ってもまだ交渉中なんだけど……カイリくんからも説得してくれないか? あの二人、絶対に写真映えすると思うんだよね」


「まさか素人を連れてきたのかい?」


「まぁそうだけど……でも私も先程、実際に会ってみたんだ。本当にこう、ビビッときたんだよ! カイリくんも見たら分かるって」


 明らかに納得いかない様子の先輩を必死に説得する、遥か歳上の監督という構図……これも一つの社会の縮図なのだろうか。それにしても、この会話を聞くにやはり北之原先輩はモデルとしてかなり重宝されているんだなあ。というか、スポンサーが北之原財閥なんだっけ。服のブランドを提供しているのもそうだし、自ずと誰よりも偉い立場にあるってことなのか。


「――か、監督……すみません、ちょっと」


「なんだ、まだゴネてるのか」


「やっぱり無理ですよぉ……聞いたらまだ高校生みたいですし本人たちも嫌がってます。片方はかなり怒ってて……もう諦めて帰らせましょうよ」


「おいおい、んなこと言ったって、もうあれ以上の代役はそう見つからないぞ!?」


 ……さて一方で、部屋の外のスタッフたちは。どうやら監督がスカウトしたらしい代役のモデルに対して交渉が上手くいっていないらしい。またこの部屋に戻ってきた先程の若いスタッフはまだ朝なのに早くも疲れ顔になっており監督に泣きつくも、監督はどうしても押し進めたいようだった。


 一連の流れを見ていた北之原先輩が、額に手を当てて大きなため息をついた。明らかに不機嫌だ、無理もないか……それにしても現場の雰囲気は最悪だ。


「子猫ちゃん、どう思う?」


「え」


「今日の撮影は元々、ボクを含めた複数人の男性モデルを起用したストリートファッションがテーマだったのさ。ただね、数日前にモデルの彼らから連絡があって全員が揃って体調不良を訴えているんだ。だから急遽今回の撮影はボク一人で進めることにしたのだけれど」


 騒いでいるスタッフたちを横目に、腕組みをした北之原先輩が愚痴るような口調で私へと話し掛けてきた。これは、なんと返すのが正解だろうか。


「ボク一人でも何の問題もないと思わないかい?」


「……撮影日ずらすとかってできなかったんです?」


「機材やスタジオも手配に綿密なスケジュール管理を要するからね。何より、演者であるこのボクだって暇ではないのだから」


「なるほど」


 何となく分かってきた、北之原先輩の性格。おそらく、今目の前で繰り広げられているスタッフたちのごたつきにも苛ついているのだろう。先輩の貴重な時間を刻一刻と無駄にしているということなのだから、許されざることだ。



「監督! もういい、その臨時のモデルとやらのところまでこのボクを案内したまえ」


「へっ?」


「ボクからも言ってみよう。それで駄目ならキミは諦め、今日の撮影はボク一人で進める。いいかい?」


「――わ、分かった、分かったよ。そんな怖い顔しないでくれ、カイリくんの怒り顔は現場が凍る。ね、頼むよ」


 痺れを切らしたらしい北之原先輩が立ち上がり早口に言う。美人の怒り顔ほど怖いものはない、怯える監督の表情を見ると少し不憫に思えた。私も、そう言う北之原先輩の横顔を見ていると何も言えなくなってしまったから。


 今日の私は北之原先輩のマネージャーなので、監督に案内されて廊下を歩く先輩の後ろを着いて歩く。部屋を出ると誰かの言い争う声がより鮮明に聞こえるようになった。すれ違うスタッフたちの顔も疲れきっている人から、緊張した面持ちの人まで様々だ。


 案内されたのは撮影ブースらしき大部屋の一角だった。折りたた式のテーブルと椅子がいくつか並べられており、その一つに座っている二人……彼らがどうやら、監督に目をつけられた一般人らしい。

 でもその後ろ姿に、私はあまりにも見覚えがありすぎた。ありすぎたので、思わず身体が硬直した。


 それだけじゃない。その二人は並んで、そして向かい合うように座っている一人の若いスタッフが必死に説得をしているようだったけど――その傍らに立って、会話に混じっている一人の女の子が目についた。


「あァもう! だから、やらねぇって言ってんだろ!」


「――どうしてそんなこと言うの、シンくん!」


 その女の子は、私が探していた灰原さん。


 そして彼女が名前を呼んだその人――新平くんと、その隣で俯いたまま何も言わない恭くんがそこにいた。

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