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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
一章〈推しと同じ空気を吸いたくて〉
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 すごい状況だ。


「お待たせ! 茂部ちゃん早いね?」


 ――例のイベント日、当日。土曜日の朝九時半、私は人々で賑わう駅前で彼ら(・・)を待っていた。


 最初に現れたのはゆるふわ系王子こと恭くん。……違うんだよ恭くん、私が早いんじゃなくて。


「私は時間ぴったりに来ましたよ。集合時間の九時ぴったりに。今は九時半ですけどね?」


「本当にごめん。掛けてたはずの目覚ましが鳴らなかったせいで……いや、言い訳はしません。ごめん!」


 ――結局、このイベント。何と恭くんと行くことになってしまったのだ。


 工事のせいでこの日のシフトが無くなったことを新平くん経由で知り得たのか、あの次の日も恭くんは私のバイト先に現れて改めて誘いを申し入れて来てくれた。


 ……そして、そのメンバーには。

 何と新平くんも混ざっている。新平くんとお出掛け。この事実を受け止め頭で処理するのに大変な時間を要した。いや今も混乱してるんだけど。


 そしてそして、更に驚くべきことに。


「他の二人(・・)はまだみたいですね」


「シンペーはね、俺も寝坊したんだけどその時点であいつも爆睡しててさ。多分目覚ましセットする時間間違えてたっぽいんだよね。んで、何となく面白そうだったから更に一時間遅らせてセットし直してから家出てきた。だからまだ来ないんじゃない?」


 鬼畜の所業。


「あのもう一人はー……うーん、遅いね? 時間にルーズな子じゃないと思ってたんだけど。一緒に待ってよっか」


 王子系なのに腹黒キャラをチラつかせる恭くんを横目に、私は密かにめちゃくちゃ緊張していた。


 新平くんとのお出掛け。それもそうなんだけど、今回の緊張はまた別だ。


 今回のお出掛け、メンバーは四人(・・)

 私と、新平くんと、恭くんと、もう一人――名前は聞いていない。ただこのメンバー、恭くんが勝手に決めたメンバーなのだ。


 だけど私は確信している。

 恭くんは「誘いたい女の子があと一人いるんだよね」と言っていた。


 主人公(ヒロイン)。多分、確定なんじゃないかな。


「あの西尾くん。もう一人の女の子ってどんな子ですか? 姫ノ上学園の同級生……なんですよね?」


「ん? ふふ、面白い子だよ。俺と幼馴染なんだけど、小学生の時に向こうが引っ越して離れちゃったんだよね。で、高校上がって彼女が戻って来て再会したんだけど。今は必死に思い出と青春取り戻そうとしてるところかな? ……それより茂部ちゃん、俺のことは名前で呼んでって。シンペーとごっちゃになっちゃうでしょ?」


「……それじゃ恭くん。その彼女から連絡とか来てないんですか? 三十分は大概ですよ」


「ごもっとも。……でも連絡来てないな。シンペーはもう向かって来てる気がするけど?」


 こう言う恭くんの発言、案外当たってるんだよね。ってことはきっと新平くんは五分以内には来ることだろう。


 やっぱりもう一人の女の子はヒロインっぽい。でも、連絡もなしに遅刻って……寝坊か? 寝坊なのか。そんなイベントあったっけ?


 いやそもそも、こんなゲーム始まったばかりの四月にいきなり西尾兄弟二人とデートってのも変だ。そこによく分からないモブが混ざってるしもっと変だ。これ、まさか私がシナリオ引っ掻き回してるとか……じゃないよね。


「それとも二人で楽しんじゃおうか?」


「十時までは待ちますよ」


 つれないなぁ……と小さな呟きが聞こえてきた。恭くん、こんな風にちょっと軽いところもあるんだよな。主導権握ってくれるのは女の子からすれば魅力的なポイントなのかもしれない。


 まあ私的には、好きでもない人からぐいぐい来られるの困るだけなんだけど。




 ◆




「……悪かった」


「謝るなら茂部ちゃんだけでいいよ。俺も三十分遅刻だったし」


 それから十分後。無事、新平くんが集合場所へと到着。


 恭くんよりはしおらしい態度だった。……寝坊は確定だったみたいだけど、この遅刻には恭くんも噛んでるみたいだったので同情の部分が勝るかな。


「目覚ましの時間を間違えてたみてぇでよ……俺としたことが」


「……いやそれはこの人がっ」


「もー、シンペーったらうっかり屋さんなんだから!」


 ……恭くんの罪を告発しようとしたところをさり気なく阻止された。

 わ、悪ガキ……!


「あいつは……来てねぇのか?」


 新平くんはちらりと周囲を見渡しながらそう言った。

 あいつ、ってあともう一人のこと……つまりヒロイン(仮)のことを言ってるんだよね。


「電話してるんだけど繋がんなくてさ」


「……何かあったんじゃねぇのか?」


 いや確かに、もう四十分。それも音沙汰なし、相当な寝坊助でない限り何かがあったと考えるのが妥当だ。


「んー。彼女の家にでも行ってみる?」


「いえ、それですれ違ってもややこしくなるだけでは。恭くんは五分おきくらいに電話掛け続けて貰って、十時まで待って繋がらなければ……」


 思わず口を挟んでしまった。ばちっと新平くんと目が合う。そう言えば「おはよう」って言ってなかった……いや、この状況でいきなり挨拶も可笑しいか。それにしても少し派手目な柄シャツにジーパン、めちゃくちゃに似合っててカッコイイ……じゃなくて。


「……それでも音沙汰なければ、二人のどっちかはここで待っててもらって、もう一人が家まで行ったほうがいいかと。私だけで待っててもお互い顔知らないですし」


「そうだね、賛成。それにしても遅いから心配しちゃうな」


「昨日夜更かしでもしてたんだろ」


 ――すごいな二人とも、全然イラついてない。いやこの二人も遅刻して来てるから怒る権利持ってるのはこの場で私だけなんだけどね?


 約束から四十分待たされるって、私だって友達からされたらとんでもなく気分悪いし一時間で帰る。新平くんが絡んでいるからこんなにも心が穏やかでいれるんだと思う。

 あとはまあ、ヒロインに会えるのかもしれないと思えばその興味が勝つ。ちょっと待つくらいなら、まあ。


 それにしても初対面でこれはちょっと、ヒロインであったとしても普通に印象悪いけど。



 ――けど、この待ちぼうけも案外早く終わることになった。



「――人と待ち合わせしてるんです! お誘いは嬉しいですけど……っ」


 雑踏に紛れて甲高い声が聞こえた。

 私はん? と首を傾げる。最初は聞き間違いかなと思ったから。実際目の前の二人は特に気にしている様子もない。でも少し気になった私は耳を澄ませてみることにした。


 ここからは少し離れた位置、人が多いのでここからじゃ姿は見えないけど。誰かと誰かが揉めてるような声だ。


「ええ、でもさっきから見てたけど誰も来てないでしょ? そんな奴待ってないでオレと遊び行こうよ~」


「離して!」


「っ痛え! ちょっとちょっと暴れないでよ!?」


 ……ナンパのやり取りかな? 都会の駅前ではよくある状況なのかもしれない。でも、このやり取りに私は心当たりがあった。


 声の方向に向かっておもむろに歩き出す。


「……? おい、どこに……」


 新平くんが私を呼び止めたけど、私は進んだ。でもそれほど歩かずにその光景にはすぐ出会うことができた。


 明らかにチャラそうな成人男性と、その目の前で金切り声をあげながら暴れている若い女の子。


「茂部ちゃん待って、どうし……あれ!?」


 ――可愛い子。


 あの女の子。小さな顔、細い身体、可愛らしい顔立ち、赤みのある茶色のセミロングヘアは癖もなく艷やかで……直感的に彼女こそが『ヒロイン』であると私は悟った。


 そして、私の後に着いて来た恭くんがそれを見てはっとしたように声をあげる。うん、やっぱり。


「ヒメちゃん!」


「あァ……?」


 流石、恭くんはすぐにあの二人の元へと駆け出して行った。新平くんは――あれ?


「何だ、もう来てたんじゃねぇか」


 ――み、耳元で、新平くんが喋っている。

 私の後ろから覗くようにしてあの光景を眺めている新平くんは、ヒロイン(仮)を目の前にしても恭くんのように駆け寄るようなことはしなかった。

 それよりも少し呆れているような?


「あ、あの……西尾くん?」


「……何だ?」


 ……思わず話し掛けてしまった……でも、新平くんは普通に返事をしてくれる。ちょっとだけ胸が高鳴った。


「あの女の子が待ち合わせの子ですか?」


「ああ。……おぉすげぇ、見ろ。キョウの奴相手の男にチョップかましてんぞ?」


「うわ、痛そう……」


 ナンパ男の目の前に立ちはだかった恭くん。その細い腕からは想像もつかない手刀の速さでチョップをかましていた。

 それを脳天に食らったナンパ男は半泣きになりながら雑踏の中へと消えて行った。


 ……いつの間にやら恭くんの背中に隠れ、服の裾を掴んでいた女の子を伴って恭くんがこちらに戻って来る。

 ヒロイン(仮)……あ、あざとい!


「あの、大丈夫でした……?」


「大丈夫。ね、ヒメちゃん」


 恭くんに隠れたままだった女の子は、そう言われておずおずと私の前に姿を見せてくれた。


 ぱっちり二重の大きな目がじっとりと私を眺めているようだった。……正面から見てもやっぱり可愛い。正直隣に並びたくない。一目で分かる、この子は明らかに『モブ』なんかじゃない。


「彼女は灰原(はいばら)妃乃(ひめの)ちゃん。俺らと同じ姫ノ上の高校生で、同い年。……ヒメちゃん、こっちがシンペーと同じバイト先の子で……」


「茂部です! ……よろしく、お願いします?」


 私もじっと見つめたままじゃ失礼だと思って、自分から名乗って愛想良く微笑んでみる。

 最後が疑問形になってしまったのは相手の子――ヒロイン(仮)改め灰原妃乃さんがずっと無表情のまま私を見つめたままだったからだ。……可愛い顔立ちだけど、何も表情がないと流石にちょっと怖い。――何となく冷めたような目をしていた。


 ……いや確かに、このメンバーで私が場違いなのは自覚しているけれども。それでももうちょっと隠してほしい。


「よろしくね、茂部さん」


 ……でも、灰原さんはちょっとだけはにかんでそう言ってくれた。数秒の変な間があったけど。


 彼女は続けざまにこう言う。


「さっきここに着いて待ってただけなのに話し掛けられて、びっくりしちゃった。……キョウくん、助けてくれてありがとう。ごめんね、空気を悪くしちゃって。気を取り直して今日は楽しもう?」


「空気悪くなったなんて思ってないよ。……それじゃ全員揃ったし、イベントホールに向かおっか? えっと、開演は一時からだったよね。それまでどうする?」


 灰原さんと恭くん。二人並ぶと本当に絵になる光景だった。

 けど二人とも、何も気にしてないようにして歩き出そうとしてるけど……私四十分待たされたんですが。


 ナンパ男のせいで灰原さんの遅刻の罪が有耶無耶になってしまったけど、まあいいか……私は特に気にしてないし。事故とか大きな事件に巻き込まれてなかったんならよかったし。


 それじゃその辺でショッピングでも、と提案をしようとした時だった。


「――ちょっと待て灰原。お前遅刻して来たんなら茂部に謝っとけ。……俺もキョウも寝坊したからあんま責めらんねぇけどよ」


「……え!? あ、いや……気にしなくていいよ! うん、全然気にしてませんから!」


 ――予想外の人が、彼女を責めるようなことを言った。

 それに狼狽えたのは私だ。……まさか新平くんがこんな反応を示すだなんて思っていなかったし……それに、こんなこと言ったら余計に空気が悪くなってしまうんじゃ。


 実際、それを言われた灰原さんは目を丸くして固まっていた。……新平くんからの圧みたいなのも感じたのかな。


「……そ、そうだね。ごめんね茂部さん。支度に時間が掛かっちゃって……」


「い、いえ。お気になさらず。……あのそれじゃ、ショッピングモールでも行きませんか? イベント始まるまでにお昼も済ませておきたいですし」


「――うん、賛成。よし出発!」


 幸いにも変な空気はすぐに消えて、最後は恭くんの明るい声で締め括られる。


 新平くん、やっぱりちゃんとしてていい人だな。……寝坊はするけど。

 でもそんな感じで歩き出して、恭くんと灰原さんが仲良さげに並んで歩き出したので自然とその後ろを私と新平くんが並んで歩く形になってしまった。


 何だか波乱を感じる土曜日イベント、スタートだ。

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