12
雨に降られて急遽コテージに移動した私たちは、その日の夜はコテージ内でホットプレートで焼肉をして過ごした。当初の予定とは少しかけ離れてしまったけど、これはこれで楽しい思い出になったと思う。
トラと美南くんは相変わらず気まずそうで、同じ空間にいてもお互い近くに寄ろうとすらしていなかった。……トラが避けていて、美南くんは気遣って近付けていない風に見えた。トラと話はしたから、あとは当人同士でどうにかしてもらうしかないんだけどね。ただあの二人はひたすら気まずいだけで険悪な雰囲気ではないから、きっと大丈夫だと思いたいけど。
私は美南くんのメンタルの方が心配だった。きっと、彼は勢いで口を衝いてしまったんだと思う。その結果好きな相手から避けられるって……まだトラは返事すらしていないんだと思うけど、心境を思うとかなりしんどいはずだ。
隙を見て美南くんに話し掛けようかとも思ったけど、中々二人だけになるのは難しい。私が一人で四苦八苦していたところ、代わりに話し掛けてきたのは新平くんだった。
「茂部、ちょっとベランダ行かねぇか」
何となく美南くんのことかと悟った私は、新平くんに着いて静かにリビングを後にする。トラと美南くんが心配だけど、特に何も考えてなさそうな恭くんと保護者の執事さんが一緒にいればきっと大丈夫だろう。
ベランダで二人並んだ私たちは、星空を見上げながらぽつりぽつりと会話する。
「益子と話はしたか?」
「何があったかは聞いた。……そっちは?」
「それが……中々、口を割らなくてな。でも一つだけ吐いたのが、どうやら益子に酷いことをしちまったってことだけだ」
「それはまた語弊を生む言い方を……」
やっぱり私の期待通り、新平くんは美南くんに何らかのアクションは試みてくれていたらしい。でも当の美南くんがそんな感じで、新平くんも事態をよく分かってないみたいだった。
となると、美南くんは周りに知られたくないってことだよね。果たして、私がここで新平くんに事情を説明してもいいものだろうか。
「んじゃ、お前の方は色々分かってるんだな。だったら大丈夫だろ、俺も心配ではあるが」
「気にならないの?」
「……聞いたところで俺にどうにかできるとは思えねぇしよ。益子は頭がいいし、美南もバカじゃねぇってのは分かってるから、あとはお前が上手くサポートしつつ時間が解決してくれるのを待つしかねぇんじゃねぇか? どうせ美南がやったのはまさか殴ったとかじゃねぇだろうし」
新平くんは言いながら片手で前髪をかき上げた。でも、普段はワックスで固めているのを今はお風呂上がりだから髪はさらついていて、かき上げてもサラサラとまた目元へ戻ってきてしまう。新平くんはそれが随分と鬱陶しそうだった。私としては普段とは違った雰囲気の新平くんが見れて得した気分だけど。
「そんなに期待されてもなあ。私は学校も違うから、そんなに力になれるとは……私も本人たちにどうにかしてもらうしかないと思ってるけどね」
「……そうか」
私が黙ると、新平くんも何も言わずに無言の時間が続く。途中、新平くんがちらりと私を見た。けれどそこで何かを言う訳でもなく、何を思っていたかも分からない。
「茂部が同じクラスにいたら面白かっただろうな」
「え。――う、嬉しいこと言ってくれるね」
唐突に私が喜ぶようなことを言い出したのでたじろぐ。顔が熱くなった気がするけど、夜風が冷たくて助かった。でも新平くんは何でもないように夜空を見上げていて、本当に何の気無しに呟いた言葉だったんだろう。この天然誑しめ。
「俺、結構あのコンビニ行くんだぞ? なのにここ最近はばったり会うこともなかったろ」
「そうなの? 割とシフト多めに入ってる方なんだけどな……それにあのコンビニのバイト、そろそろ変えようかと思ってて」
「また変えんのか」
「急なシフトチェンジも多いし、ヘルプ入れるのにいいように使われてる感じがあって疲れちゃって。と言っても、次のバイト先はまだ検討もついてないんだけど」
最初にお世話になってたホームセンター、新平くんと働いてた頃が懐かしいな。思い返せばあんなしょうもない理由で辞めたりしなきゃよかった。……言っても仕方がないので気にしないようにしてるけど。
私の話を聞いてなのか、新平くんは顎に手を当てた。何やら考え込んでいる様子だ。
「いつまでは続けるつもりなんだ? 次が決まるまでか?」
「え? あー……そうだね、取り敢えず決まるまでかな」
「家から近くて、土日と祝日入れられるなら問題ねぇのか?」
「……だ、大丈夫だけど……えっと?」
何だか面接みたいになってる気がする。新平くんは「だったら……いや……」と一人でぶつぶつ何かを言っているけど、私には全く意味が分からない。私が困ったまま狼狽えていると、ぱっと顔を上げた新平くんと目が合う。
「知り合いの店で募集してたとこがあるんだが、お前さえよければ紹介するぞ。本当に小さい喫茶店みたいなとこだが」
「喫茶店?」
……なんて言い出した新平くん、喫茶店と言えば恭くんが務めているあのお店を思い浮かべるけど……新平くんの口振りではそことは違う気がする。
と言うか、新平くんからお店を紹介されるなんて予想外だった。知り合い? 知り合いって誰だろう――ゲームで私の知っている人物だろうか?
「店をやってんのが店主のおっさん一人だけで、土日に人の出入りが多い時に手が回らなくなるからって嘆いててな。俺が思うに茂部、お前が適任だと思うんだよ。あの店の雰囲気からしても」
「そうなんだ。ちょっと興味出てきた、けど……いいの? ここでそんな話進めちゃって」
「俺からおっさんに話しとくよ、お前が時間ある時に俺が連れてってやる。……俺らの夏休みなんかがあの店の繁忙期だし、入れるならそのくらいからでもいいと思うんだよな」
「本当? それじゃあ夏休み前には……バイト先変更するのにも学校に申請したりしなきゃいけないからさ」
新平くんは「任せておけ」と誇らしげに歯を見せて笑う。ちょっと、あまりに突然のことで私も驚いたけど新平くんがそんな風に言ってくるお店なら信用できると思った。想像がつかないのが不安でもあるけど……まあ、合わなそうだったら仕方がないと思うしかないか。
「俺が中学ん時に時々手伝ったりしてた店なんだ。店主のおっさんがちょいとウザいかもしれねぇが、まァ大丈夫だろ」
「中学生の時からバイトしてたの!?」
知らなかった事実にまたまた驚く。ってか、アルバイトが許可されてる中学校なんてあるんだろうか。
「いや、ただの手伝いだよ。知り合いってのもあって……そうだな、手伝ってたっていうのは間違いだ。正しくは手伝わされてた、だな」
「強制労働!?」
「あの頃は毎日バカみたいなことばっかりやらかして、母親からもよく怒鳴られててな。罰みたいなもんで無理やり働かされてた。おっさんも逆に迷惑だったかもしれねぇな、俺も不服のまま手伝ってたもんだからその店でもおっさんにはよく怒られたよ」
私の知らないエピソードだ。
新平くんは苦い思い出、と言う風に話しているけど、その声と表情はとても穏やかだ。何だかんだでいい思い出だったんだと思う、それでいてそのお店を私に紹介しようとしてくれているんだ。そう思うと、何だか少し嬉しい気持ちになった。
「そうなんだ……早く行ってみたいな、そのお店」
「近い内に案内してやるよ。それまでに店側にも話はつけておく。おっさん張り切るだろうな」
「じゃあ、よろしくお願いします」
まだ確定した訳じゃないけど、新平くんが新たなバイト先を紹介してくれるってことで私の中の悩みの種が一つ解消された。これは助かってしまったなあ。
……しかし、新たな悩みの種であるトラと美南くんの関係については一体どうしたものか。私にできることは限られていると思うけど、何かをしてあげたい思いは強い。
「なァ、お前は今回のキャンプ……楽しかったか?」
ふと、新平くんに問われる。おもむろにスマホの画面を見ると、時間はすでに深夜に差し掛かっているところだった。そうか、もうすぐこの一日が、そして私たちのキャンプは終わってしまうのか。
「トラブルも引っくるめて楽しかったよ。色々と初めての経験ばかりだったし」
「そうか、ならよかった。俺も中々に楽しめたよ」
「今度は雨に降られないキャンプを楽しみたいよね。トラと美南くんにはそれまでに仲良くなってもらわないとだね」
「違いねぇ」
トラと美南くんは大変そうなのに、私たちはこんなにも心穏やかなのが少し引け目を感じてしまう。でも、今だけならいいのかなと思った。
夕方前のあの大雨が嘘のように、今日の星空は綺麗だった。