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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
四章〈オタ活は主体的に〉
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 お昼を過ぎて、一旦やることも落ち着いたので私たちは焚き火を囲んで座り、談笑していた。執事さんはトラがキャンプ場の本部行かせたようだ。ここのオーナーさんがトラの親戚って聞いてたけど、どうやら執事さんとも親しいようで……とにかく、私たちは私たちだけで楽しむことにする。


「虫捕まえようと思ってたのに、思ってたより全然いないんだね……」


 恭くんが肩を落としながらそう言った。そう、恭くんは虫捕り網も持参していた。聞くと、どうやら恭くんはこんな風に山の中をゆっくり散策するのは初めてらしいのだ。子供の頃からの夢を叶える、と言ってたし幼少期はあまり活発に過ごせなかったのかな?

 あまりじっくり見るのは失礼だけど、新平くんと並ぶ恭くんはかなり細身で色白だ。身体はあまり丈夫ではない、というキャラ設定だったんだっけ……そうか、子供の頃は遊びたくても遊べない時期が多かったんだ。


「夏に来ればトンボがうざいくらいに飛んでるわよ。その分、人も今より多いと思うけれど」


「そうなの? じゃあまた夏に来ようよ!」


「そうねえ……彗星はそれまでにマスク克服しないとね。あんた、いい加減倒れるわよ」


 美南くんは顎マスクのまま、手に持ったうちわをパタパタと仰いでいる。明らかにこの中で一番の汗だくだ、それには私も心配になる。


「八月とかじゃなくて、あえて十月くらいにやるのもいいかもな。秋もキャンプ場は賑わってるだろうが……夏とか冬にやるよりかは快適だろ」


「十月……十月と言えば、姫ノ上でも修学旅行は十月だったよね? と言っても、駒延も十月に入ってすぐだったはずだけど」


 私が話を振ると全員がこくりと頷いてくれた。修学旅行か……ゲームでは確か、そこでもイベントがあったはずだけど。


「ちなみに……海外?」


「ロンドンよ。まあ遠いわね」


 ゲームにおいて旅行先は何箇所かのランダムで選ばれていたはず。すかさずトラが教えてくれた、今回の行き先はロンドンらしい。ロンドン……ロンドンか。私には想像もつかない場所だなあ。


「なんでわざわざ海外なんだか……そのためにパスポート作らされたんだぞ? 面倒くせぇったらありゃしねぇ」


「えっ、いつの間にパスポート作ってたの? って、そうか。シンペーは海外行ったことないのか!」


「普通に過ごしてりゃあるわけねぇだろ、遠いし金も掛かるし……なァ?」


 新平くんが私を見ながらそう言ってきたので、思わず頷く。……けど、言っておくけど新平くんは十分セレブだと思うよ。なんかこの場においては庶民側みたいな顔してるけど。


「やはり……詠が他校にいることが悔やまれる。詠、君たちの修学旅行はいつだ? もし同日でなければ変装して参加してしまえばいい」


「あはは、それもいいね。……え、冗談だよね?」


 美南くんの冗談かと思って笑ったけど、相変わらずの無表情なのでやはり本気と冗談の境界が謎だ、この男は。

 それに、修学旅行の日程は駒延高校と被っていたはず。半日程度のズレはあるだろうけど、高校の修学旅行となれば大体が同じ時期だからね。


「こっちは国内だけど、過去の先輩たちが色々やらかしてくれたおかげで津々浦々のアミューズメントパークが出禁になってるからね。うちの高校は」


「……詠と一緒に、修学旅行楽しみたかったわ」


「そう言ってくれるだけで嬉しいよ。それにほら、こんな風にトラはいつも私と遊んでくれるから……学校は違うけど、間違いなく親友でしょ」


「そう、そうよね。私もそう思ってるわ」


 満足気に微笑むトラ。焼いたマシュマロが十個も刺さった竹串を差し出してきた……独特なデレ具合。それにしても自分で言っておきながら少し照れるな。

 でも、最近は確かに私も寂しさを覚えることがある。トラたちと仲良くなり過ぎたせいで、このような話題になった時にどうしても疎外感があるからだ。でもそれは私が“駒延高校”に入学しているモブAだから仕方のないこと……でも、そんな私でもこうして新平くんたちと仲良くすることだってできる。寂しさはあるけれど、不満はない。少なくとも今の私はそう思っていた。




 ◆




「ねえ、なんか……空模様が怪しくない?」


 まだ夕方と呼ぶには早い時間帯、急に日が陰って涼しくなったと思ったら風が湿気を帯び始めたような気がした。どんよりとした分厚い雲を見上げながら、私は一緒に火の見張りをしていたトラにそう告げる。


「そう……? いやでも、予報では晴れのはずよ」


「そうだけど、明らかに空の色が……」


 雨が降る兆候として、雰囲気や“匂い”と言えば伝わるだろうか? 私はそれを先程からひしひしと感じていた。確かにトラの言う通り、この位置情報で確認した天気予報は晴れなんだけど。

 難しい顔をしたトラは、まず空を見て、目の前に広がるテーブルやらを見つめて……すぐに顔を上げたかと思うと、少し離れた位置で薪割りをしている男性陣の方へ向けて声を張り上げた。


「薪割り組! 薪と炭、屋根のあるところに移動させるわよ!」


 その一声でぱっと顔を上げた新平くん、恭くん、美南くんの三人は一度顔を見合わせると、トラが指差した空を見上げてすぐに意図を察したらしい。流石、手早くトラの指示通りに薪と炭を含めた道具一式をターフの下へ持ち込み始めた。


「焚き火は一度消した方がいいかしら……」


「そうだね、あとはこの広げた道具を一旦集めて、なにかで覆っておいたほうが」


 私がそう言いかけた時。突如、轟音がそれを遮った。


 ――スコールだ。


「ほら言ったそばから――!」


「お嬢さま! レジャーシートを!」


「助かるわ、瀬葉!」


 私が突っ込んでいる間に音もなく現れた、巨大なレジャーシートを手に持った執事さん。初老感を全く感じさせない俊敏な動きでそこら中に広げていた道具をかき集め、レジャーシートの下に押し込む。私も慌ててシートの端を掴み、広げる手伝いをした。


「なんだなんだ、誰が呼んだんだこんな雨!」


「うはははは、こんな雨に打たれるなんて初めてだよ!!」


「はしゃいでないでそっち持て、キョウ! おい美南、益子のほう持ってやれ!」


 みんなで大騒ぎだ。恭くんは何故か違う意味で大はしゃぎだけど。新平くんに言われた美南くんは、素早くトラの元へ駆け寄ると彼女が手にしていた保冷バッグを取り上げた。


「お嬢さまは車の中へ! そちらの坊っちゃんはひとまずはこちらへ、さあ!」


「へっ、お、俺!?」


 執事さんは流石の手捌きで、目にも止まらぬ速さでそこらに散らばっていた道具やらを整理すると乗ってきた車のドアを開けた。食材を手にしていたトラと美南くんは誘導されるままにそっちへ乗り込む。

 執事さんの持っていたレジャーシートの反対側を持っていた恭くんは、一通りの作業を終えたところで執事さんに腕を引かれて行った。恭くんは雨に打たれたそうにしていたけど。


「お前も、呆けてないで避難すんぞ!」


「あ――ええと、私は……」


 急いでライターとマッチをシートの下に押し込んだ私は、新平くんに背中を叩かれて立ち上がった。取り敢えず屋根の下に……と言っても近くにはターフとテントくらいしか。この雨だからターフの下では雨風を防げない、となるとテント一択だった。


 テントを二つ建てておいてよかった。向こう側の車の側に建てた青いテントには、恭くんと執事さんが避難したようだ。こちら側の黒いテントは少し小さめだけど頑丈なので中は快適に過ごせる。私は半ば、新平くんに押し込まれる形でテントの中に転がり入った。

 私の次に新平くんが収まって、入り口を塞ぐと薄暗い視界の中で激しい雨音だけが聞こえてくる状態になる。……すごい雨だ、外が見えないのが少し不安になるくらいには。


「ツイてねぇな……突然降ってきやがった……晴れるんじゃなかったのか」


「山の天気は変わりやすいって言うからね……通り雨だといいけど、もし振り続けるなら道具をちゃんとしまっとかないと」


「どちらにせよ今は様子見か……」


 雨音は煩いけど、お互いの声は聞き取ることができた。狭くて近いからかな。……かなり濡れてしまった服や髪が気になる。けど、それ以上に困るのがこの状況だ。


 あまりに狭いこのテントに、大柄な新平くんと共に収まる私。その距離は、お互いの肩が触れ合うほどだった。

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