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――西尾恭。『ハイスクール☆シンデレラ~あなたと王子と夢の魔法~』と言う乙女ゲームにおいてメインビジュアルをも務めた、制作陣から愛を注がれたであろうキャラクター。
西尾兄弟の弟。義理の兄弟である二人は血が繋がっておらず、年齢も同じ。ただ誕生日が新平くんの方が早いだけ。それでも、新平くんは面倒見の良い兄であり恭くんは甘え上手な弟キャラの差別化がしっかりとされている。
勿論彼は本当にいいキャラだと私も思う。明るく、優しく、それでいて頼りがいもあり……そう思わせておいてルートを進めると胸が締め付けられるような切ないストーリーを持つ儚いキャラ。私がこのゲームを知るきっかけにもなった友達も恭くんが推しだったと記憶している。
私が新平くんルートを進めた時、やたらと恭くんが登場しストーリーにも深く関わってきていたので、私は恭くんのルートを知らずとも彼についてよく知っている。
このゲーム、プレイスタイルによってはヒロインはマジもんの悪女にもなり得る。と言うのが、攻略対象キャラの好感度を満遍なく均一に上げ続けることで所謂『逆ハーレム状態』を築くことができるのだ。
……逆ハーレムとまでは行かずとも、例えば二人の好感度だけを上げて他のキャラを放っておけばその関係は『三角関係』になる。これがまたゲームの面白いところだった。
ただし。私の場合、推しは新平くんだけだったので当然新平くんだけを一途に愛で続けた。新平くん以外のキャラには目もくれずただひたすらに新平くんだけを追い続けた。
にも関わらず、『西尾恭』と言うキャラクターはどう頑張っても新平くんのルートに入り込んでくるのだ。
後から知ったことだけど、それは逆も然りだったらしい。恭くんのルートでも新平くんが謎に登場しまくるらしい。
と言うので、ゲームシステムの話になるがどうやらこの二人の好感度の上がる条件はリンクしているのでは? と言うユーザー間での考察があった。つまり恭くん・新平くんと言う二人のキャラクターに限っては必ず『三角関係』が発生すると言うことだ。
で、困ったことに。この恭くんと言うキャラクター、攻略対象の中でも唯一の『幼馴染』と言うポジションを獲得しているキャラクターなのだ。要はヒロインと唯一の顔馴染みであり、最初から好感度が高い。
つまり、つまりだ。
二人の好感度の上がり幅は全く同じで、恭くんは最初から好感度が高い。となると、普通にプレイするのでは必然的に新平くんの好感度ゲージが恭くんを超すことがあり得ないのだ!
――それを覆す方法はある。それはわざと恭くんから嫌われるような行為をして、好感度を意図的に下げること。
私は本当にそのシステムが許せなかった。確かに私は新平くんが一番好きで推しだったけど、恭くんだって別に嫌いではなかったんだから。わざと明らかに変な選択肢をしてその度に悲しそうな顔をする恭くんに何度心が抉られたことか……ッ!
……多分、新平くんの人気があまり高くなくて恭くんが不動の一位なのはそう言うシステムのせいであることも大きく影響しているんだと思う。
だって、大抵の人はそれに耐え切れなくて結局恭くんの好感度を下げ切れられずに新平くんは当て馬キャラへと成り下がる。そして恭くんの切ない過去が明らかになる……これだから新平くんが『当て馬』だの言われまくってて、私は本当に悲しかったのだ。
だから私は『西尾恭』と言うキャラが嫌いではないけど、どうしても好きにはなれない、苦手なキャラだった。
勿論新平くんの弟でもあるし悪い人ではない、少し悲しい過去も同情はしてる。
でもやっぱり、どうしても。
「やあ、昨日ぶりだね。茂部ちゃん!」
……好きになれない相手なのに、どうしてこうなった?
◆
「実は昨日これ拾ってさ。君のでしょ?」
「あ……チケット?」
放課後のバイト中、ふらりと現れた恭くんは私にそう言ってあのチケットの束を差し出してきた。
今日は私服じゃない、姫ノ上学園の制服を着た恭くんだ。……何かちょっと感動した。当然だけど本当にこの人は顔が良くて、姫ノ上学園のカッコイイ制服のデザインがよく似合うのだ。まさに『王子様』の二つ名が似合うと思う。
ところで昨日の私、テンパっててチケットを紛失したことを完全に失念していた。危ない、自分用のチケットも失くしてたんじゃ先生に顔向けできないところだったよ。
……そして。それを私が受け取ろうとしたところで、恭くんはとんでもないことを言ってくれた。
「本当はシンペーが君に直接返すって取られちゃってたんだけどさー、俺もう一回君と話したくて。今頃無いことに気付いて走ってここに向かって来てるんじゃない?」
「はい? ……直接?」
待てや。新平くんが私に直接返しにって……それを横取りしてこの人ここに来たの?
何してくれてんの?
……と言う心の声が若干漏れてしまっていたかもしれない。何か言いたげな私の表情を読み取ったのか、恭くんはやたらと楽しそうにケラケラと笑っている。
「君って、シンペーのこと好きでしょ?」
「好きですけど?」
「あれ? 即答なんだ……意外。昨日はあんなに慌ててたのに、案外恥じらいとか無いタイプ?」
目の前にいる人の身内に対して嫌い、って回答なら渋るところだけど。本当に好きなんだから嘘を吐く必要はない。
それに恭くん、ちょっと誤解してるみたいだけど。
「好きですよ。きょ――西尾くんだって好きなものあるでしょう? 歌手とかモデルとか。それから好きなゲーム……っ、小説とか映画のキャラクターとかで。私はそんな感じです」
「……なるほど。へぇえ、そう言う『好き』ってことかぁ。いやさ、シンペーって愛想ないし女の子とかからは特に怖がられる奴なんだよ。それなのに昨日の君は初めて見るタイプの子だなって思ったからさ。うんうんそっか、そう言うことなんだ。俺もシンペー好きだから同じだね?」
そうですね。でも私は怖いとか思ったことないですけどね。
この言葉は心に留めて、私はにっこり笑った。
私はそれよりもチケット返して欲しいんですが。差し出されたチケット、私も握っているんだけど。恭くんは何故か離してくれない。お互い笑顔なのがこの状況のカオスさを加速させている。
「そんな君に提案なんだけど」
表情一つ変わらない。……彫刻のような綺麗な顔を甘~く緩ませた、その辺の女子ならイチコロであろう微笑みを浮かべて彼はとんでもないことを言った。
「このイベント、一緒に行こ? 勿論シンペーも一緒に!」
「――そいつは無理だ。来週は俺もこいつもシフト入ってる」
――びっ、くりした。
音もなく現れ、恭くんの手首を鷲掴みにしたのは――私の推しこと、新平くんだ。
初めて見た。制服姿の新平くんだ。いつもどっちかが先にもうバイト始めてて、会っても更衣室を出た後とかだったから。
よく見るとちょっとだけ顔が火照ってる……走って来たのかな。ワックスで固めているからか髪は乱れていない。でも開いてる胸元から覗く喉仏が……ま、まずい、これ以上視界に新平くんがいると私が駄目かもしれない。
と言うか、今新平くん何て言った?
あれ、もしかして私、再来週のシフト見落としてた……? だとしたら先生にものすごく申し訳なくなる。
「さっさと帰れキョウ。これ以上居座るなら営業妨害で訴えるぞ」
「ちょっと、酷くない!? 仮にも弟なのに!」
「……『仮にも』とか言うんじゃねぇ。甘えんな。ほら帰れ、スーパー寄ってくの忘れんじゃねぇぞ」
あぁ、物理的にどんどん恭くんが遠ざかっていく……こうして見るとこの二人、ますます同い年には見えないなあ。体格差もそうだけど、新平くんがあまりにも『お兄ちゃん』過ぎるのもあるよね。
……っと、そうだ。どうせなら!
「ちょっと待って! 西尾くん!」
「あ?」
……あっ、違う。私は恭くんを呼び止めたつもりだったんだけど二人が同時にこっちを振り向いた。ひぃ、二人とも顔が良い。
そうじゃなくて、私は恭くんに駆け寄って再びチケットを押し付けた。
「……西尾恭くん。友達千人つくりたいんでしょう? このチケット、私の代わりに友達にでも配ってくれたらすごく助かるんですが」
「ぅえ? いいの? あ、いや。全然いいよ!」
さっきのやり取りのせいでもうくしゃくしゃになったチケットの束、恭くんに押し付け完了。……もういいよね、どうせ私行けないんだし。こう言うビラ配り的な行為は恭くんみたいな人の方が適任だし?
「よしっ、任されました。じゃあ俺帰るね。シンペーと茂部ちゃんはバイト頑張ってね! あと茂部ちゃん、俺のことは名前でいいよー!」
「声がでかい、周りに迷惑だろうが! ……ったく」
うーん、まるで流れ星のような人だなあ、恭くん。
それより私、こんなにメインキャラに接触されてるけど何でなんだろう。私は名前の通りのモブAなんだけどなあ……。
いやそれより、新平くんと今二人なのがちょっと。
どうしようここで無言で去るのも……ってか、私昨日やらかしたんだっけ?
「お前……」
「…………」
――新平くんが口を開いた。
な、何を言うんだろう? ああ、昨日のことで新平くんに引かれてたらどうしよう。心臓が口から飛び出そうだった。
「お前は……いや。――はぁ、何でもねえ。邪魔したな」
「あっ……」
……結局、新平くんは特に何も言わずに更衣室へ向かって行ってしまった。
て言うか私、新平くん目の前にした時狼狽えたりとか変な反応ばっかりでコミュ症だと思われてそうじゃない?
……いやでも、実際推しを目の前にしたファンはこんな感じになるのが道理でしょう。
とにかく。それよりも再来週のイベント、行けないの残念だった。恭くんが去って私もすぐにシフト表を見直したら、確かにその日はシフトが入っている。
何で行けると思い込んでいたんだろう……あっそうか、ゲームだと不思議なことにこう言うイベント系のやつって絶対にアルバイトとか部活とかと被ることってないんだった。そのせいか!
ちょっとだけ落ち込んだ。……正直恭くんが「一緒に行こう」って提案してくれたの嬉しかったんだよなあ。
一介のモブがこんなにいい思いできるなんて。まあ、実際行けないにしても誘われただけすごく貴重な経験だったかもしれない。
――なんて、思っていたけど。
その日のバイト終わり、店長からこんなことを言われた。
「入り口にあるエアコン周りの天井が老朽化のせいでひび割れができちゃっててね、お客さんから指摘があったんだ。だから再来週の土曜日に業者さんに入ってもらうことにして、その日は臨時休業になるからみんなよろしくね」
イベント、行けるじゃん。
チケット恭くんに全部渡しちゃったよ!?