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人通りが少なかったことに合点がいった。それはこの青年――東条ダイヤを筆頭に、奇抜な見目で揃えたヤンキー集団が近くを闊歩していたからだ。
少し離れた位置に座っている複数人の男たちは、皆それぞれ金髪だったりの脱色した髪色をしていて、身につけているピアスや服装からしてかなり厳つい印象を与えていた。中には二の腕や脚にタトゥーが入っている男の人もいる……ただ、その人たちは年齢は私たちよりずっと歳上に見えた。大学生か、少なくともそれ以上は上だろう。
そんな集団の中で、東条ダイヤはやはり一人顔立ちが幼く見えていたけれど随分と馴染んでいる。知り合いなのか、まあ仲は良さそうに見える。どのような関係なのかは知りたくもないけど。
「き、奇遇だね」
こうして話し掛けられてしまった以上は無視できない。何も考えずに口を衝いたのはそれだけだった。もっと他にもあっただろ私。
「学校では全然会わないのにね? ほんとーに、偶然」
言いながら、私が腰掛ける椅子の背もたれに手を添えると身体を預ける素振りを見せる。そのまま声が近付いてきたかと思うと、気が付いたら彼の顔が私の真横にあった。そして、そのまま続ける。
「で、こいつ誰。センパイのカレシ?」
真っ黒な瞳にハイライトがないような気がして、少し身震いする。私を見てからその視線が美南くんに向いたので、私も思わずそちらを見てしまった。
対面に座る美南くんは、サングラスとマスクのおかげで表情は読めない。が、私の強張った顔を見て何かを察してくれたようだった。
「俺は彼女の友人だが、君は誰だ?」
「おれ? 後輩だけど。駒延のね。あんた姫ノ上っしょ? 見たことねーもん」
「だったら何だ」
多分錯覚だけど、二人の間にバチッと火花が散っているような気がする。そこで思い出した、そう言えばこの二人ってゲームでは三角関係になる同士じゃないか! これが初対面なはずだけど、やっぱり馬が合わないのはゲームの設定通りってこと?
それにしてもまさかここでこの二人が出会ってしまうとは、そこに私が挟まれているのが居た堪れない。と言うか東条くん、顔が近いから私も身動きが取れなくてさらに居心地が悪い。
……そもそも。東条くんとここで会うのはまだ分かる。けど、どうしてわざわざ私に話し掛けにきたんだろう。約一ヶ月振りかな? ってことは、もしや私の顔をしっかり覚えられてしまったってこと!?
「べっつにぃ? あ、センパイいるーって思ったから気になっただけ。でも、姫ノ上って聞いたらもっと気になってきちゃったなぁ、あんたセンパイとどこで知り合ったワケ? おれらとあんたらは“違う”のに」
そう言いながら私から離れる気配はない東条くん。しかもその言い方、少し引っ掛かった。“違う”? 姫ノ上学園と駒延高校のことを言っているのかな。確かに偏差値とかはまるで違うけど、彼も本来なら姫ノ上に入学するものだと考えればその言い分には気になるところがある。
そして言われた美南くんも黙っていた。表情は読めないけど、言われたことに戸惑っているようにも見える。でもその無言はそう長く続かなかった。
「俺と君、そして彼女は確かに“違う”かもしれないが……少なくとも、俺と彼女には“共通点”はいくつかある。そんな俺たちが共に在るのは、何ら可笑しなことではないはずだ」
美南くんは言い切ると、おもむろに立ち上がり私の隣まで歩み寄って来た。思わず、私は縋るような目を美南くんに向けてしまった。そんな私の心の内を読んでくれたのか、美南くんは東条くんを見下ろしながら「少し、離れろ」と言ってくれた。
今度は東条くんが黙ってしまったけれど、彼はじっと美南くんを見上げてからゆっくりと頭を上げた。まだ私の背もたれに手は掛けたままだが、二人は立ったまま見合うことになる。キャラクター中で最も身長が高い美南くんは、流石その状態でも東条くんを見下ろすことになった。
いやそもそも。なんだなんだこの状況は? 私を挟んで睨み合う二人、その渦中が私ってちょっと。ゲームでこの二人がよく絡むのは知っているけど、如何せん私はそれに詳しくない。でも冷静に考えてみて、これってゲームの三角関係に関するイベントがトリガーになっていたりしない?
だとしたらここに挟まれるべきは……灰原さんなのでは。もしかすると近くに彼女がいるかもしれない、そう思って周囲を見渡してみたけど、ただでさえ閑散としているフードコートエリアに見知った顔は見当たらなかった。それどころか、近くに座る東条くんの連れらしいお兄さんたちと目が合ってしまってさらに気まずい。
「……あんたさぁ。もしかして」
東条くんが何かを言いかけたところで、ポップな電子音がそれを遮った。何かと思ったら美南くんのスマホから流れる着信音だ。美南くんはポケットからスマホを取り出すと、画面をじっと見てからそれを何と私に向けて差し出してきた。
よく見ると、表示されている名前はトラ。……ナイスタイミング過ぎる、トラ! 私はこれ幸いにと美南くんのスマホを受け取り、素早く立ち上がって応答ボタンをタップする。
「もしもし!」
『……あっ。え、詠? 彗星は?』
「一緒にいるんだけど、ちょっと立て込んでて……今どこにいるの!?」
話しながらさり気なくその場を離れることに成功した。睨み合う二人から距離を取って、それから東条くんの連れの集団からも逃げるように物陰に身を潜める。……ごめん美南くん、そっちは任せたよ。
『連絡できなくてごめんなさいね。車で送ってもらう予定だったんだけどエンストしちゃって……車庫から別の車を出してもらったんだけど、それがマニュアル車だったからうちのお母さん運転できなくて。マニュアルの免許持ってる使用人探してたらこんな時間になっちゃったの。今そっちに向かっててもうすぐ着くところよ』
「分かった、待ち合わせ場所を決めよう。どのゲートが辿り着きやすいかな?」
『え? いや、普通にそっちの場所言ってくれれば私が向かうわよ?』
「……ウェストゲートとかがいいかな、それとも地下駐車場?」
電話口で話すトラの言葉を完全無視して、私は何とか声色で意図を伝えるべく待ち合わせ場所を引き合いに出す。トラは少しだけ黙ってから、すぐに『何かあったのね?』と聞いてきた。流石トラ、察しがよくて非常に助かる。
『地下駐車場の六番ゲート、そこのエスカレーターを上がった先にあるトイレ前で待ち合わせましょう。誰かを撒くならその辺りが逃げ込みやすいでしょ』
「うん、分かった。それじゃ先に行って待ってるね」
心の中で本当にありがとうと三回唱えて、さらに自分のスマホからチャットでその意を伝える。そして通話を切って、私は物陰から頭だけを覗かせた。
私の電話中、二人は静かだった。でも相変わらずお互い向き合ったままの拮抗状態に見える。ただ、美南くんの視線がこちらに向いた。
「もうすぐ来るって。そろそろ移動しないと」
「そうか」
私が控えめに告げると、美南くんは躊躇いもなく東条くんに背を向けて私の元へとやって来た。その時、東条くんが私を見たので一瞬目が合う。私がすぐに逸らしたけど、ピクリと片眉が上がるのを見た。……怖っ。
いや、しかし。このまま私が無言で去るのも違うよな。私は少しだけ勇気を出してみることにした。
「東条くん。じゃあ、私たちもう行くね」
私がそう言うと、東条くんは再びにんまりと笑った。微笑む表情はやはり綺麗な顔立ちによく似合う。でも、細められた目元には少し圧を感じた。
「おれセンパイに名前教えたっけ?」
「――――、そりゃ、東条くん有名だからね」
一瞬鋭くなった目付きに怖気づきそうになったけど、咄嗟にそんな言い訳をした。実際、事実ではある。
「ああ、そゆこと。ふーん……嬉しいなぁ、センパイに名前覚えられてるなんて」
笑ってはいるけど、どうにもその言葉は本心には聞こえなかった。見た目のせいもあるかもしれないけど私が内心ビビリ倒しているからかな……東条ダイヤって一癖あるようなキャラクターとは知っていたけど、詳しくはよく知らないから分かった気にもなれないし。
「早く行けば。オトモダチと待ち合わせなんでしょ」
「……う、うん。それじゃあ……」
私が何か言う前に、東条くんの方からひらひらと手を振りながら踵を返した。顔が見えなくなったところでどっと緊張が解れる。
私は美南くんとアイコンタクトすると、彼も小さく頷いて早足にその場を去る。フードコートから十分な距離を取ってから美南くんにスマホを返して、トラとの待ち合わせ場所をそっと教えた。
一度振り返りたくなったけど、これ以上関わってもいいことはないと思って、私は東条くんに背を向けたままその場を後にした。