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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
四章〈オタ活は主体的に〉
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四章、一話〜三話を一気に更新しておりますのでご注意ください。

 四月が過ぎた。入学式当日のあの衝撃は杞憂に思われたくらい、私は平穏な日常を過ごした。

 結局トラの言う通り、あの日以来例の後輩――東条ダイヤと遭遇することはなかった。敢えて言うなら噂を耳にした程度だろうか。何でも、信号機トリオをボコボコにしたせいで入学初日から三日間の謹慎を食らった伝説の一年生だとかで。


 そして無事に四月末から五月の連休、ゴールデンウィークに突入した今日。無事にバイトは被ることなく、キャンプ計画に参加できそうで安心だ。

 ただ、打ち合わせはほとんど私とトラだけしかやれてないんだよね。新平くんと恭くんとも話したかったんだけど、中々タイミングが合わず終いだった。結局四月は一度も会えていない……少し寂しいな。でも、あのグループチャットでほぼ毎日会話しているようなものだからそれほどでもないかも。


 そして連休初日の今日はトラと直前の買い出しを約束している。道具はほとんど揃えたけど、最後になにか面白い道具とかがあったら惜しみなく買い揃えようというトラの提案だ。これに関しては恭くんが乗り気だったけど、彼は悪ノリが過ぎるという新平くんの忠言によって買い出し担当は私、トラ、美南くんの三人となった。




 待ち合わせ場所に着いたところで、道端のベンチに腰掛ける彼にはすぐに気が付いた。もう五月に入るし相当暑いだろうに、美南くんは黒い立体マスクと淡いカラーグラスを装着している。その姿はまだ未だに不審者感が拭えないけれど、それでも馬頭よりはかなりマシになったと思う。多分、私とトラとプライベートで出掛けるから彼なりの気遣いなのだろう。私服も相まって、今の姿はまるで目立たないようにしているつもりがめちゃくちゃ目立っているモデルみたいな風貌だ。


「おはよう、美南くん。トラはまだ来てないんだね」


 声を掛けると、彼の目線がゆっくりと私へ向いた。スマホを弄っていた美南くんは、私の姿を確認するとそれをポケットにしまって私の元へ歩み寄って来る。近くまで立たれると、その身長差にはやはり衝撃を受ける。


「先程、電話があった」


 グレージュのサングラス越しに合った美南くんの目は深みのある青を宿している。今も顔のほとんどが隠れてはいるけど、こうしてちゃんと彼の目を見るのは久々かもしれない。


 と、電話があったとのこと。

 話の流れからして、これは……


「遅れるようだ。先に二人で店に行ってくれと言っていたが……どうする、詠」


「遅れる、ってことは後から来るのか」


 気遣うような声色なだけで、美南くんはトラがいないことに今はそれほど不安感は抱いていないようだ。よかった、美南くんのメンタルもトラの甲斐甲斐しいケアによって安定してきているらしい。私と二人でも、美南くん的には大丈夫そう……なら、よし。


「適当にモール内でも歩いていようか」


 そう言うと、美南くんは小さく頷いた。それから「一ついいか?」と遠慮がちに口を開く。何かと尋ねると、美南くんは数秒間目を泳がせてから言った。


「ちょうど、君に相談したいことがあった」


「相談?」


「トラに日頃の感謝を込めて、何か贈りたい。せっかくだから俺たち二人で、ということにしないか」


 おお。これは……あまり表情には出ていないけど、美南くんは照れている。言い方とか言っている内容含めてあまりにも見た目とのギャップが大きくて、不覚にも少しときめいてしまった。普段の奇抜な印象のせいで忘れかけてたけど彼も攻略対象キャラクターだからね。


「プレゼントか。確かに私も貰いっぱなしだなあ……そうそう、このヘアピンもトラから貰ったんだった」


「ああ。俺もこのサングラスと、それからこれを」


 美南くんが掲げる左手首にはシアンとイエローの糸で編み込まれたミサンガが。そう言えば美南くん、少し前からいつも着けてたミサンガだな。彼のイメージカラーベースのものだったから自分で選んだのかと思ってたけど、トラがあげたんだ。

 ついでに知ったけど、このサングラスもトラのプレゼントだったなんて。トラなりにあのマスクたちを脱するための苦肉の策を講じたってところなのかな。


「分かった。それじゃあ二人で何か探そう! トラが来る前に、駆け足になっちゃうかもしれないけど」


「走るのは得意だから、任せてくれ」


「え? いや物理的なかけっこじゃなくて」


 美南くんに少し天然が入っているのも最近知った。いや、もしかしたら冗談なのか? ずっと真顔だからよく分からないんだよね。……ゲームでの印象しか知らないから、美南くんは気難しい人かと思ってたけど。でもこの人が最早私の“知る”人とは別であることは、流石にもう分かっている。


「ちなみに不安だから先に聞いておくけど、予算って」


「これくらいで」


「ちょっ待った! 早くしまって、高校生が道端でチラつかせていい金額じゃないから!!」


 しかしこの、私との金銭感覚のギャップが埋まる日は来るのだろうか。




 ◆




 ……美南くんと歩き始めて一時間程、だろうか。トラへのプレゼント選びだが、意外にもこれが難航していた。


「何だか、どれもしっくりこないね」


「……考えれば考えるほど沼に嵌まるような感覚だ。やはりここは、店で一番高品質で良いものを選ぶべきでは?」


「その考えには一部賛同するけど視線の先のブランド店でそれをやるつもりなら反対かな」


 どうやらトラは家の都合で忙しいらしく、まだ家を出たなどの連絡は来ていない。だからこそじっくり色んな雑貨店やらを見て回れたんだけど、肝心のトラに贈るプレゼントはいまいち方向性すら定まっていなかった。


 私は普段使いできるものがいいんじゃないか、と思ったんだけど、美南くんはアクセサリー類を選ぼうとしていた。取り敢えず私たち二人が思いつく限りのお店に行って見て回ったはいいものの、私たちにとってしっくりくるものが見つからない。……何だか、どれもこれもトラはすでに“持っていそう”で、どれも購入するのに躊躇うのだ。


「仮にちょっと奮発したブランド物にしても、トラはお金持ちだからあんまり新鮮味もない気がするんだよね。化粧品とかは肌に使うものだから他人が選ぶのはちょっと怖いしな……そうだ、美南くんはいつもトラと一緒にいるんだし、何か欲しがってる素振りがあったものとかないの?」


「心当たりはあるにはあるんだが、トラは大抵そういうものは即決でその場で通販なりで購入しているんだ。迷ったら買う、だな」


「あー……お金ある人羨ましい……じゃなくて、そのくらい余裕がある人は単純に羨ましいなあ。お金もだけど、心っていうのかな」


 私も美南くんも真面目に考えているにはいるんだけど、二人ともセンスがないせいなのかな。一時間もかけて何も決まってないや。……思い返せば、こんな風に友達と買い物に出掛けるのは初めてじゃないけど、トラがいるときはみんなを主導するのは彼女の役割だった。もっと主体的にならないと駄目だな私は。


「服……帽子とか? いやでも、本人にちゃんと似合うか確認できないまま買うのも嫌だなあ」


「……それはそうだな。だが、このまま悩み続けていても生産性がない。帽子を探してみよう」


「う、うん。行った先でまた何か思いつくかもしれないよね」


 数打てば当たる、ということで服屋を彷徨うことにした。でも地元のショッピングモール内だとたかが知れているというか、トラも普段見掛けるお店ものものだと意外性も何もないんだよね。

 もしかすると場所が悪いのかもしれない。この街から出て、もっと大きいショッピングモールに行ってみるのも手かなと思った。いずれにしても今日は無理か……いや、そもそも美南くんが人見知りするかもしれないから、ちょっと厳しいかもしれないな。


「美南くんもまだ、特に思いつかないかな?」


「すまない、誘っておきながら。今日中は厳しいだろうな……それにトラから連絡がないのも気になる」


 そう言って美南くんは先程から気にしていたスマホをまたチラチラと見ている。確かに、トラから連絡来ないな。さらに遅れるとも、こちらに向かっているとも聞いていない。家の都合って言ってたけど、まさか大きなトラブルとかじゃないよね? 美南くんが気に病むのも当然だ、私も心配になってきた。


「プレゼントは、恭くんとかにも相談してみない? これはイメージだけど、恭くんってプレゼントとかよく貰ってそうだしあげてそう。慣れてるんじゃないかな」


「……そうだな。頼れるところには頼ろう」


 一旦店を出て、私たちはフードコートの休憩スペースに腰を下ろすことにした。お昼時は過ぎているから人の往来はあまりなく、混み合っていないので美南くんも多少リラックスできているようだ。それでも、音沙汰ないスマホを気にしている様子だけど。


「トラ、心配だね。ちょっと電話してみようか」


 言いながら私はスマホを取り出す。そのままトラの連絡先を開いて発信ボタンを押そうとした時……対面に座る美南くんが何も言わなかったので、思わずその顔を見た時だった。美南くんの視線が、私ではなく私の後方――それでいて私の頭上へ向けられていて、その眼差しは緊張感を滲ませていた。

 だからこそ私もその瞬間、何だかとても悪寒がしたというか、嫌な予感が肌を伝った。私がぎこちなく振り返ると、目が合った。その相手は初め、とても冷たい真顔で私を見下ろしていた。しかしすぐにニヒルな笑みを浮かべると、何が面白いのかやたらと楽しそうな声色でこう言った。



「センパイじゃん。デート? そいつ、ウチの学校の奴じゃないよね。姫ノ上のカレシ?」


 眩い銀髪とピアスが目立つ、眼光鋭いイケメン後輩。

 私にとってあまり会いたい相手ではなかった、あの東条ダイヤがそこにいた。

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