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四章、一話〜三話を一気に更新しておりますのでご注意ください。
東条ダイヤ、六人目の攻略対象キャラクター。『ハイ☆シン』では名実ともにそのようにして紹介されるキャラであり、シナリオ上において必ず一番最後に登場することになる。
というのは彼が主人公よりも一つ歳下の後輩であるため、ゲーム開始から一年が経過した二年目にならないと出会うことができないからだ。
そのため東条ダイヤは一番攻略が難しいキャラと言われていた。それにはいくつかの理由があるが、その最たる理由が何より一緒に過ごせる期間が他キャラと比べて短いからと言われている。準じて先輩キャラの『北之原絵里』も一年早く卒業してしまうことから攻略難易度が高いと言われていた。
あとは、東条ダイヤが最難関と言われるもう一つの大きな理由が彼の人間性、平たく言えば性格にあった。
『艶福』の王子。生粋のプレイボーイ、言わばお色気担当。それが東条ダイヤというキャラクターだった。
『邪魔。退いて?』
「ありえないっっ!!」
「!? ……なにが!?」
先程見たあの姿、東条ダイヤ(仮)思い返し、やっぱり私のイメージとかけ離れすぎていて、私は思わず叫びながら目の前のテーブルを平手で引っ叩いてしまった。
突然の私の奇行にドン引きの表情を浮かべているのは、対面方向に座るトラだ。驚かせてしまった申し訳なさから私は羞恥心と冷静さを取り戻す。
「何やら穏やかじゃない事態が起きたのは想像つくけど、言ってくれなきゃ私も分からないわよ?」
「ご、ごめん。自分の中でもまだ整理がついてなくて……」
ひとまず学校を出た瞬間にトラに電話を掛けて会う約束を取り付けたんだけど、テンパったままの私の日本語はかなり支離滅裂だった自覚がある。それでもトラは状況を察してこうしてやって来てくれた訳で、これ以上トラの時間を無駄にはできやしない。
「火急の用件、ではないんだけど……ほら、私とトラはあれじゃない? 同士、っていうか……」
「……ゲーム関連の話?」
「そう。無理に関わる必要もないって分かってるんだけど、あまりにも看過できないことがあって……」
トラの顔付きが変わったところで、私たちは顔を寄せ合って声を潜める。ここは例のファミレス、放課後のこの時間帯はそんなに混み合っていないとは言え人の目がある。
「一応聞くけど、『東条ダイヤ』は知ってるよね?」
私がそう言うと、トラは一瞬怪訝な顔をしてから頷いた。まあ当たり前に知ってるよね。
と言う訳で、私は今日自分の身に起き、聞いたことをそのままに伝えた。『東条ダイヤ』の名を冠する銀髪の新入生と出会ったことを。
・・・ ・・・
……一通りの私の話を聞いたトラは、難しい顔をして黙り込んでいた。腕を組んだまま微動だにしない。けれど私と違って大きく取り乱したりしている様子ではない。
「一応、私の見解だけど」
しばらく黙ってから、トラが言う。
「関わらずに越したことはないんじゃない?」
「だよね」
私とトラは顔を見合わせると、やはりその通りだと言ってお互いに頷いた。だってそりゃあ、あまりにも予想外過ぎた展開だけど私たちにどうこうできる問題ではないのだし。
だけど私も、そしてトラもどうしても気になる部分はある。
「どうしてこんなことになっているのか、ね。あまりこの辺りのことは考えたくはないのだけど」
「……ゲームのシナリオ外で、転生者が影響したとか?」
「そう……なのかしら」
トラがグラスの中身を飲み干すのを見届けてから、私は腕組みをして頭を捻らせる。まあ、ここで考えたところでどうしようもないんだけど。
「彗星の例もあるし、心配は心配ね」
――原作から随分歪んでしまったその筆頭が、美南くんと言っても過言ではないだろう。中学時代のストーカー事件が原因だし、まさに転生者による影響と言える。
「でも逆に、少し安心してるところもあるの。ほらだって、東条ダイヤは彗星のライバルポジションでしょう? 彗星が余計なことに巻き込まれずに済むならそれでいいと思うの」
「あ……確かにそうだね! いやでも、あの美南くんならいずれにしても原作シナリオ通りの展開には進められないと思うけど」
「そうだけど……そっか、詠は西尾兄のルート以外よく知らないのよね。彗星ってバスケ部じゃない? シナリオの分岐によっては例の三角関係イベントで怪我を負ったり事件に巻き込まれたりで試合に出れなかったりがあって……正直あのメンタルでそんな事態になれば、私としても気が気じゃないもの」
その話を聞いてはっとした。……そうだ、私にも同じように『回避したい未来』がある。そう考えれば、この状況は寧ろ私にとっては良いとも言える……のか?
「……それじゃ、やっぱり関わらないのが一番ってことで。でも、だったら要注意だよね? 学校は違うにしても最寄り駅が同じなんだし、街中で美南くんとバッタリ……ってことも有り得るだろうし」
「そう、だから気に留めておく程度にしておきましょ。だから気をつけるべきは詠でしょう? 同じ校内なんだから嫌でも鉢合わせることはあるでしょうに、実際既に遭遇しちゃったんでしょ」
「ちょっと怖いけど、その他のモブと同じヤンキーって考えれば私がそっちの人と関わることってないから大丈夫だよ。それに学校には先生もいるし」
改めてあの人――東条ダイヤを思い出してみると、例の信号機トリオを軽々伸してしまうくらいには暴れん坊な様子。そこまで行くと私じゃなくても腰が引ける相手だから、普通に過ごしていれば大丈夫……だと思いたい。
さて、それじゃあ辛気臭い話はここまでにして、と。
「と言う訳で、例の……ゴールデンウィークの件、打ち合わせようか?」
「そうね。ちなみにメンバーにはもう声掛け終わってるわよ、彗星と西尾兄弟。場所も私の家の私有地だし気にしなくて大丈夫。スケジュールと持ち物を考えましょう」
そうは言いつつ、トラが取り出して見せてくれたスマホのメモ画面にはすでに事細かなスケジュール案が記されていた。流石トラ、と言うより誰よりも気合い入れてるみたいだから一番楽しみにしているんだろうな。
そう、これはゴールデンウィークに予定しているキャンプのスケジュール。一泊二日の計画で、場所は隣町の山麓……キャンプ場らしいんだけど、どうやらそこのオーナーがトラのお家の人らしい。
メンバーはイツメンと言うべきか、定期テスト勉強会のいつものメンバー。そう、そこには新平くんも含まれると言う訳だ。
「みんな予定大丈夫だったんだね?」
「西尾兄弟はバイトを事前に調整してくれたみたい。そこまでやってくれるんだから結構乗り気よね? 彗星はたまたま部活が休みだったの」
「よかった! 私もバイトは調整しておいたよ。……突然シフト交換されるかもしれないけど」
「え、嘘でしょ?」
実際、少しばかりそこの懸念はある。何でも従業員のほとんどが若いバイトばかりだから、突然の欠勤とかが多い職場なのだ。そんな時に白羽の矢が立つのはすっかり私へ定着してしまっている節がある。
でも今回ばかりは私も譲れない。頑なに応じないスタンスで望む所存だ。と言うか、最近こういうのがあまりにも多いので私も困っているのだ。
「半年近くは続けたけど、あそこのバイトはそろそろ変えようかなって思ってるんだよね。家から近いけど、急なシフト変更多くていいように使われてる気がしてならないんだよ」
「それがいいと思うわ。次はもう考えてるの?」
「それは、まだなんだけど。まあゆっくり考えるよ」
変えようとは思っているけど、今すぐにと急いでいる訳でもないからね。やっぱり思うのがあのホームセンター、本当に今でも続けていればよかった。後の祭りなんだけどさ。
そうだ、ホームセンターと言えば。
「テントとかはトラが用意してくれるんだよね。どうする、バーベキューとかやっちゃう? アウトドアショップとか行ってみたいんだよね」
「グリルとかは探せばあると思うけど。でもそうね、せっかくだからお店に行ってみましょうか」
そうして私たちは次の週末の約束を取り付けて、その日はあまり遅くならない内に解散することにした。
家に帰ってスマホを見てみると、見知らぬグループチャットのメンバーにされていたことに気付く。どうやらついさっき、トラが作成したグループのようだ。私とトラ、美南くん、そして新平くんと恭くんの五人。……一年前の私は、このメンバーで遊びに行く計画を立てるだなんて……想像もしてなかったよなあ。