1
お久しぶりです。色々あり遅くなってしまいました、ごめんなさい。(書いてた下書きが全ロストしたり……)
四章、三話一気に更新しております。
よろしくお願いします。
「邪魔。退いて?」
この状況、私じゃなくても固まって動けなくなるに違いないはず。強張る身体とは反対に私の頭は冷静で、この目の前の男をしっかりと分析できていたからこそ恐怖で脚が竦んでしまう。
四月、新学期――私は今日から二年生、そして入学式。
入学式はついさっき終わって、在校生は会場の片付けをしている最中だ。私も先生の指示で紅白幕を乗せた台車を校舎内の倉庫に運んでいるところだった。
昇降口前の廊下の突き当たりで、私は一人の青年と鉢合わせた。目が合い、互いに一瞬間の沈黙の後に彼が放った言葉が先程の一言だ。いつもの私だったらすぐに身を引いただろう……こんな状況でなければ。
「その、怪我は……」
問題なのはこの青年が血みどろの状態だったことだ。ここまで漂ってくる鉄臭い匂い。彼は学ランを羽織っておらず白いシャツを身に着けていて、それが余計に鮮血の赤を目立たせていた。主に上半身に血が飛び散っているようだが、青年の額と頬にも血が滴っている。……おまけにこの青年が綺麗な銀髪をしているため、髪にも飛び散った赤が際立っていた。
思わず口を出してしまった私だけど、言ってすぐに後悔した。青年の目付き、表情、その佇まい……それを観察して、私はこいつが『普通の奴じゃない』ことを本能的に察知した。
青年は薄ら笑いを浮かべて、左手で血のついた髪先を捲し上げる。そしてベルトの中に収まっていないシャツの裾をヒラヒラと扇ぎながら何でもないように言ったのだ。
「おれの血じゃないし。だからさぁ、ゴミの汚れがついちゃったから早く帰りたいの。退いて?」
平均より高身長な青年に見下ろされ、圧を真正面から感じる。私がぎこちなく台車を回転させて道を空けると、青年の顔からすっと表情が消え、そのまま私の横を通り過ぎようとする。その表情の変わり様にどうしてかぞっとした。
「あの。余計なことかもしれないけど……」
……でも、どうしても我慢できなくて私はまた口を出してしまった。私の真横で立ち止まった彼は、身体の向きはそのままで視線だけをこちらに向けてくる。横顔は、耳にジャラジャラと取り付けられた大量のピアスも相まってか余計に迫力があるように感じた。
「他人の血を触っちゃった時は一応、病院に行って感染症の検査したほうがいいよ?」
「は?」
これは本当に大事なことだ、怪我人の介抱だってそう言った点にも気を配らないと余計に医療現場が混乱したりするんだから。
でもあまりに唐突過ぎたかもしれない。あんなにギラついた目をしていたこの青年も一瞬面食らった表情になってしまった。……流石にお節介が過ぎただろうか。
「……ふ」
小さな吐息。恐る恐る表情を伺うと、目の前の彼は口元が微かに緩んでいた。
「うける」
次いで一言。……うける……? 面白いってこと?
私が抱いた疑問を解消する前に、彼は颯爽と私の横を通り過ぎる。
「センパイ。おれ帰るんで、センセーに何か聞かれたら帰ったって言っといてくださいね」
去り際、微かに笑みを見せてくれた青年は後ろ背に手を振りながら早足に昇降口の向こうへと行ってしまう。
彼は私を先輩と呼んだ、それはつまりあの青年は……今日入学した新一年生?
……絶対にあれ、一年生の風格じゃない!!
待て待て待て。あ、いや、でもそうか。あんなに存在感のある生徒が元から在籍してたんじゃ私だってこの一年で流石に気が付いたはずだ。あんな青年は今まで見たこともない、つまりは今日この学校へ入学してきた私の後輩だってことで。
でも、少し気になった。あの存在感……彼、どうもただ者じゃないような気がしてならないんだけど。何だろう、言うなれば人の目を引くような特別なオーラを持ち合わせているっていうか? まああの様子じゃ悪い意味で注目されてるだけと言えばそうか。
細身の高身長で、色白で、更には目立つ銀髪。そして何よりあの青年……私の目から見てかなりの『美青年』だった。きっと十人に聞けば十人がそうだと答えるに違いない、お世辞なしにそのレベルだった。
まさか、攻略対象キャラクター……?
いやしかし。駒延高校に属する攻略対象キャラはいなかったはず。それにいくらあの青年がイケメンだったとしても私は彼に見覚えがない。銀髪のキャラって……いくら色味が違うにしても髪色がグレーな中言先生と若干被ってるし、それにあんなシルバーアクセサリーを身に纏った不良なキャラはいなかったはずだ。あんな、リップピアスまで空けてるキャラは。
それに強いて言えば……不良キャラは新平くんと被るのだ。と言っても新平くんは案外真面目で義理堅くて、ただ中学時代に荒れてた時期があったというエピソードを持つってキャラなだけだけど。
既存キャラと二つも設定が被ってる訳だし、少なくとも私の知るキャラクターの中で誰にも当て嵌まらない。
それじゃただのモブ? ……うーん。まあでも、それを言ったら姫ノ上のモブであるトラだって脇役にするには惜しいようなビジュアルだしなあ。
って言うか。あの人、今日入学したばかりの一年生ってことだよね? 冷静に考えて入学初日から流血沙汰の喧嘩を起こしたってこと? この学校の治安どうなってるんだ。
視線を廊下に落とす。……ああやっぱり、青年が歩いて来たのであろう道順にぽつぽつと血が落ちていた。やだなこれ掃除するの。でも先生に言っておいた方がいいだろうし、倉庫での用事が済んだら誰か探して来よう。
……と思ってたら。階段の近くを通り過ぎようとした時、上の階が何やら騒がしくて気になってしまった。ちょうど倉庫はすぐ近くだったし、私は若干雑に紅白幕と台車を押し込んで階段を駆け上ってみた。
って、よく見たらこの階段にも例の血痕が続いてるし。つまりこのルートはあの青年が通って来た道ってことだよね?
「おおいっ、誰か保健室の先生呼んで来てくれー!」
「ねぇちょっと太郎ちゃん、保健室誰もいないんだけど!」
「じゃあまだ体育館か!? 誰でもいいから早くしてくれ!」
「体育館にもいなかったんだって! だから今みんなで通路とか探してるから!!」
一言で言えばその光景は地獄絵図。いや、血の海と言えば分かりやすいだろうか。
廊下に力なく倒れ込んでいる三人と、その周辺で慌ただしくしているのは佐藤先生と何人かの女子生徒だった。そう言えばここは二年生のフロア、それも私のクラスの目の前だ。
ちなみに私は二年生になったけど、元々生徒数も少ないこの学校では余程のことがない限りクラス替えというものはない。私のクラスはメンバーそのまま、そして担任の佐藤先生もそのままだった。
「あ、茂部っちいいところに。マユミ先生見てない?」
「ごめん見てない……探してきたほうがいい? ってかこの状況は一体?」
マユミ先生とは我が後の保健室の先生で、主に男子生徒から大人気の美人保険医だ。マユミ先生が必要な状況であるってことは見れば分かるんだけど……これは、まさかさっきのあの青年が起こしたこと?
「んー、それが目撃者とかいなくて。あいつらがうわ言で「あのクソ一年……」とか言ってたから、一年の誰かに喧嘩でも吹っ掛けて返り討ちにされたんじゃね?」
そう言う茶髪巻き髪のギャル子ちゃんは同じクラスの子で、私とは属するグループが違えどこうして気さくに話をしてくれる気持ちのいいクラスメイトだ。
彼女の話を聞きながら地面で伸びている三人へ目を向けると、私はそこでその三人があの『信号機トリオ』だったことに気が付く。……こいつらのことは嫌いだけど、全員ぐったりしている姿には少しだけ心配になった。
「さっき血塗れの一年生とすれ違ったよ、銀髪でピアスいっぱいの一年生。もしかしたら、って言うか多分彼が犯人だと思うんだけど……」
「何だって!? 茂部、お前、何かされてないよな!?」
私はギャル子ちゃんに言ったのに、信号機トリオの介抱作業に取り掛かっていた佐藤先生が勢い良く振り返って私へ迫ってきた。いや先生、見れば私はピンピンしてるって分かるでしょうに。
「何もなかったので大丈夫ですよ、先生。でもその一年生は帰っちゃったんですよ。昇降口から出てくところまでは見てました」
「銀髪ピアスのあいつだろ? はああぁ〜〜っ、教頭から要注意人物だって職員会議で周知はされてたんだが……まさかこんな初日から飛ばすような輩だとは誰も思わないだろおお……」
膝から見事に崩れ落ちる佐藤先生、そんな先生をギャル子ちゃんはすかさずスマホで撮影し始めた。先生の尊厳が失われていく瞬間を目撃することになるとは。
「先生たちからもマークされていた一年生……」
私は呟きながら、改めて先程の青年の姿を思い出していた。やっぱりあの一年生、ただ者じゃなかった。もしかすると本当に彼はモブキャラなんかじゃない可能性が高い。
でも私の持ち合わせるゲーム知識は新平くんに偏ったものばかりなので、細かな裏設定などに関してははっきり言って自信がない。
――トラに、聞いてみようか……?
「先生。その一年生の名前って教えてもらえますか?」
だから参考までにと思って聞いてみた。
けれど私はその名前を聞いた途端に凍りつくことになる。
「奴か? 名前は東条ダイヤ。他県の少し遠いところの中学出身だったはずだ」
ゲーム知識に疎い私でもその名は知っている。でも、だからこそ私はますます混乱していた。
だって彼は、姫ノ上学園に入学するはずなのに。
後輩キャラとして、最後に登場する攻略対象として。