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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
三章〈推しは推せる時に推せ〉
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三章、彼の話

 最近、妙に気分が落ち着かない時がある。夏が終わったから? 確かに俺は冬が好きじゃない。ただ、それだけで片付けるには腑に落ちない感情がずっと俺の頭のどこかしらを支配しているように思えた。


 放課後、バイトへ向かいそこで着替える。そしていつものように働く。次の日はまた学校へ、そしてバイトへ――。


 高校生になってから続けているこの生活、特に大きく変わったことなんてないはずなのに。何故こんなにも自分の心が落ち着かないのか、それを知るために最近のことを整理してみようと思った。どんな些細な、小さな変化も思い返すことにして。




 ◇




 年末。学校が冬季休暇に入ったとは言え、バイトは何かとバタつく時期だ。家にいてもやることがない俺はほぼ毎日のシフトでバイトに臨んでいた。

 忙しければ考えごとをする暇もない。だが、それでいいと思っていた。


 夜遅くに帰ることが多かった最近、キョウが先に家にいる日がほとんどだった。朝に家を出るのは俺が先なので、普段顔を合わせるのは夕方の晩飯時くらいだった。


 ……こんなだが、俺も一応こいつの兄だ。何だか調子が出ていない、というより落ち込んでいるのは察していた。何か悩みがあるらしい。


 ――何か、あったのか。聞いてみたがあいつはいつも通りの笑顔を浮かべてはぐらかす。


「最近寒さがきついからね。体調もあんまりよくなくて」


「……そうか。ま、昔よりは丈夫になったんだろうが……無理すんなよ」


「わかってるよ」


 実際に体調も悪いんだろう。あの青白い顔を見る度、昔あいつが倒れて点滴に繋がれていた痛々しい姿を思い出してしまう。

 貧弱な弟が無理をしないように見張っておかなければ、それも兄としての俺の役目なんだろうから。またあいつに何かあれば両親に顔向けできやしないからな。


 ……しかし、そんなことを意気込んだ日から程なくして。この心配は杞憂だったかと思うようになった。


 今朝、キョウがやたらめかし込んで家を出て行った。前日の夜には映画を観に行くんだと言っていたし、多分人と会うんだと思ったが……相手は、考えられる奴だと灰原とかか? まァ、あいつがあんなに気合入れる相手と言ったら灰原くらいだってのは俺も知っている。


 帰りは遅くなるとも聞いていたし、その日から俺もバイトのシフトは年明けまで入れていなかった。やることもなかったし、大掃除の下準備と窓掃除くらいには手を付けたりして過ごしていたんだが。

 キョウは予想通り、夕飯時を過ぎた頃に帰ってきた。しかし上機嫌なもんだと思っていたが、あいつは何だか変な顔をしていた。


 何と言ったらいいのか……上機嫌って程まですっきりした顔はしていなかったし、相変わらず何かに悩んでいる様子だった。だがそれでも昨日までよりは晴れやかな顔になっていたんだ。とにかく変な、複雑な表情だったと思う。

 ――それに、あいつは何も言わなかったが俺には分かる。あれはひとしきり泣き腫らしたあとの目だ。灰原との約束があったんじゃなかったのか? それともそこで何かがあったのか?


 こう言う時、何かしら問い詰めてもキョウが何も言わないのは分かりきっている。だけど、あまりに変な様子だったので俺は思わず聞いてみたのだ。


「お前、今日は灰原と会ったんだろ? 何か疲れた顔してんぞ……大丈夫か?」


「えっ、俺シンペーにデートのこと話したっけ……?」


「いや聞いてねぇけどよ。そんな気合い入れて支度してたら言われなくても分かっちまうぞ」


「うっわー……そう? マジかぁ……恥ずかしい。いやでもね、今日会ってきたのはヒメちゃんじゃないよ」


 返ってきた答えはこれまた意外なもので、俺はますます訳が分からなかった。会ってきたのは灰原じゃない? だったら一体誰と。


「確かに約束してたのはヒメちゃんだったけど。やっぱり都合合わなくて」


「都合が合わねぇって……映画観るって話だったんじゃねぇのかよ? ……チケット取ってたなら俺が付き合ってやったのに」


「あっはは、そう? それじゃシンペーでもよかったかなぁ。俺、一人で観ようかと思ってたんだけどね。代わりに別の人が付き合ってくれたんだ」


 そう話すキョウの顔は、随分穏やかだった。やっぱり何かあったんだ。けど、こうして話している様子を見るに今日が楽しい一日であったことは確実そうだ。


 ――そして、キョウの次の言葉に俺は息を呑んだ。


「俺知らなかったよ、茂部ちゃんってホームセンターのバイト辞めてたんだね? シンペー何も言ってなかったからさ。……向こうの通りにあるコンビニあるでしょ、茂部ちゃんがあそこで働いてたんだよ」


 茂部。――久々に聞いた名前だ。と言っても最後に会ったのは少し前……文化祭の日が最後だった気がする。

 あの日以来、どういう訳か茂部とはぱったり会わなくなったんだった。俺から連絡するのもどうしてか気が引けたし、あいつからメッセージが来ることもない。それにあいつは突然バイトを辞めた。店長から聞いた限りでは時間の都合とかで、きちんと筋を通していたらしいので何かしらの事情があったんだろうとは思ってたが。


 思い返してみると、俺と茂部を繋いでいたのはあの時間――バイトだけがそうだった。だからその繋ぐものがなくなればこうして連絡が途絶えるのは当然のこと、実際俺もあいつの名前を聞くまでその存在を忘れていたに等しい。


 しかし、だ。キョウの口からあいつの名前を聞いた瞬間、俺の脳裏にはあいつの姿が鮮明に思い出されたのだ。

 茂部の存在を忘れていた――と思っていたが、そうじゃなかった。あいつがバイトを辞めたと聞いた時、最後に会った文化祭のあの日を思い出した。


 俺が中学の頃、馬鹿だった時。当時つるんでいたあいつらに茂部が絡まれていて、その後俺は俺の過去を少しだけあいつに話した。

 その時あいつはどんな顔をしていたか? ……特に、普段と変わりはなかったとその時は思った。でもあの時にあいつが俺に恐れを抱いたりしていたら? 粗暴な俺に愛想を尽かしていた? ――そんなことを一瞬考えて、俺はそれからあいつのことを思い出すのをやめたのだ。


 改めて考えれば、それはもしかすると俺の考え過ぎなのかもしれない。だがしかし、わざわざそれを本人に確認するほどの度胸は俺にはなかった。


「映画には茂部ちゃんと行ってきたんだ。楽しんでくれてたし、ちゃんと布教できたみたいでよかった!」


「待て……茂部と二人で、映画に行ってきたって?」


「? うん!」


 何でもないようにキョウが言うもんだから、俺は思わず口を衝いた。


「お前灰原と付き合ってんじゃなかったのか!?」


 言ってから、これはしまったと思った。まずキョウの表情は凍りつき、それから途端に強張ってしまったからだ。


 キョウはそれを隠す奴だ。だからすぐにいつも通りの、愛想のいい笑みを貼り付けて誤魔化そうとしていた。……家族の俺にはバレバレだってのに、そもそも家族の俺にもそれを隠そうとするんだから面倒な弟だ。


「俺、ヒメちゃんとは付き合ってないよ。だから茂部ちゃんとデート(・・・)したのもセーフ、でしょ?」


「でっ――」


「……と言っても、行ったのは映画館だけなんだけどね。あ、そうそう……そのあと家まで送ったんだけどさ、茂部ちゃん家があんなに年季の入った建屋だとは思わなかったよ。シンペーは前に行ったことあったんだっけ?」


 デート。デートって、俺の中では恋仲の男女がやる行為って認識だったんだが……キョウはあまりにもあっさりし過ぎているんで、これはもしや間違った認識だったのかと焦る。


 いやしかし、キョウと茂部が付き合っているのもあながち否定できな――いや、違う。有り得ない、キョウは元々灰原と会う約束をしてて、それがなしになったからたまたま(・・・・)会った茂部と映画を観ただけだ。そうだ、こいつらがそんな関係だってのは有り得ないな。あァなんだ、変に汗が出やがった。


 ――いや待て、何故俺はこんなに焦ってんだ?

 別にキョウと茂部がどうなろうと俺には関係ないはずなのに。いやどうしてか、俺にとってその事実は俺を不快にさせた。……何だってんだよ?


 ……一旦考えるのをやめる。話を戻して、俺はキョウに聞いてみた。


「……茂部、元気にしてたか?」


「うん、変わりなかったよ、寧ろ俺がたくさん元気を貰っちゃった。お礼しなきゃいけないこともできたし……」


 そう言えば、キョウは帰ってきてからやたら喫茶店のクーポンを確認しては束ねたりしていた。あれはキョウのバイト先のクーポンだ、俺もたまに貰ったりしていたがあんなに溜め込んでいたとは知らなかった。


「また明日会いに行くつもり。ってか、シンペーは茂部ちゃんと会ったりしてなかったんだね?」


「は? ……いや、なんで俺が……?」


「そりゃあんなに仲良かったのに……それに茂部ちゃんはシンペーを――あ、いや。これは言わないほうがいいか、やっぱ何でもないや!」


 途中で口篭ったキョウのせいで、俺はまた変な汗が吹き出たのを感じた。加えてキョウの奴、それだけ言うとそそくさと部屋に戻って行っちまった。……なんて自分勝手な奴だ、俺は弟を心配して気遣ってたってのに。



 ……久々に茂部の名前を聞いて、変に考え事をしていたからなんだろう。翌日、昼頃から出掛けて行ったキョウがやけに気になって――堪らなくなり、大掃除の続きにでも取り掛かろうとして。


 洗剤やらが切れかかっていることに気がつき、大晦日でも開いているスーパーやコンビニにでも行こうと家を出たのがまずかった。

 昨日うっかりあいつの話を耳にしていたから。





 ◇




「――って俺は、何やってんだ……」


 ――コンビニ、なんて考えていたばっかりに、俺の足は無意識に例のコンビニ……キョウが言っていた茂部のバイト先へ向かっていたのだ。


 待てよ、茂部がいるなら俺に気づくはず。キョウは昨日茂部に会ったと言っていた……なら、俺がここで現れたらまるで俺がわざわざあいつに会いに来たと思われるじゃねぇか。


 来たはいいものの店に入る気分にはならず、俺は遠目に店内を眺めることに徹した。コンビニは外装がガラス張りなので中は比較的確認しやすい。

 目を凝らすと――あいつの存在は、すぐに分かった。


 コンビニ店員姿も様になっている茂部。大晦日だからなのかはたまた時間帯なのか、客の出入りは少ないようで暇そうにしていた。レジに立っているようだが何だかぼーっとしているように見える。


 ……キョウの言う通り変わりはねぇようだな。

 それは少し安心した。あいつは何と言うか、どこか危なっかしいと言うか……放っておいたら道端で伸びてそうな奴だから。


 にしても、コンビニか。確かにここは茂部の家からかなり近いし、以前のホームセンターに比べれば帰り道も比較的安全だろう。やっぱ、そんな事情があってバイト先を変えたのか?

 それとも何だ。ホームセンターで働く女はみんな腰痛持ちだって話を気にしたりしてたのか? まぁ力仕事でもあるし、茂部みたいな貧弱そうな奴には酷な仕事内容だったかもしれないな……。


 ……あいつ。一人で首を振ったかと思うと、今度は大きなため息をついたな。ガラス越しでも仕草がはっきり伝わるって、あいつ相当分かりやすい奴ってことだよな。

 そんなあいつの姿が何だか微笑ましくて、俺の頬は思わず緩んでしまった。そして気がつくと随分店の入り口の近くまで来てしまっていたようで、入り口の自動ドアが勢いよく開いた。


「――――っ!」


 俺は油断していたのもあって、自動ドアが開いた瞬間には情けないことに少し飛び跳ねたと思う。咄嗟にコンビニの壁際を伝って裏へ回り込む。……茂部には……見られてないよな?

 けど、多分入り口が不自然に開いたことには気づいたことだろう。俺の姿を見たかどうかは分からない……今更覗き込むこともできねぇし。


「いや……なんで俺がこんなに気ぃ張り詰めてんだ?」


 思わず一人呟いてしまった。


 そもそも俺は何故こんな場所でこんなにコソコソと隠れたりしているのか。そうだ、買い物があったんだろ。


 ……まただ、この胸のざわつき。俺らしくもない、考えても考えても心当たりがない。それが俺の頭と心を支配している、不快な気分。


 最近、妙に気分が落ち着かない時がある。

 ――その原因は、未だ分からないままだ。

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