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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
三章〈推しは推せる時に推せ〉
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 周りは人々の話し声やらで賑わっているはずなのに、私はこの状況がやけに静かに感じられた。それは多分、私と彼との間にあるこの空間においては重い沈黙だけがここを支配していたからだろう。


 恭くんがおみくじを結んでくると言って走り去ってしまってから、そこからの時間が気まずいったらありゃしない。だって私たち、積もる話も特にないのに。


 ……この気まずさは私だけが一方的に感じていたのだろうか。新平くんがどうなのか、私には知る術がない。私が長いと感じていただけでそう長い沈黙でもなかったのかもしれない、先に何でもないように口を開いたのは新平くんだった。


「腹減ったな」


 ……生憎、私はそこから話を広げるほどのコミュニケーション能力を持ち合わせていなかった。この時なんて言うのが正解だったのか……? 何かを言おうとして、やっぱり特に思いつかなかったので黙ったまま。

 でもその時私は顔を上げたので、そのタイミングで新平くんと目が合った。


「お前は……ちょっと痩せたよな。ちゃんと食ってんのか?」


「――え……と、そうですか……?」


 新平くんがじっと私を見つめている。――寒さが、一気に吹き飛んだような気がした。頬の熱……いやこれは、ここで失神しなかった私を全力で褒めてあげたい。


 二ヶ月間、私は我慢をしていたのだ。推し活の封印を――推しを感じるための供給を。忘れようと努力して、それは案外上手くやれていたと思っていたのに。

 こう、真っ直ぐに推しがその眼差しを向けてくるなんて、今の私にはそれだけで大ダメージだった。


「年越し蕎麦は食ったか?」


「カップ麺のなら……」


「……風情がねぇな」


 呆れたようにして言われてしまった。いや、でも私が買ってきた訳じゃないし。


「お母さんが買ってきてくれたので、一緒に食べました。もし事前に帰ってくるって連絡があれば蕎麦くらい茹でたんですけどね……」


「母親帰ってきてたのか?」


 ……そう言えば、もうずっと前に私の家庭事情を話してたんだっけ。詳しくは言ってなかったはずだけど私が実質一人暮らしだってことは新平くんも知ってたんだ。

 でも、その話をしたのだって随分前のはずなんだけど……覚えててくれたのか。嬉しいような複雑な……。


「それはもう突然に、昨日の夜フラッと。でも今朝起きた時にはもういなかったんです……まさに神出鬼没ですよあの人……」


 お母さんの話をしていると思わずため息が零れた。何だか頭痛もしてきたのでこめかみを押さえる。冷静に考えて、第三者視点で見た時にあのお母さんはあまり褒められた母親じゃないのは間違いないんだよね。……しっかり生活費を渡してくれるだけまだちゃんとしてるとは思うけどさ。


「カップ麺だって私は普段そんなに食べないんですよ。でも私が知らない間に帰ってきてるらしいお母さんがいつもこっそり食べてるみたいだから、仕方なく備蓄としていつも家に置いているだけなんですからね」


「何だ? ちょこちょこ帰ってきてんのか。でもお前、普段母親と会ってないんだろ?」


「うーん……」


 ……思わず、軽く最近のことを話してしまった。お母さんが毎週火曜日と金曜日の夕方に帰ってきているらしいこと、なのに顔を合わせたのは夏休み以来だったこと。


 本当は私、誰かに話したかったのかもしれない。愚痴にはなってしまうけれど、私の胸の内に抱えるこの小さな不満を。……先生やトラ相手だと余計な心配させちゃうと思って、何だかんだでこうして誰かに話すのは初めてだった。


「ほーん。でお前、母親の身体を心配してんなら自炊でもすりゃいいじゃねぇか」


「……自炊……ですか? いや……料理は今まであんまりやって来なかったからな……冷食に頼りっきりで」


「自炊したほうが案外食費も抑えられんだぞ。これを機にやってみんのも悪くねぇと思うぜ? で、家にカップ麺置くのはやめとけ。毎週火曜と金曜って分かってんならその日までに作り置きでも用意しときゃいいんだ」


 ……新平くんの口から出た思わぬアイデア。そうか、自炊……うん。あまり自信がない。でも……確かに新平くんの言う通りかもしれない。


 お母さんの健康を考えるなら、カップ麺はやめさせるべきだ。それに私にとっても生活を改めるいい機会なのかもしれない……とは言え、やっぱり自炊は今までやってこなかった分自信はないけれども。食費とかのこともあるし、この選択肢が自分の中になかったって訳じゃないんだけどね。


「やってみると楽しいもんだぞ、料理は。慣れちまえば簡単さ、大丈夫だ」


 新平くんの言葉に背中を押されたような気がした。流石はお兄ちゃんと言うべきか、こう言うことには説得力がある。


 ――そうかあ。頑張ってみようかなあ、自炊。


「……さっきも言ったが、ちゃんと食ってるか心配になんだよ。元々痩せっぽちだったってのに、ちょっと見ない間にもう一回り小さくなったような気がすんだ、お前。何か嫌なこととかあった訳じゃないよな?」


「ええっ? ……い、いや。特にないはずですよ……変わりなかったですし。そんなに痩せたように見えます……? それなら寧ろラッキーっていうか……」


「……それとも何だ。あれか、俺……お前に何か失礼なこと言ったりしたか?」


「――えっ!?」


 ――突如、新平くんの声のトーンが変わった。彼の視線は宙に投げられている、だから私と視線が交わることはなかった。

 けれどその横顔からでは新平くんの心情を読み取ることができなくて、私はあからさまに狼狽えてしまったと思う。すぐに、このままでは変に誤解を与えてしまうと気がついた。


「最後に会ったの文化祭だろ? あん時お前、あの馬鹿共に絡まれたりしてて大変そうだったしよ……そもそも俺が誘ったりしなけりゃあ、」


「違う違う違う、違います! 新平くんは何ッにも悪くないですから、あれは! 私が勝手に――」


 私が勝手に思い込んで、思い詰めて、一方的に避けただけ。そのせいで逆に彼を悩ませる原因とさせてしまった。――これじゃトラが懸念していた通り、そのままじゃないか。


 その先何と言ったらいいか分からなくて咄嗟に言葉に詰まる。少し声を荒げてしまったのちに黙り込んだ私を、新平くんは目を丸くして見つめていた。

 ここが人混みでよかったと思う。道行く人は私たちを気にも留めていないし、私の声がこの場に響き渡ることもなかった。ただ、新平くんだけが私を見ていた。


「……すみません。正直に言うと……」


 色々考えたけれど、結局この沈黙に耐え切れなかった。言い訳を考えていたのだ。……でも、ここは正直に話すべきだと思ったんだ。ただ何も思いつかなかっただけでもあるのだけど。


「私みたいなあまりにも普通な奴が、新平くんみたいな……みんなの憧れの人と一緒にいるなんて烏滸がましいって思ってたんです。私はただバイトが同じだった他校の他人です。元々、あのバイトが同じでなければ関わることもお話することもなかったような……私はそれくらいのモブキャラ(人間)ですから」


 この本音に少し付け足すと、キャラクターの幸せ――ハッピーエンドがヒロインと結ばれることならば、私にはそれを邪魔することは許されない。そう思っていたから私は新平くん(キャラクター)へ一線を引いたのだ。


 流石にゲームのことについては語れない。でも、この内容こそ私の本音だった。新平くんもこれで私が『面倒な奴』って理解できたはずだ。

 私はゲームを通して彼というキャラをよく知っていた。とても優しい人なのだ。だから、私みたいなモブにも情を抱いて接してくれていたのだろう――と、私はそれを分かっていたのに、この優しさに甘えてしまっていたのだ。


 話し切ったところで、この先何と言えばいいか分からなくて再び黙り込む。本音を見せてしまった恥ずかしさと気まずさのせいで新平くんの顔を見ることができなかった。


 けれど、新平くんはそう長くない沈黙のあとに言った。


「俺とお前が関わることに何の問題があんだ?」


 ――視線を戻す。新平くんは横を向いたまま、でも目線を私に向けたまま続けた。


「そりゃ、バイトが違ってたら関わることもなかっただろうな。けど俺らは実際出会って関わった。人と人との縁ってそんなもんだろ、そんな難しく考えるこたぁねぇ。そもそも、だ」


 新平くんはやや早口にそう言うと、そこで一旦言葉を切った。そのまま組んでいた腕を右腕だけ解いて、自身の耳たぶに触れる。寒さのせいか新平くんの耳元が若干赤かったような気がした。


「お前は何だか俺がすげぇ奴のように言ったが……俺は至って普通の人間だ。で、お前も普通の人間なんだろ? だったら別にいいじゃねぇか。今までもこれからも『友達(ダチ)』ってことで」


 最後の辺りで新平くんは顔を背けてしまったので、その時の表情を窺うことはできなかった。――でもそれでよかったかもしれない。私の顔はくしゃりと歪んでいたからだ。


 前にも新平くんにはっきりと『友達』と言われたことがある。何故だろうか、初めてじゃないのに胸が高鳴ったのだ。……嬉しかったんだと思う、私は。新平くんとまだ(・・)友達でいれたことを確認できて。


 すぐに、新平くんは一つ咳払いをした。再び視線が私へ向けられたので今度は私が顔を逸らしてしまった。……大丈夫、この寒さだ。頬の熱はすぐに冷めるはず。


「それとお前。もっと砕けろよ、ダチとの会話だってのに堅すぎる。呼び方もさっきのままで構わねぇぞ」


「――――え」


「大体なぁ、俺ずっと気になってたんだぞ。俺もキョウも名字は同じなのに俺だけ名字呼びなのは可笑しいだろ? ……それに俺らは敬語を使うような間柄でもねぇだろ。もっと砕けてくれたほうが、俺も接しやすい」


 ちょっと待って。私……さっき、新平くんのこと『名前』で呼んでいた?


 そうだ。私は何気にこの『名字呼び』を気にしていた。何故ならゲームにおいて攻略キャラクターに対する『呼び名』は現状の好感度によってキャラクター毎に許容範囲が設定されていたからだ。


 新平くんが優しい人なのは当たり前なんだけど、見ての通り第一印象はぶっきらぼうだ。実際好感度が低いままだと冷たい態度を取られることが多い。だから、初めは必ず『名字呼び』なのだ。

 それが『名前呼び』を許されるようになるまでは、新平くんの場合は結構な好感度を積む必要があったのだ。知り合い程度では駄目で、ある程度の友情以上の好感度がなければ許されない。――逆に、恭くんなんかは初めから好感度が高いキャラなので初めから名前呼びだ。ゲームではこの対比も中々に描かれていたと思う。


 ……と、まぁ、そんなゲーム知識のことは置いておいて。私は新平くんから名前呼びを許された、つまりは……ある程度の友情以上の絆が育まれている、と言うことで。


「わ、私が……私なんかがいいんですか……?」


「――だから、そう卑屈になんじゃねぇ。ほら敬語とってみろ、ほら?」


「待っ……いきなりは無理で……!」


 私は何かを言おうと思ったけど、次の瞬間にはまた何も言えなくなってしまった。――新平くんが笑顔を見せたからだ。


 普段は眉間に深い皺があって、口は固く結ばれていて、目つきも鋭い新平くんが――綻ぶような、向日葵のような、心の底からの笑顔を私に向けていたのだ。

 彼のこんな表情はゲームでも見たことがなかった。いつだって新平くんはニヒルで、切なげで、優しい微笑みくらいしかスチルでも描かれていなかったから。


「あっはっはは! まぁいいさ、少しずつ慣らしていけよ。俺も急かしちゃまずいってこのみくじ(・・・)にも書かれてたしなぁ」


「お……おみくじ?」


「おう、『慌てず心をつかめ』――だとよ」


 新平くんはポケットに入れていたおみくじを再び取り出すと、チラリと中身を確認するようにしてからまたすぐにポケットへ戻した。やけに満足気なので、信じてないとか言いつつ何だかんだで大吉なのが嬉しかったのかもしれない。……そのギャップも好きだなあ、と純粋に思った。




 慌てず心をつかめ、か。……あれ? でも、このおみくじに『友情運』って書かれてたっけ?


 人垣を何とか一人で潜り抜けてボロボロになった恭くんが戻ってくるまで、私はそんなことを考えていた。

 恭くんも変に笑顔な新平くんを怪訝そうに見ていた。でも正直、私にも何が彼をそんなに笑わせたのか分からないままだった。


 ――結局その後、二人が私を家に送り届けてくれるまで、新平くんは何故かずっと一人で楽しそうにしていた。……そんなに大吉が嬉しかったのかな……?

〈おまけ〉

三人+αのおみくじ結果


●詠

結果:吉

 学問・・・早目に目標を定めよ

 健康・・・少し改善が必要

 恋愛・・・受け入れることが肝心

(ちなみに……)

 凶が出てもあまり気にしない。

 都合のいい結果だけ信じる。

 でも生活習慣は改善しようと思った。


●新平

結果:大吉

 学問・・・安心して勉学せよ

 健康・・・気遣いなし 信心せよ

 恋愛・・・慌てず心をつかめ

(ちなみに……)

 神頼みはしないし信じない。

 でも大吉は嬉しい。内容は都合よく解釈する。


●恭

結果:末小吉

 学問・・・備えるが吉

 健康・・・我慢は凶、医者に見せよ

 恋愛・・・誠意にこたえよ

(ちなみに……)

 初詣には毎年必ず行く。

 結果がその年のモチベーションになっている。

 基本的にはポジティブに解釈する。



●佐藤先生(あとで引いたらしいです)

結果:中吉

 学問・・・努力すればよろし

 健康・・・信心で平癒す

 恋愛・・・相手の心を見よ

(ちなみに……)

 今まで大吉以外の『〇吉』しか出たことがない。

 結果は基本信じないが、悪いこと書いてあると凹む。

 自分からはあまり引かない。その場のノリ。

 ※今回は神主さんに強引に勧められて引いたようです

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