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初日の出を拝んだあと、私たちはその足で神社へと向かった。距離で言えばそう遠くない。特に会話が弾む間もなくその目的地へ辿り着いた……のだけど。
当然ながら神社は参拝者で大賑わい。分かってはいたけれどすごい人の数だ。
「こんな朝早くから殊勝なこった」
長蛇の列を眺めて新平くんがぼそっと呟く。そうだ、人混み苦手なのに大丈夫なのかな? ……大丈夫な訳ないか。明らかに表情が強張ってしまっている。
「ね、取り敢えず並ぼう? きっと並び始めたらあっという間だよ、いつもそうだもん」
新平くんとは対象的にノリノリな恭くんに手招きされて、私たちもその長蛇の列に加わることにする。確かに進みは早い、それにどんどん私たちの後ろに列が加わっていく、これがこの街の初詣か。
――この神社は、私もゲームの知識によって知っている。
初詣イベントは一応デートにカウントされ、この時点で一番好感度が高いキャラからお誘いがあるというシステムだ。
このデートに関しては三人デートは不可能で、ただ一人との唯一無二のイベントとなる。……だからつまり、結局今の状況は私にとって未知のイベントであるに等しいんだけどね。
空もすっかり明るくなって、参拝者も皆口々に連れ合い同士で話に花を咲かせている。
ここで無言なのもどうかと思って、私も二人に話を振ってみることにした。
「お二人とも、何を願うか決めました?」
やっぱり初詣と言ったらこの話題かと思って聞いてみる。まず、恭くんが「もっちろん!」と元気に返してくれた。
「俺は毎年固定だからね。無病息災、健康祈願! 御朱印も買って帰らなきゃ。お守りはちゃんと鞄につけてるんだよ」
……言われて思い返すと、確かに恭くんは普段使いの鞄にお守りを括り付けていたかもしれない。
直近の記憶だとつい先日に会った時に持っていた鞄、あれにもお守りをつけていたと思う。でも、私の記憶の中にある恭くんの立ち絵――確かにあれにも、恭くんの鞄にはお守りがついていたような気がする!
「俺は昔から体調を崩しやすかったからさ、少しでも神様の力は借りておきたいじゃない?」
「それって本当に効果あんのか? お前が毎年神頼みしてんのは知ってるがよ、それでも毎年熱出して寝込んでるだろ」
「それは……そりゃ神様だって完璧じゃないでしょ? こう言うのは気持ちが大事なの!」
そうだった、恭くんは『病弱キャラ』設定だった。……そうか、だからお守りをつけていたのか。
制作陣のこだわり。それを今初めて知った、私は一人で静かに感動していた。……恭くんというキャラを私がよく知らないのもそうだけど、やっぱりこの世界はゲームで知っていたことが全てじゃないってことで。
新平くんに関しても私が知らない設定やエピソードがたくさんあるような気がする。
思わず、隣に立つ新平くんの顔を見上げてしまった。
「ってか、シンペーはどう言う心境の変化な訳? 神様とか信じてないんでしょ? 今まで誘っても絶対に初詣とか来なかったのに」
「あァ? 別にいいだろが、俺が来たって」
……そうなのだ。新平くんが今まで初詣に来たことがない、というのは私も知っていた。
先の発言の通り、彼は神様などのスピリチュアル的なことは一切信じておらず神頼みもしない主義。だからこそ初詣デートでは新平くんからのお誘いの時に「いつもだったら絶対に行かないけどお前と一緒なら行く」というシチュエーションが出来上がるという訳なのだ。うーん、好き。
「何だ……あれだ、暇だったんだよ。いつもだったら日の出だけ見て満足して、そこから二度寝すんのが正月なんだがよ。今日は何となく目も冴えてるし、家帰ったって何もすることねぇだろ?」
「本当に〜? でも俺が家出るって時、俺が茂部ちゃんの名前――」
「何でもいいだろ!」
恭くんが話してる途中で、新平くんは恭くんの口を押さえつけた。と言うよりあれは顔を鷲掴んだ感じだ……恭くんの顔の小ささを称えるべきか、新平くんの手の大きさを称えるべきなのか?
それより私の名前が聞こえたような気がするんだけど……何となく口出しできる雰囲気じゃなかったので黙っておくことにした。すると、ぱちっと新平くんと一瞬目が合った。……すぐに逸らされてしまったけれど。
「だったら俺は今年はこいつのお喋り癖が減るように願掛けしてやるよ。それでいいだろ」
「――っ、…………!」
未だ顔を押さえつけられている恭くんが少し可哀想になってきた。だけど確かに、恭くんは喋り過ぎだと私も思う。だから横槍は入れないでおこう。
「で、お前は神サマに何お願いすんだよ?」
「……私ですか……」
聞かれて少し考える。そうだなあ、そう言えば自分のことはあんまりよく考えていなかった。
正直言って願い事なんてものはないんだけど、そうだな。
「決意表明でもしようかな……って、少し前ならそう言ってたかと思いますが」
「決意表明? 何のだ?」
「ん……それはちょっと。でもそれはやめておくことにします、と言うよりその決意はもうなくなっちゃったので」
――新平くんのことを忘れる。関わらない。
そんな私の決意はつい先程あっさりと消えてしまった。ここでまた決意表明してもきっと無理だ、それをすでに悟ってしまった。
……こうして話しているだけで、そんな決意は私にとって絶対に無理なことだと自覚できてしまうのだ。
だったらそれは最早無意味だった。
「だから今回は質問をしてみようかと」
「……質問ン? 神にか?」
「はい、神様に」
「何だって神に……一体何聞くつもりなんだよ?」
それは勿論――この世界のことについて、だけど。
そもそもこの世界に神様って存在してるのだろうか。この世界の神様……となると、シナリオライター? イラストレーター? ゲーム制作に関わった全てのスタッフ? 原案者?
それとも本当に超常的な何かが私を転生させたのか?
……でも新平くんには話せない。だから私は小さく微笑んで、そしてきっぱりと言い切った。
「それも秘密です。まあ、お参りは人それぞれですから」
新平くんはそれからも何か言いたそうだったけど、それ以上は何も聞かないでいてくれた。
やっと新平くんの手から解放された恭くんはしばらく新平くんにキレ散らかしたりしていたけど、そうこうしている内に参拝の順番が回ってきた。恭くんの言った通りあっという間だったなあ。
二礼、二拍、一礼。それから瞑目して、私は心の中で呟く。
神様、どうして私はこの世界に転生したのでしょうか。
と言うか、何でこの世界は転生者だらけなんですか。
原作キャラの心情は少しでも考えたんですか。
――当然だけど、返答なんてなかった。