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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
一章〈推しと同じ空気を吸いたくて〉
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 彼のことで私の頭は常に一杯だった。


 前世の自分について覚えていることは少ない。確かこのゲームを知ってプレイを始めたのは高校生の頃だった。それからしばらくして……私、死んだんだっけ? その辺りが曖昧だ。

 でも私は前世でも推しを、新平くんを愛してやまなかったのだから、どのような死に様であれ私は死の間際まで推しのことでも考えていたことだろう。


 今世でモブキャラとして生を受け、こうして前世の知識を思い出したところでよりその感情はリアルになったように思う。

 前世では推しが画面の向こう側だったけど、今世では現実に推しが存在しているのだ。まあ、アイドルとかモデルに湧くファンのようなもの。前世よりは健全な状態かもしれない。


 実際推しを目の前にするともう何も考えられなくなるものだと思っていた。アルバイトを初めて早二週間、週に四日ほどの頻度で新平くんと会っていると、初めの内はやっぱり心臓が破裂しそうな勢いだったし何ならちょっと鼻血も出た。


 だがしかし、人間はやはり同じ環境下で過ごし続けると『耐性』と言うものが付与されるらしい。

 新平くんとシフトが同じ日、同じフロアで同じ空気を吸っている分には大分平静を保つことができるようになった。ただ、視界の中に正面顔がばっちり映ると駄目だ。頭の中が沸騰してしまう。


 またこうして何気ない時に推しのことを毎日思い浮かべるというのも日常だったが、アルバイトという接点ができたお陰である程度は日常生活を送っている間は他に目を向けることができるようになってきた。

 高校生本来の仕事は勉強。テストとかもあるし、授業はちゃんと聞かないと。赤点取ったら補習でバイト行けなくなっちゃうからね。


「茂部ー!」


 ……と、学校が終わり帰ろうと校門を抜けた時、後ろから私の名前を叫んだ人がいた。

 この声は知ってる。私よりもモブ力の高いあの先生の声だ。


「佐藤先生?」


 上下黒ジャージに身を包んだ佐藤先生が、軽快な足取りで校舎から私の元まで駆け寄って来た。細身でヒョロっとした印象だけど案外運動神経は良い方なのかもしれない。


 先生は私の目の前で立ち止まると、何やらポケットから何枚かの紙切れを取り出した。


「ちょっと頼まれて欲しくてな? こいつは再来週の土曜日に公演されるイベントチケットなんだが」


 そう言えばこの街にはそれなりに大きなイベントホールがあった。定期的に色んなパフォーマーが訪れたり、アート店だったりを開催して盛り上がっている。確かゲームでもデートスポットの一つだったかな。


「えーと……すごくたくさんありますね?」


「おう、ちょっとな。お前バイトやってるだろ? これ、バイト先で布教しといてくれないか。まあイベント来れなくても、チケットばら撒くくらいで構わないからさ」


 そう言って渡されたチケットは……おっ、多い。三十枚くらい? バイトの先輩方全員に渡したとしても全然余っちゃうなこれは。一人に三枚くらい渡せば丁度だけど、週末にイベント行く人なんてこの地元であんまりいないからなあ。


 それにしても意外な人から意外なものを貰ってしまった。……貰ったと言うか押し付けられたと言うか。そんな感情が顔に出てしまっていたのか、先生はちょっとだけ申し訳なさそうに続けた。


「今度のイベントやる奴、知り合いって言うかなんて言うか……集客を頼まれちまってな。一応今後続けていくためにノルマみたいなのがあるらしくてよ。……あ、ちなみにサーカス劇団なんだが、中々見応えあるぞ? 暇なら来てくれよな。悪かったな、こんなことで呼び止めちまって」


「いえ。ありがとうございます、時間合えば全然私行きますよこう言うの。人集まるかは分かりませんけどチケット配っておきますね。先生も頑張ってください」


 私は見ていた。先生が最初ポケットから出した、輪ゴムで留めたチケットの束は軽く百枚以上あったはずだ。そこから私に渡した分は半分にも満たない量だ。つまり、まだまだ先生は布教を続けなければならないことだろう。……大変そうだな。


 私は少しばかり張り切っていた。……これ、新平くんに話し掛けるチャンスが到来したのでは? 先生ナイス!


 早速今日のバイトが普段の数倍楽しみになってきた。




 ・・・ ・・・




「西尾くんのシフトは明日だよ」


 ガッデム。

 こう言う時に被れないのがモブの運命力だった。取り敢えず私は平静を保ちながら「そうなんですね~残念~チケットあるのにな~」とか言いながら先輩たちにチケットを配った。みんな微妙な反応だけど、ちゃんと受け取ってくれるんだから優しいよね。


 それにしてもまだ余るや余る。あと十枚くらいかな? もう適当にレジの時にでもお客さんに渡しちゃおうかな。でも自分の分は取っておこう。先生に言ってしまった以上、再来週の土日にバイトが重ならない限りは行ってみようと思っているから。


 ……しかしまあ、更に不運と言うか今日に限って普段より客の出入りが少ない。たまに人が訪れても先輩がすっとレジに入ってしまうので私はちまちまと品出しに努めていた。

 モブの運命力が憎い……どうしてこんなにも間が悪いのか。


 平日のホームセンターは年配の人が多く来店するイメージだ。品出ししてるとふらっと現れ特に買い物もしないおじいちゃんとかがよく話し掛けてくるものだ。

 そんなおじいちゃんたちに私はさり気なくチケットを渡してみる。おじいちゃんはみんな喜んで受け取ってくれた。ちょっとだけ心が温まる……。


「見てよシンペー、クソデカソファ! 俺これがいいな!」


「馬鹿っ騒ぐな! ガキじゃねえんだからよ……!」


 ぼふっ、と言う効果音。それに伴って聞こえたやたらと良い声の二人……ん?


「ねぇ、バイト割引とかで安くならないの? このソファ十二万もするんだけど、やばくない?」


「あーもう、俺あんま知り合いに見られたくねえって言っただろうが……下りろ馬鹿。そいつは売りもんだ――――あ」


 ばちっと目が合った。


 推しがいた。


 気怠そうな私服の新平くんが家具コーナーに立っていた。


 ――私、意外と運命力ある?


 何と言う幸運だろう、シフトは被らずとも客として訪れてくれるなんて。いやしかし、このタイミングで目が合ってしまったのは果たして大丈夫か? 新平くん、めっちゃ気まずそうにしている。バイト先に客として来たのが恥ずかしかったのだろうか。


 ついっと視線を横へ流すと、そこにはもう一人。売り物として展示しているちょっと高めなソファにダイナミックダイブしている青年がいた。

 ……あぁ、知ってる。この見目麗しい青年、私の曖昧な記憶の中でも大きな存在感を示していた彼だ。


「ん? シンペー知ってる人?」


「――いらっしゃいませー」


 と、私はその彼と目が合う前に何も見ていない素振りを見せながら逃げる。

 何となく彼に認知されるのは嫌だった。ゲームで新平くん以外を攻略したことはなかったけど、この彼のことはよーく知っている。


 雪のように白い肌。吹けば飛んでしまいそうな細い身体。少し彫りの深い顔立ちは人形のように美しく、栗色の髪が更に儚さを加速させている。

 新平くんとはまさに正反対の印象を受ける彼。

 彼こそが――


「あっ、待って待って? ねぇ、君って高校生でしょ? 多分俺と歳近いよね。――あのさ、俺と友達になって? 俺は西尾(きょう)、姫ノ上学園一年生! よろしくね!」


 ――西尾兄弟、弟。新平くんの義理(・・)の弟であり、ゲームの『ほぼメインヒーロー』の称号を持つ攻略キャラの一人。


 『約束』の王子こと、西尾恭。


 人気投票では不動の一位を誇るビジュアル、彼に関するシナリオも甘く切なく引き込まれる。乙女の夢をぎゅっと詰め込んだかのような完璧のヒーローこと西尾恭。……私は彼のルートをプレイしたことないけど。


 ただ私が彼をよく知っているのは、それは彼が新平くんの弟であり新平くんのルートにおいても彼はとても大きな役割を果たす存在であるからだ。

 ――このゲームの私の嫌いな部分がここにあり、私は彼が少しだけ苦手だった。


 その理由の一つがこう、ぐいっとくるのだ。


「っ、おい……」


「お願い! 俺、友達千人つくるのが今の目標なんだよね。姫ノ上の人たちは中学の頃にもう友達になってる人がほとんどだし、物理的に数が足りないんだ。君って姫ノ上じゃないでしょ? どこの高校なの?」


「いい加減にしろこのバカタレ!」


「っだァ!?」


 ……私は一切言葉を発していないし、反応もできなかった。ただ、確かにちょっと困っていたのは事実だ。

 目の前でイケメンがイケメンにマジのゲンコツ食らうのは衝撃だったけど、助かった。

 新平くん助けてくれた、んだよね?


「ったく……悪ぃな。この馬鹿が」


「えっ!? いや、いえ! 何かお探しでしょうか! 今日はお客様なんですよね!」


 新平くんがぼそりと代わりに謝ってくれる。右手一つで抑え込まれている恭くんのうめき声が気になるけど。


 何気に、新平くんがこうして私に話し掛けてくれたのは初めてかもしれない。って言うか目が合ったのが初めて……耐え切れなくて私がすぐ逸らしたけど。


「引っ越したばっかりで家具とか何もないからさ、今日はソファ選びに来たんだ。シンペーおすすめ教えて……いや、やっぱいいや。君!」


 私の質問には新平くんの右手から逃れ、頭を抑えながら恭くんが答えた。


「茂部ちゃん!」


 ん!? ……私の胸に付けた名前プレートを見たのか。ドキッとした。流石のコミュ力の高さ、こう言うの久しぶりで私も狼狽える。


「二人暮らし高校生男子の部屋。二人で使うにはどれがいいと思う? お値段との兼ね合いも考慮してさ」


「二人で? ……そうですねえ。二人用かあ……長ソファってお値段張りますし、シン――ンン、西尾くんと並んで使うってなるとかなり窮屈になっちゃうんじゃないでしょうか。なので、長ソファ一つ買うよりシングルソファを二つはいかがです?」


 聞かれたので真面目に答えてみる。途中新平くんをさらっと名前呼びしそうになって危なかった。

 恭くんは微笑みつつ相槌を返してくれる。話は一方的な節があるけど本当に聞き上手で、何より気さくで私も話しやすい。新平くん相手じゃないので私の心拍数も平常だ。ちょっとは緊張してるけど。


「そうだよねー、シンペー無駄に身体でかいからさぁ。ほらシンペー茂部ちゃんにも言われちゃってるよ? 厳ついって」


「厳ついんじゃくて逞しいんです! ……あ。いや、素敵です! ん?」


「え?」


 やば。反射的に大変なことを口走ってしまった気がする。これには恭くんも拍子抜けな顔を……やばい。やばい!

 一気に頭に血が昇る感覚があって、多分私の顔は今真っ赤で……こ、こう言う時は逃げるに限る!


「それじゃごゆっくり! お選び! ください!」


「……あれ? ちょっとー?」


 くるっとUターン、スタッフオンリーの倉庫に駆け込む。

 大丈夫か? いや大丈夫じゃないな、私が。思わず叫んでしまった……。


 ――新平くんの弟、恭くんは一番人気のキャラで、それ即ち新平くんよりも人気だと言うこと。

 それが原因で私は恭くんに対して変な対抗心を燃やしているところがあるのかもしれない。だって……だって! 新平くんのルートにおいて恭くんがあまりにも出しゃばるから!


 ……ちょっと落ち着こう。いかんいかん、私情が前に出てきてしまうの何とかしないと。

 ゲームでは正直私は『西尾恭』があまり好きではなかった。けど、現実に生きる彼とは一旦切り離して考えないと……。


 ……あれ。さっきの私の発言、新平くん聞いてた?

 って言うか目の前にいた?


 あ、もしかして終わった?




 ◇ ◇ ◇




「さっきの子さ、地元の子じゃないよね? 中学の頃から見たことないし。下の名前なんて言うの?」


「……人の顔と名前一々覚えてねぇよ」


 詠が逃げ去った後、イケメン二人組こと西尾兄弟の弟・恭は相変わらず商品であるソファの一つに腰掛けている。新平はもうそれを咎める気はないらしい。


「ただ、高校は駒延だったはずだ」


「へぇ、駒延。……の割に真面目そうな子だったね。うん、悪い子じゃないよ。シンペーのこと褒めてたし?」


「褒めっ…………くだらねぇ。ほら立て、さっさと買い物済ませんぞ。家まで担いで帰るんだから、あんま遅くなりたくねぇって言ってたのお前だろ」


 くるりと背を向けてそう言う新平の背を眺め、恭はにやりと含みのある笑みを浮かべた。

 長年共に過ごしてきた弟の彼は知っている。これは、新平が少なからず照れた時の反応だ。先程の彼女の発言、案外満更でもなかったらしい。それに彼女の助言通り彼の視線はシングルソファへと向けられていた。


「シンペー。さっきの子が落としてったこれ、明日にでも返してあげたら?」


「あァ? ……チケットだァ? 何でこんなの……いや、何だこれ。多くねぇか?」


 詠が足早に去って行ってしまった間際、彼女のポケットから舞い落ちた十枚ほどの紙切れを恭は拾い集めていた。

 どうやら再来週のイベントホールのチケットらしい。変なものではないが、確かに数が多い。


 二人がチケットを手に唸っていると、通りかかった従業員の一人が新平に話し掛けた。彼にとっては職場の先輩にあたる。


「それね、茂部さんが配ってたよ。何か頼まれちゃったとかで。僕も二枚くらい貰ったけど……大変そうだったなぁ」


「それじゃこれ、みんなに配ってるんだ?」


 チケットの束を手ににやついている弟を見て、新平は直感的に彼が何かを企んでいることを悟った。


「変なこと考えんじゃねえぞ」


「あっ!」


「これは明日俺があいつに返しておく」


 恭の手からチケットを半ば奪い取るようにして、それをポケットにしまった。それから話は終わりだと言う風に商品棚を吟味し始めたので、これ以上続けるのは野暮だと感じた恭は思っていたことを彼に聞こえない声量で呟くことにした。


「別に今返しに行けばいいのにさ」


「何か言ったか?」


「何でもない!」

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