表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
三章〈推しは推せる時に推せ〉
39/130

「身体あっためようと思って走ったんだけど、そんなに変わんなかったな……あー寒い寒い!」


「おーお疲れさん。ほらよ」


「ありがとシンペー。うん、あったかいね! ……あっ茂部ちゃんおはよう! 今年もよろしくね!」


 ついさっきも電話越しに会話したはずなんだけど、恭くんは改めて私にそう言って頭を下げてくれた。私も慌ててそれに返す。


 思わず、数日前のあの痛々しい姿を思い出してしまったけれど。でも今の恭くんにそんな素振りは一切なかった。新平くんの前だから、っていうのもあるのかもしれないけど。微糖の缶コーヒーを受け取る恭くんはいつも通りの、あのキラキラした笑顔を浮かべていた。


 とりあえず元気そうでよかった。……そして、新平くんと恭くんが並んでいるのを見て……いやこれも久しぶり過ぎて、この顔面偏差値の暴力への免疫がかなり落ちている今はかなり心に来る。

 ちょっとだけ見え張ってお母さんの高そうなコート借りたけど、これはちょっと私じゃとても釣り合わない。


 それに何より、だ。

 ――新平くんがいるなんて聞いてない訳で。


「ってお前これ、母さんの手編みのやつじゃねぇか! この前買ったやつどうしたんだよ!?」


「え? いやだってこっちのほうがあったかいじゃん。それに母さんがせっかくクリスマスにプレゼントしてくれたやつだよ?」


 混乱している私を他所に二人は緩い会話を繰り広げたりしている。いや和む、和むんだけど。


 どうやら恭くんはひとっ走りして自宅へ引き返したようで、その腕にはマフラーを二つ抱えていた。

 どちらも毛糸で一つはワインレッド、もう一つはコバルトブルーとこれまた対象的な色合いだ。


「あっそれより二人とも。早くしないと日が昇る時間になっちゃうよ! 早く行こう行こう!」


 そうだ、もう数十分後には朝日が昇る時間になるだろう。その証拠に辺りは案外明るくて、こうしていてもお互いの顔ははっきり分かる。


「……えと、どこに向かうんです? 私、この街で年を越すのが初めてなので……初日の出を拝むスポットでもあるんですか?」


「穴場があんだ。まァ着いて来いよ」


 にやりと笑みを浮かべながら言った新平くん。その隣で何故か恭くんも誇らしげな表情を浮かべている。


 正直言って、私は戸惑っていた。当然この状況にもそうなんだけど、ゲームで『初日の出を見る』というイベントは用意されていなかったはずだから。


 いや、もしかしたら新平くんや恭くんのルートには存在していないだけで、他の攻略対象キャラにはスチルが用意されていたりするのかな。

 ……とにかく、正月イベントとして『初詣デート』があったのは記憶しているんだけど、こんな朝早くに誰かから電話が掛かってくるなんてこともなかったと思うし。


 だから思い当たるようなデートスポットなどは私にはないのだ。でも、この二人の様子を見る限りどうやら自信があるようで。


「ってか、お前マジで寒そうだな……ちゃんと中にも着てんのか? 女は冷やすと良くねぇって言うだろ。おいキョウ、そっち貸せ」


「わ……っ」


 新平くんはワインレッドのほうのマフラーを恭くんからぶん取ると、若干雑にそれを私の首元へぐるぐる巻きつける。


 そしてふと思い出した。そう言えば、冬にあるこの二人とのデートイベントで彼らはお揃いの色違いマフラーを巻いていた立ち絵があった。

 これって二人のお母さんが手作りしたやつだったんだ。手作りって、言われなきゃ近くで見ても分からないレベルの出来だと思う。お母さんすごく器用なんだなあ……。


「って違う、平気ですよ私! せっかく恭くんが取ってきたんですから使ってください!?」


 そりゃ寒いけど、新平くんの暖を奪うのは申し訳ない。

 しかしそうして慌ててマフラーを外そうとすると、目の前の新平くんはあからさまに不機嫌な表情を滲ませて私を見下ろしてくる。


「そんな寒そうな奴に言われても説得力ねぇしよ。いいから素直に使え」


「でもこれは私のじゃないですし……」


「あァ? じゃ、どうせ俺も使わねぇしお前も使わねぇなら恭に持たせて歩くしかねぇな」


「ええ!?」


 ……そんな感じで上手く言いくるめられてしまった。でも実際に新平くんはそんなに寒そうではないからいいのかな?

 仕方なく、大人しくそのままマフラーに巻かれることになった私を見て不機嫌そうな顔を直してくれたのはよかった。


 ただ、少し気になったのは。


「ふふーん、お揃いだね! 茂部ちゃん!」


「は、はあ……」


 恭くんがそんなことを言ったあたりから、また新平くんは不満げに表情を歪めていたことだ。な、何なんだろう?




 ・・・ ・・・




 ――私たちが住んでいる住宅地から少し歩いた、高台付近にある公園の方向。


 歩き出したあたりからその公園に向かうのかな、と思っていたけれど、二人に案内されたのは公園からは少し離れたとある場所だった。


「本当だ……全然人がいないですね!」


「だろ? ここは毎年穴場なんだよ」


 若干寂れた橋の上。近くに民家はあるけど、そもそもが人気の少ない場所なのだろう。

 公園付近の道路には車の路駐も見受けられるし、少し近づいただけで人で賑わっているのを感じた。それがこの場所は私たち以外に誰もいない、遠くの海まで見晴らしも良くて本当に穴場だ。……ここはゲームにも登場していない場所のはず、私も全く知らなかった。


「俺たち、昔から日の出はここで見てるんだよね」


「よく言う、お前は大体朝起きれなくて寝正月なのがほとんだろ。ここを見つけたのも俺だぞ」


「何だよぉ、でも実際に何回かは一緒に見てたでしょ?」


 恭くんが朝が弱いエピソードは私も知っていたけど、やっぱりその設定そのままなんだと知れてちょっとだけほっこりした。

 逆に新平くんはショートスリーパーなんだよね。全然平気そうだから今は大丈夫なんだろうけど、それでも睡眠時間短いって普通に心配だ。睡眠不足は生活習慣病の始まりでもあるし……何より新平くんの顔に濃いクマなんてできちゃったらますます人相が悪くなって人に誤解を与えやすくなってしまいそうだ。


 とまあ二人の会話に耳を傾けつつ、私はスマホ画面の時計をちらりと確認した。先程調べた日の出の時間はもう数分後だ。


 見晴らしの良いこの景色、空も広く見えてとても壮大だ。今が朝焼けが一番綺麗な瞬間なんじゃないかな、と思う。

 私はスマホで写真を撮ってみた。最新機種じゃないからカメラの性能もそんなに高いやつじゃないけど、それでもばっちり綺麗に撮れたと思う。……今日の記念として待ち受けにでも設定しようかと思って。


「お。撮れてんなぁ」


 ふと新平くんの声が耳元で囁かれて私は飛び上がりそうになった。……何とか我慢したけど。油断してた、変な声とか出なくてよかった……。


 私の右隣に立っていた新平くんがスマホの画面を覗いてきたのだ。身長差のせいで新平くんが屈んでいるから、チラッと横を見た時に推しの顔面が数センチ先まで迫ってきていて心臓にかなり悪い。


「太陽は直射できねぇからよ、カメラ越しに見んのも悪くねぇな。どれ」


 そう言って新平くんは自分のスマホを取り出すと、私が空へ向けてかざしていたその隣に手を伸ばしてスマホをかざし始めた。……な、何だこの構図は……一枚撮ったら満足したからスマホはポケットにしまおうかと思っていたけど、何となくこのポーズから動けない状態になってしまった。


「よぉし、俺も俺も〜」


 そしたら何故か、私の左隣に回り込んだ恭くんも私たちに並んでスマホをかざし始めた。三人が並んで同じ空をカメラに写しているという謎構図だ、何だこれ。


「……キョウ……お前何してんだ?」


「あっちょっと! 笑って笑って二人とも!」


 そして、声をかけられて視線を恭くんのスマホへ移すと……画面越しに新平くん、そして恭くんの二人と目が合った。


 恭くん、いつの間にやら内カメラにしていたようで。


「……あっ!? 待って待って、消してください!? 寝起きですごい間抜けな顔じゃないですか私!」


 ――しっかりと間抜け面な私を写真に収められてしまった。慌てて講義の声をあげる。……が、しかし、恭くんは満足げにその写真を保存していた後だった。


「ええ? 全然間抜けじゃないよ。いい写真じゃん!」


「駄目です! ただでさえ私だけ顔面偏差値低いのに!!」


「そんなことないよ! ほら見て、ちゃんと可愛いよ!?」


「可愛っ……んな訳ないじゃないですか、本気で言ってるなら眼科行ったほうがいいですよ!?」


 ずいっと見せられたこの写真、いややっぱり私だけ顔面が酷い。本当に嫌だ、二人の王子に挟まれたモブ顔……見るだけで自己肯定感がだだ下がりになる……!


 消してくれと交渉しようにも恭くんはかなりお気に入りの一枚のようで、消してくれそうな気配はない。……こうなったらあらゆる手を使ってでも消してもらうように攻めてみるしか……!


「おいおい静かにしろお前ら、一応民家が近くにあんだからよ。んなことより日の出見えてんぞ」


 しかし私が騒ごうにも、そう新平くんに宥められてしまってはこれ以上騒ぎ立てることもできなくなってしまった。


 諦めて視線をまた空へ戻すと、眩い閃光が水平線から顔を出し始めたところだった。目を細めて、改めてスマホカメラをかざしてみる。


 ぱしゃりと隣からシャッター音が聞こえた。新平くんだ、何枚か初日の出の写真を撮っている。……新平くんもこう言う写真を残す人なんだなあ。


 その長い指がスマホを操作するのを眺めていると、ふと新平くんのカメラも内カメラに切り替わる瞬間を見た。

 私は咄嗟に自らの顔面を腕でガードした。


「ななな何ですかまた撮るんですか!?」


「おお、待て待て待て。今度はちゃんと撮ってやるからよ、あっち向け。んでキョウも向こう見ろ」


 私が強めにそう言うと、新平くんは慌てたようにして一度私をカメラから外した。

 そして反対側、太陽に背を向ける方向を指差されたのでそちらを向いてみる。恭くんもつられたようにして振り返ったところだった。


 ――そして、再び新平くんの顔が迫る。


「よし。今度はちゃんとキメ顔しろよ? キョウももっと寄りやがれ、太陽も入れるんだからよ」


「はいはい、それじゃ失礼して」


 …………な。な、な、な……何という状況か。


 いや何だこれ、本当に何だこれ!


 右側には約束の王子が、そして左側には孤高の王子が。このご尊顔に挟まれ、今度は初日の出も一緒に写った記念写真が新平くんのスマホに収められた。


 二人からは同じ柔軟剤の匂いがした。それに加えて恭くんからは柑橘系の香りが、そして新平くんからは石鹸の香りがした。……そんなことが分かるような距離に、二人が私に迫っていたのだ。


 そんなに長い時間でもない、ほんの一瞬だ。新平くんはキメ顔しろなんて言ったけど、結局は何も考えていないような……というより何も考えられない、ただ呆けたモブ顔の女がイケメンに挟まれているという何とも滑稽な写真となってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ