表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
三章〈推しは推せる時に推せ〉
34/130

 正しくは恭くんからの好感度を下げる、じゃなくて――新平くんからの好感度が恭くんを上回る必要があるってことなんだけど。


 ただ以前にも述べた通り、新平くんと恭くんの好感度の上がり幅はリンクしていると思われる。それでいて初期好感度は恭くんが他の攻略対象キャラと比べても一つ抜きん出ているので、三角関係が発生し得る新平くんとのルートに入るには恭くんからの好感度を意図的に下げなければならない。


 ただ、一つ疑問なのが……灰原さんは新平くんのルートに入ろうとしてるってこと?

 ここだけの話、彼女は『逆ハーレム』ルートを攻めようとしているのだと勝手に思い込んでいた。勿論確証なんてないけど、どっち付かずな言動からして……いやでも、ほんの少しの間バイト先が同じってだけだったし決めつけるのは早計か。


「茂部ちゃーん?」


「あっ、ごめんなさい」


 考え込んでいると横から顔を覗かれる。少しびっくりした、造形の整った顔面が目の前に迫ると心臓に悪いな。


 私は一旦考えるのをやめる。ここで辺に恭くんに突っ込まれても返答に困るだけだし。


「私の家、あれです。ここまでで大丈夫ですよ」


「そうなの? ……ん? 家? どれ?」


「あれです」


「……家!?」


 毎度思うけど、そんなに目を張るレベルで我が家って廃れているんだろうか。新平くんも廃墟と間違えて素通りしようとしてたっけなあ。


 送ってくれてありがとう。そう言うと、我が家のボロ屋敷具合に呆気に取られていた恭くんだけど「こちらこそ!」と明るい笑顔を見せてから、一人今来た道を歩いて行った。

 遠ざかる背中を見送ってから私も家へ入る。……何だか予想外の出来事ばっかりだったけど、映画は面白かったし結果オーライかもしれない。


 ……まさか恭くんとまた会うことになるとは。

 自然と新平くんのことも思い出してしまって、少し切ない気分になった。




 ◆




 ――恭くんとのデート(?)はともかく、彼から聞いた話でやっぱり気になったのは灰原さんの動向だ。


 正直私はゲームのことを忘れて、ただの日常を過ごそうと努力しているところだった。……あの時、新平くんから離れようと決意してアルバイトを辞めた時から。


 トラと私が友達になったきっかけは同じく転生者という共通点があったけれど、トラもまた私と同じ考えを持つ転生者だ。

 だから私たちはよく会って話をするけど、ゲームについて触れたのはあの喫茶店での会話が最後。

 ……別にタブーって訳じゃない。ただ、何となくお互いに触れるのを躊躇っているような気はしていた。



 ――関わらないって決めたなら、本当はそれを貫き通すべきなのだろう。ヒロインがこの世界で何をしようが私には関係ないし、咎める権利も持ち合わせていない。


 けれど、駄目だった。どうしても気になってしまった。


「――もしもし、トラ?」


『お疲れ様、詠。バイトは終わったの?』


 私は、本当なら今日会うはずだった友達――トラへ電話を掛けると、開口一番、ストレートに切り出してしまった。


「灰原姫乃さん。彼女は、ヒロインだと思う?」


 突然の質問。電話口の向こうから小さく息を呑む声が聞こえて、数秒間の沈黙が下りた。


 そう言えば、トラは『ヒロイン』について話してはいなかった。そもそも灰原さんのことを知っているのか? ……まずはそこから聞くべきだったのかもしれない。

 ひとまず、訂正するべく私が口を開いた時だった。


『ヒロイン、の皮を被った存在ではあると思う。中身は恐らく転生者、私の見立てでは入学当初から記憶持ち。――詠も、あいつのこと知ってたのね』


 思っていたよりも数段落ち着いた、トラの低い声が聞こえてきた。感情を噛み殺しているかのような声色で、電話越しだから彼女が今どんな表情でそれを話しているのかを知れないのがもどかしかった。


「……前のバイト先で、一時期だけ一緒に働いてたことがあるの。邪魔するなって言われたこともある。私が転生者だとは知られてないと思うけど」


 ――それから私は、知る限りのこと全てと私の思いを打ち明けた。

 灰原さんが「私の邪魔をしないで」と言ってくるに至った経緯。そしてほんの数ヵ月で『ホームセンター』のバイトから『モデル』のバイトを始めたこと。


 彼女が『逆ハーレム』を築こうとしているんじゃ、という私の心中も、合わせて。


『――私はね、極力、灰原姫乃には近付かないように気を付けているのよ。でも聞きたくもないのに彼女の情報って入ってくるの。……姫ノ上学園において、灰原姫乃はそれなりに有名人だから』


 私が話し終えた後、今度はトラが自分の番だと話し始める。

 それは私が知る由もない姫ノ上学園での話――でも、私がゲームを通じて知っているはずの、全く知らない話だった。


『攻略対象キャラってあの顔面偏差値なものだから、学園内でも数多くのファンを抱えてるのよ。それは転生者(私たち)みたいなのにも限らず、ね。……灰原姫乃が有名なのは、そんなイケメンたちと多くの接点を持っているからよ』


「接点って?」


『私たちの言葉で言うと――イベント。分かる? ……彼女はね、詠。いつ(・・)どこで(・・・)なにが(・・・)起きるのか、それをまるで最初から知っているかのように振る舞っているの。ご丁寧にほぼ全てのスチルを回収しに掛かっているのでしょうね。週末は毎週イケメンを取り替えてデート三昧なのも有名な話ね』


 ……なるほど。どうやらトラは灰原さんと直接相見えたことはないみたいだけど、彼女は随分と学園内で有名な存在らしい。


『前にも言ったけど、私の周りって多分転生者はいないのよ。だから灰原姫乃を僻んだりしている女子たちはあくまで普通の子だと思う。……最近は例の(・・)掲示板は見ないようにしてるんだけど、その証拠にあの掲示板にヒロインの情報は一切載ってないのよ。あんなにあからさまだし、転生者があの学園にいるならすぐに気が付くはずなのよね。単純にいたとしても掲示板の存在を知らないってだけの可能性はあるけれど』


 確かにその灰原さんの言動は転生者らしいと言うか、いや間違いなくそうなんだろうけど。……彼女からすれば、至って普通の行為なのかもしれない。

 だって私もかつてゲームをプレイした時は、所見はともかく周回プレイをする時は何がどうなるかを掌握しているのだからそれを見越したプレイを心掛ける。


『私がなんであいつに近付きたくないかって……それはね、彗星が酷くあれに怯えてるのよ。曰く「俺を理解したようにしながら全然理解しようとしてくれない怖い」って……毎日怯えて馬の被り物を手放さないわ。彗星は原作からあまりにかけ離れた性格になっちゃってるから、そう簡単に落とせはしないと思うけどね』


 ――灰原さんからすれば、効率的にイケメンたちとのスチルを回収しているだけに過ぎないのだろう。


 そうか、美南くんも攻略対象キャラの一人だった。……号泣して取り乱した姿で私の記憶は上書きされているので、冷徹王子としての彼はもうすっかり忘れてしまったけど。

 それより馬の被り物って言った? まさか私が文化祭の時にあげたやつ、美南くんまだ普段から被ってたりするの?


 どういうことかと聞いてみれば、トラは『あれはもう精神安定剤の一つよ』と大真面目に言った。

 それでいいのか、冷徹王子。


 ……気を取り直して、私は話を元に戻す。


「掲示板、か……私も見てないんだよね。でも文化祭の時すごいことになってたでしょ、ヒロインの目撃情報とか書き込まれてなかったのかな?」


『私もちょっと調べたことはあるの。でも大したことは書かれてなかった。ヒロインってゲームではビジュアルが登場してなかったでしょ、だから一見気付かないのよ。ヒロインに関する書き込みはそれっぽいのを見つけた、とかそんなのばかりだったわ』


 十二時を指す針とガラスの靴、だったっけ。実はトラに教えてもらったあの時以来、私はあの掲示板を一切見ていない。……気になりはするんだけど……何と言えばいいか、同族嫌悪? なのかな。トラと話すのは苦じゃないし寧ろ楽しいんだけど、あの掲示板に私も一緒に書き込んで盛り上がろうとはどうしても思えなかったのだ。

 どうやらそれはトラも同じだったらしい、やっぱり気が合うみたいだ。


『……ところで、どうして突然ヒロインのことなんて? 何かあったの?』


 ふと聞かれた。そうだ、理由も言わず突然の質問だったのに、トラはまず先に私の質問に答えてくれたのだ。


 私は今日の出来事をトラへ話した。バイト先に現れた泣きじゃくる恭くんと、そんな彼を慰めるべく映画に付き合ったと。

 それからあの帰り道での会話もまるごと。トラはかなり食い気味に相槌を返しながら聞いてくれた。


『っていうか、詠ったら西尾兄弟どっちとも顔見知りなのすごいじゃない。弟は特に人気がすごいでしょ? 兄のほうは黒い噂が武勇伝みたいに誇張されて広まったりしてて男子から人気だって聞くけど。そう言えばあなたの最推しは西尾兄だったわね?』


 最後は揶揄うように言われる。電話越しでよかった、赤くなった顔を見られてはもっと酷く揶揄われたことだろうから。


『西尾弟と灰原姫乃が幼馴染で、やたら仲良しなのは入学当初からそんな風に周知されてたから……そう考えてもやっぱりあれはヒロインで間違いないわね。それで最近は西尾弟がヒロインに冷たくされて傷付いてて、それであなたは兄のルートに行かないか気を揉んでるってこと?』


「い、いや! ……灰原さんが誰を好きになろうが、別に文句を言うつもりはないの。でもさっきも言った通り、私……灰原さんは逆ハーレムルートに行こうとしてるんじゃないかって思ってて」


『……ええ。それで?』


「逆ハーレムって倫理的にどうなの!? ……ヒロインだからって、それどうなの? ゲームだったら楽しめたかもしれない。でも、恭くんの泣いてる姿を見たらどうにも……」


 どうも言葉に詰まる。……スラスラと言葉が出ないってことは、私の心の中でも色んな感情が渦巻いているせいで考えがまとまっていないからだろう。


 ……トラにはっきり言われて気が付いたけど。

 そうだ。私は、灰原さんが新平くんルートの行くのを嫌だと思ってるんだ。……でもそうなってしまっても文句は言える立場じゃないって自覚はしてるから、そのせいで私もまた傷付いているんだ。


 でも、違う。今私が言いたいことはまた別にあって。


「私が傷付くって訳じゃなくて! 恭くんが深く傷付いてる姿を目の当たりにしちゃって、そのヒロインの行動って倫理的に駄目なんじゃないかな、って思ったの。だって恭くん、何度もデートドタキャンされたって言ってて、今日も映画のチケット予約までして準備してたのにすっぽかされて……あまりにも酷い、と思って……」


『うん。言いたいことは分かるわ』


 微かに笑い声が聞こえてきた。……ちょっと熱くなっちゃったかもしれない、トラに笑われた。私の顔はますます熱くなる。


『詠がバイト辞めたのってそんな葛藤があったからなのね』


 私たちの転生者が、彼らの運命を翻弄する。

 ――トラはそんな言葉で私の感情を表現した。それは私の心にグサッと刺さったけど、彼女はすぐに続けてこう言った。


『あんたね、そんなに気にする必要ないと思うわよ』


「え」


『そこまで考えられてるなら大丈夫でしょ? 寧ろ突然距離を置かれた西尾兄の気持ち考えてもみなさいよ』


 ……言われて考えてみる。会ってないのは二ヶ月くらいだけど、それまではほとんど毎日顔は合わせていたんだよなあ。最後の会話はメッセージで、私からの「ありがとう」で終わっている。


 いや待て、これ。もし私が相手からされたらかなり気にするかも。最後に会った時の様子はどうだったとか色々思い返して、自分が何かやらかしたんじゃないかとまず疑う。


「で、でも、相手から何の連絡もないし」


『そりゃ自分のせいで距離置かれたって思うなら、自分からは連絡なんてできないでしょうよ』


「ぐう」


『ぐうの音出てるわよ』


 だけど思う。新平くんが、あの新平くんが半年そこら時々一緒にいただけのモブ女が自分から去ったくらいで気にするだろうか?

 ……あまりにも想像つかない。だってゲームでも新平くんのデレが始まるのは二年生の後期くらいからだったし、一年目は上手くいってもやっと友達認定されるくらいだったのに。


『まあ、とにかくもう今年は会えないでしょうね。私も本当は今日遊びたかったんだけど……来年に持ち越しね』


「あ……そっか。もう大晦日か……クリスマスのこととかすっかり頭になかったな。姫ノ上ではクリスマスパーティがあったんでしょ?」


『あったけど行ってない。……来年は私が個人的にパーティ主催するから、詠も来なさいよ? だからその時までに西尾兄と和解すること。いい?』


「はい!?」


『ヒロインのことは、私も何か分かったら連絡するから』


 また揶揄われて、私が狼狽えているところでトラは高らかに笑いながら通話を切ってしまった。やられた。


 途端に静まり返った部屋で、私は何とも虚しい気分になってしまった。カレンダーを見るともう大晦日は目と鼻の先だ。

 幸いにもバイトの予定は三十一日には入っていないけど、シフト入りの回数で言えば今年はもう僅かだ。


 手元のスマホに目を見やる。……トラとの通話履歴が一番上にあって、その次には佐藤先生とのチャット欄があって……その下に、新平くんの名前があった。


 連絡……いや、今更何を。


 多分恭くんに会ったせいだ、思い出してしまったのも切ない気分になったのも。


 だって新平くんに会わずにいたこの二ヶ月間、私は案外普通に過ごせていたんだから。……あの半年間が夢のような時間であっただけで、私は普通に戻っただけだ。


 そして――灰原さんのこと。最後は誤魔化されたような気がするけど、トラも少しは気になっていたみたいだ。

 調べてみる、って言ってたけど……もし彼女も転生者であるなら分かり合うことはできるのだろうか?


 ……もしくは。いや、こんなことを考えるのは早計か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ