15
――文化祭と、衝撃の事実を知った日と、それから思わぬ友との出会いから週明け。
何の偶然か、あれ以来どうもすれ違いばかりで新平くんとは会っていない。
バイトのシフト被りもなくて、道端でばったり会うだなんてこともなくて。……月曜日、私がお願いしていた仮想の写真をメッセージで送ってきてくれたくらいだ。ただその時私が一杯一杯だったせいで素直に喜べなくて、「ありがとう」と一言だけ送っただけでメッセージのやり取りは終わった。
この一週間、手付かずってほどでもなかったけど……それなりに頭を整理させながら過ごすことになった。
トラとは連絡先を交換した。また今度会う約束になっている。今度は前世とかゲームとかの話は抜きにして、女子高生らしく盛り上がりましょう……って言ってくれた。
そしてこれは非常にどうでもいい情報だが、あの信号機トリオは軽い停学を食らったらしい。姫ノ上での一件はしっかりと駒延高校に報告されたらしく、三日間くらいは登校していなかったようだ。主に悪かったのは盗撮してた金髪だけど、盗撮は気持ち悪過ぎるのでちゃんと反省してほしい。
「そういやお前、先週の姫ノ上の文化祭どうだったんだ?」
金曜日の昼休み。ちょっと用事があって、佐藤先生を探して職員室まで足を運んだ時だ。
焼きそばパンと牛乳をデスクに広げ、片手でPCを弄っていた先生の元へ行くとそんなことを聞かれた。
「どうって、まあ、聞いての通り……中々の盛り上がりを見せてましたよ」
姫ノ上の文化祭が異例の賑わいを見せ、それに伴って我が後の信号機トリオのやらかしも含めた非行が多く散見されたことは駒延高校でもすぐに噂となって広まった。
駒延に限らずバイト先でもその話は聞いたし、この街全体に噂が広まっているようだ。……それほどまでに変な出来事だったもんなあ。私の心境としても衝撃的な一日だった。
きっと先生もその噂を耳にしているだろうから、あまり多くを語ることはしなかった。実際、先生はそれだけで色々と察した様子だったし。
「俺が学生の頃も、毎回盛り上がってたけどな。今回はどうも毛色が違かったみたいだな」
「? ……前に姫ノ上の文化祭に行ったことあるんですか?」
「行くも何も、俺は姫ノ上出身だからな。それに地元の人間なら一度は立ち寄るくらいに有名だぞ、あそこの文化祭は」
「姫ノ上……えっ、先生、姫ノ上出身なんですか!?」
思わぬ情報に反応する。……あれ、そう言えば前に中言先生を夏祭りで見かけた時に同じ地元出身って言ってたような……それで確か中言先生は姫ノ上出身だったことを思い出して……その時は同じこの地元、って言ってたからまさか姫ノ上だとは思ってなかった。
……勝手に駒延高校出身だと思ってた。ごめんなさい先生。
「何だよその意外そうな顔は。当時は成績優秀だったんだぞ、テストは学年でも十番以内に入ってたし」
「信じられない……」
「失礼な奴だなお前。けどまあ、よく言われるんだな実は。俺そんなに普通? オーラない? 生徒にまで言われるとか流石に傷つくわ」
口ではそう言いながらも笑っているので、実際のところはそんなに気にしてないんだろう。
「それじゃ、中言先生って先生の一つ上って言ってましたよね? 姫ノ上学園で先輩だったってことですか!」
「中言? あー……まあ、そうなるな。別に仲良かった訳じゃないし、あいつがただ有名だったから俺が知ってたってくらいだぞ」
中言先生の学生時代、か……つまり佐藤先生は、当時先輩だった中言先生が写りこんでいるかもしれない卒業アルバムを持っているってこと? ……こりゃ過激ファンは歓喜しそうなネタだ。
「ったくお前まであいつの話か……今も昔も人気なこった」
ぼそっと小さく先生が言った。そうだ、中言先生は昔からコンクールとかでよく優勝してたってことも以前先生が教えてくれたんだっけ。
……そこで先週のトラの話を思い出して、ふと気になったことがあったので先生に訊ねてみる。
「……その当時も熱狂的なファンっていたんですか?」
「熱狂的?」
「こう、付け回すようなレベルの」
訊くと、先生は顎に手を当て遠くを見つめた。思い出すための所作のようだ、一拍ほど置いてから先生は続ける。
「詳しくは知らんが、女運が悪かったってのは聞いたことあるな。……いやほんとに、噂程度だが」
「女運?」
「元カノが全員ヒステリックで女同士の喧嘩が勃発しては流血沙汰だったとか。所謂一人の男を巡っての女の争いだな。それに本人が巻き込まれたせいで何度か大事なコンクールが欠場になったりして、その度に学園が動くくらい大きな事件になったりしてた。まあ学園としても期待の奏者だったしな、大会側も大事に捉えたりしてて」
「か、可哀想……」
文化祭の日、担架に乗せられ運ばれている中言先生の姿を思い出してしまって目頭が熱くなった。
昔から苦労してたんだな……この女運の話、如何せん私が中言先生のルートに詳しくないからこれがゲームにもあったエピソードなのか、はたまた転生者による弊害のせいなのかが判断つかないな。
ただすごいのは、そんな壮絶な過去を持っていながらも天性の『天然キャラ』によって全く動じていないという中言先生の胆力にあるんだけど。
「……っと、こんな話じゃなくて、何か俺に用事か?」
「あっ、そうでした」
先生の軌道修正によって、私は本来自分がわざわざ職員室へ来た理由を思い出した。危ない危ない、このノリで帰るところだった。
「申請書類をいただきたくて」
「申請……? 何のだ?」
「アルバイト変更の」
先生はぽかんとして私を見た。椅子に座っているので私が見下ろすことになり、何だか変に間が抜けて見えてしまったので思わず笑ってしまいそうになる。
ただ、この言葉を言うのに私は相当な覚悟が必要だった。
今でこそ振り切ったけど、この一週間本当にしんどかった。
先に言った通り、私はトラとの会話からこの一週間……『転生者である自分の在り方』について頭を悩ませていたのだ。
考えに考えた。トラが言った「不純な動機」、これって私に当て嵌まるんじゃないかと。
私はゲームの攻略対象キャラである『西尾新平』くんが大好きで、その推し活が生き甲斐で。……でもそれって、先日の文化祭に押し掛けたあのミーハーたちと何も変わらないんじゃないかって。
――そして私が出した答え。
私は、私の中である一つの決断を下した。
「今のバイト、辞めることにしたんです。別のバイトも見つかったので、学校側の手続きを進めたくて」
「な……何かあったのか? 時々見回ってたけど特に問題もなさそうだったのに……」
「ああ、問題はないです。円満に話も進みましたし。家庭の事情……って言うか、次のバイト先は家から近いコンビニにしたんです」
店長に話は通してある。今月まで、って話で進めて、その今月も残り一週間ちょっとだし。
突然の話だったし何なら来月までなら……って言ったんだけど、私の様子を見た店長が今月まででいいよと言ってくれた。それでいて随分と惜しんでくれたから、あの人本当に素晴らしい上司だったと思う。折角の決意が軽く揺らぐくらいには。
そして新たなバイト先であるコンビニだけど、こっちもこっちでトントン拍子で話が進んだ。何でも人手不足とかで即採用の勢いだった。
と言うので、残すは書類の手続きだけなのだ。
あまりに淡々としている私に違和感を抱いたのか、先生はどこか落ち着かない様子で必要書類をプリントしてくれた。本当にいいのか、を五回くらい言ってくる。……昨日までの私だったら揺らいでただろうけど、もう大丈夫。
――新平くんから離れるって、決めたのだ。
連絡も取らない。推し活は会わなくたってできるんだから、私はモブに徹することにする。
大丈夫、前世と同じだから。今までのように手が届かない存在、そこに戻るだけ。
今までと、そう変わらない。
紅葉の見頃も過ぎ、公道は落ち葉だらけの十月の終わり――私は、新平くんと同じアルバイトを辞めた。
やっぱり運命の悪戯なのか、文化祭以降のほぼ二週間、私と新平くんはすれ違いばかりで会うことはなかった。