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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
二章〈推し活は節度を守ること〉
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12

 ――お昼を食べそびれたけど、色んなことがありすぎたせいで胃が痛いのでどっちにしろ食欲がなかった私はそのまま中庭へと向かうことにした。


 当然だけどやっぱり中庭に向かうにつれ人で賑わうようになる。みんなスマホをかざして『誰か』の登場を待ちわびている様子だ。


 ライブ会場並みの賑わい。私が入り込む隙間なんてなかった。前の方は相当な根性がないと進んで行けなそうだな……仕方ない、後ろの比較的安全そうな場所に陣取ろう。


 熱狂的な人だかりから抜けると、遠目にステージを窺おうとしている集団はいくらか落ち着いた雰囲気の人々だった。……様子を見るに、多分この人たちは『転生者』ではない。


 さて、新平くんは……今頃着替え中かな? 連絡でも取ってみたいところだけど、周りの人の目もあるし軽率にスマホを取り出させないほうがいいだろう。


 新平くんはゴリラだから難なく人だかりも抜けられるだろうけど、先程保健室に運ばれていった中言先生や大人気の恭くんは特に心配だな。控え室まで無事行けるといいけど。


 キョロキョロと周りを見渡す。熱狂的な前方の空気と、それを冷ややかに見守る私の周囲……この温度差で風邪引きそう。


 だからこそこの周辺の人々の声はよく聞き取れた。そのほとんどが前方で沸いている女の子たちに対するコメントばかりだったけど、


「チッ、こんなことなら来るんじゃなかったぜ」


「ったく、何なんだこの熱狂は……!」


 ふと聞き覚えのある声が聞こえ、私は反射的にそちらを見た。


 彼らは目立つ頭の色をしていたので私もすぐに見つけることができた。それに何せ、彼らは私が本来(・・)警戒するべき相手だったのだから。


「にしてもあの女共、西尾の名前も出してたよな?」


「ハッ、俺らのことなんか忘れて女に囲まれやがっていいご身分だよ。あの女共も野郎の過去を知りゃこんな風にはしてらんねぇだろうによ!」


 あまりに不穏な気配を漂わせているので、その周りの人々も彼らから距離を置いているようだった。そのせいもあってか彼らは特に目立っていた。


 あの信号機トリオ。――シルバーアクセサリーで着飾った派手な私服に身を包んでおり、その姿はこの姫ノ上学園でかなり浮いていた。

 そしてまたもや新平くんに関する会話。……やっぱり、探してるんだ。あの様子だと午前中は何とか鉢合わせずには済んだようだけど。


「あの野郎どこに雲隠れしてんだ? ……手間取らせやがって!」


「見つけたらタダじゃおかねぇ!」


「おい、生徒が集まって来てんぞ。お前らもあの中探せよ」


 ……まずいかもしれない。


 ……渡り廊下を使ってぞろぞろと在校生らしき集団が現れ、生徒専用のエリアに人が集まり始めている。私も目を凝らして見ると先程校内で見かけた顔もチラホラあって、多分新平くんのクラスの子も集まって来ているんだろう。


 ステージに立つらしい新平くんの姿はひとまず見えない。……でも、この状況かなりまずい。


 だって新平くんはこれから、この場で最も目立つステージに着飾った姿で現れるんだから――見つけないほうが無理ってもんでしょう!


 さ、流石にこの信号機トリオもステージに上がってまでこの文化祭をめちゃくちゃにしようだなんて考えないよね? ……そこまで分別がないって、信じても大丈夫なのかな。いや不安だ。


 信号機トリオの内、赤髪のチビは拳を握り締めながら睨めつけるように姫ノ上の生徒たちの中を探っている。

 短髪青髪の色黒ノッポも同じように生徒たちの集団を睨みつけていて、すれ違う人と肩がぶつかれば誰彼構わず因縁をつけようとしていた。みんな怖がって距離を置いている。

 そして一番大柄な体格の金髪は薄ら笑みを浮かべ、時折他の二人に話し掛けながらスマホをいじっている。……いやよく見たら姫ノ上の生徒を盗撮してる? ……女の子の写真撮ってる! 気持ち悪!


 あいつら……新平くんに手を出そうとした上に姫ノ上学園の風紀を乱すだなんて。


 ――これは、ちょっと。見過ごせないよね?




 ・・・ ・・・




 ――私は元々口数の少ないタイプだったし、面倒事はできるだけ避けて通りたい人間だった。それは『茂部詠』としてもそうだし、薄っすらとしか覚えていない前世の自分もそんなに変わらない性格だった気がしている。


 でもこの世界に転生したと気がついた日から、まるでその日から生まれ変わったかのような気になっていた私は以前よりも行動的になったことは自覚していた。……それは推し活のためというのが第一で、新平くんと接点を作りたいがために同じバイトを始めたりだとか、別に好きでもなかったピアノを始めてみたりだとか、そのレベルだけど。


 こうして私が自分よりも強い相手に立ち向かうだなんて、少なくとも私の知る自分の人生の中では始めてのことだ。


「――迷惑ですよ、そこの三人」


「は?」


 近づいて一言。――遠目に見るよりもこの三人は人相が悪くて、身長も私より頭一つ大きいので気圧されそうになる。でもそこは堪えて、私は首を痛めながらもしっかりと奴らを見据えたまま続けた。


「そっちの方。写真撮ってましたよね? 消したほうがいいんじゃないですか?」


「な……何なんだよテメェは!」


 金髪デブにそう言ってやると、奴は明らかに狼狽えた様子で私に迫って来た。……流石に間合いに入られるのは私も怖かったので、ここは一歩引く。


「いきなり何だ、誰なんだテメェは! ――ふざけた格好しやがって!」


「――ふざけてんのはそっちも大概じゃないですか?」


 ……そう、一応身バレ対策も施した。


 奴らも突然チンパンジーの被り物をしたチビに絡まれて、多少は動揺しているようだ。多分、私が素顔のまま話し掛けたとしても舐めて掛かられて負けてしまったことだろう。


 ざわざわと周りにどよめきが起こったのを雰囲気で感じ取る。被り物のせいで視界が狭いので、状況はよく見えないんだけど。

 みんなが私たちに注目しているようだ。そりゃそうか、派手頭こと信号機トリオとそれに絡むチンパンジーともなればさぞかしシュールな光景のことだろう。


「喧嘩もするつもりですか? 盗撮も犯罪ですけど、喧嘩も傷害罪になりますよ。これ以上罪を重ねる前に自重されたほうがよろしいのでは」


「うるせぇな、誰だって聞いてんだよ! ……それに写真ならあの女共も構わず撮ってただろうが」


 金髪が叫ぶ。……それはもちろん、彼女らも立派な犯罪者だけど。

 だがしかし、これで話題をすり替えられるのは困る。


「私は今あなたが写真を撮っていたという行為を咎めているんです。認めましたね? ――スマホ見せられます? ここで消さないと、姫ノ上の生活指導の先生を呼ぶことになりますが」


「――お前さぁ、喧嘩売ってんのか? あ?」


 ……ちょっとだけ、足が竦みそうになった。

 金髪に迫ると、横から青髪が顔を近づけて私の目を覗き込んで来ようとする。咄嗟に少し顔を背けて目が合わないようにはしたけど、赤髪も青髪を私を挟むようにして睨みつけてきていた。


 ……考えが甘かったか。大衆の前なら手を出して来ないかなと踏んでいたけれど、このままじゃ簡単に殴られそうだ。

 いやでも、一発二発くらいは覚悟するか。酷いことになる前に周りの人が止めてくれるだろうし、この騒ぎならきっとすでに誰かが先生でも呼びに行ってくれたはず。


 そうだ、恐れるな私。こいつらは所詮モブ、そして私もモブ。私は主人公でもないんだから、ここでいくら騒ごうが大きな事件にまでは発展しないだろうから。


「喧嘩は罪って言ったでしょ、聞いてました? 別に私はそちらの方に注意しただけですけど」


「はは……じゃあいいぜ、場所変えるか? あっち行こうぜ。そん時顔を見せてくれよねーちゃん?」


「……触らないでもらえますか。場所を変える意味が分からないですし聞き入れるつもりならさっさと写真消して帰ってください」


「あのなぁ。調子乗んじゃねぇぞ!」


 肩に手を回されそうになったので、渾身の力で振り払う。ついに痺れを切らしたのか金髪が勢い良く私の胸倉を掴んだ。……若干の痛みと喉元の苦しみがあったけど、大丈夫。そりゃ当然怖いけど、私は声を震わせることなく依然声を張ることができた。


「さっきからこっちの台詞なんですよ。調子乗ってるのはあなたでしょ! ……っぐ」


「言わせておけば、クソアマ! ふざけたもん被りやがって!」


 胸倉を掴まれたままもう片方の手で被り物に手を掛けられる。私は両手でそれを抑えたけど、そのせいで余計に首元が締め付けられて……っちょっと、苦しい……!


「おい、それくらいに……」


「すっこんでろ! 俺はこいつの顔を拝んでやらねぇと気が済まねぇ!」


 赤髪が私に掴み掛かる金髪を宥めようとしたけれど、彼は聞く耳持たずでさらに私を掴む手の力を強める。

 私も腹に力を込めて被り物を握り締め、全力で抵抗した。ふと周りの人々の会話に耳を傾けると、「どうしよう……止める?」「先生呼びに行ったよ!」と聞こえてきた。


 ……苦しい、でももう少し。ここを耐えればこいつらを学園から追い出すことができるから……!


 元々被り物のせいで息苦しかったのもあって、喉元の締め付けのせいで涙が滲んできた時。




「――――手を退けろ」


 ――救世主が現れた。


 私の胸倉を掴む手首を掴み上げ、その握力で金髪が苦痛に表情を歪めたところで私はやっと解放される。

 突然のことで尻餅をついてしまった。私は呆然と目の前の光景を見上げる。


「なっ……何だ、テメェは――」


 腕を掴まれた金髪だけでなく、他の二人も突如現れたその人を前にして言葉に詰まっていた。

 それもそのはず、彼は信号機トリオよりもさらに高い身長を誇り、加えて異質な姿で立っていたから。


「俺か? ……俺は――」


 浅葱色の羽織りと、その下には黒の上衣と袴。その胸元は普段から鍛え上げられているのだろう、引き締まった胸筋を若干露わにさせた美しい和装姿――


「こいつの親分、みたいなもんだ」


 ――の上に、ゴリラの被り物をした変人が勇ましく立ちはだかっていた。

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