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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
二章〈推し活は節度を守ること〉
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11

 肌に冷たい風を感じながら、私は今受けた言葉を頭の中で何度も再生させていた。


 前世。……『前世』という言い方をしているけど、益子さんが私に問い掛けたのは多分、


 ――この世界について知っているか、と。


 何か言わなきゃと思いながら言葉に詰まる。私は何も答えられなかったけど、それはつまり肯定を示すことになる。


 私が喉を唸らせていると、そんな私を見た益子さんはふっと小さく笑みを零した。


「……ま、話した感じあなたはまとも(・・・)みたいだし……彗星、この子どう? まだ怖い?」


 隣の美南くんに視線を送る。……すっかり泣き止み、晴れた瞼を指先でなぞりながら美南くんはぽそりと言った。


「……いや。もう怖くない、奴らとは口調も表情も違う」


 ――『前世』という言葉を聞いても美南くんは特に変な反応を示したりはしなかった。


 この口調。きっと、益子さんは私と同じ(・・)なんだろう。そして美南くんはそれを知っている……ということなのかな?


 その事実は私を震え上がらせた。別に恐ろしく感じたりした訳じゃないけど、灰原さんの時もそうだったように……自分以外の人間が『この世界』を知っているということに対する違和感が、私が生きるこの現実の未来を悩ませる原因だった。


 この世界は私が知っているゲームの世界と酷似しているけど、それって単に似ているだけなんじゃないか、と私は思うのだ。


 ゲームの中の世界だなんて誰が言った? 実際、私の知るシナリオとは少しずつだけど異なっていたりする。今回新平くんのクラスの出展が違うものだったのもそうだし。


 何より、今日この文化祭に溢れた多くの人。

 彼女らの存在、その正体は――たった今益子さんから告げられたたったの一言だけで、私の頭の中で一つの結論を導かせた。


 もしかして転生者(・・・)って、私が思ってたより数多く存在してるんじゃ……?



「――そろそろ午後のブースも始まるし、もう行かなきゃ。彗星も仮装大会のための準備をしないといけないでしょ? クラスメイトもいなくなって困ってたわよ」


「なっ……俺は出ないとあれだけ――」


 ……私の混乱を余所に、益子さんたちは特に気にした様子ではないようだった。のほほんとした会話を繰り広げている。


 待って待って。詳しく聞きたいし、話したいのに。……だけど美南くんの目の前でしていい話なのかも分からないし。

 口をパクパクさせながら挙動不審な私はさぞ滑稽なことだっただろう。

 私がそんな状態の中、どうやら『仮装大会』なるものに参加を強要されていそうな美南くんは再び顔を真っ青にして震え始めた。……それを見てると、私の中の引いていた血の気ももとに戻ってきたような気がする。


「嫌だ俺は戻らない! ここにいるんだ!」


「わがまま言うな! 観念しなさい。ステージに立つあんたの顔面にウチのクラスの収益が掛かってるのよ? 客寄せはしなくていい代わりの条件だったでしょ、せめてこれは出なきゃ!」


「どっ、どうせステージが終わったあとも公衆の面前に引っ張り出されて俺の顔目当ての奴らに良いようにされるんだ……そんなのごめんだ! 教室に戻るまででも一苦労なのに!」


「――あのー、これ使います?」


 わいわいと言い争いを始めた二人に割り込むのも勇気が必要だったけど、ヒスを起こしてしまった美南くんを宥めるべく私はそっと声を掛けてみる。


 取り出したのは、私が持っていた髪袋。……美南くん、要は『顔を隠したい』ってことだよね?


 怪訝に私を見た美南くん、その身長差で私が見上げる形になり首が若干痛い。


「覆面。ありますよ」


「な――」


 えーっと、ゴリラは新平くんに渡しちゃったから残りはチンパンジーとゴム製の馬の頭だけか。でもチンパンジーはさっき私も被っちゃったし、渡すとすればこの馬頭になっちゃうな。


 私から突如馬頭を突き出された美南くんは、言葉を失ったようにしてそれを凝視していた。……しばらくの無言によって緊張が走る。

 やっぱり嫌だよね、これ。新平くんもかなりの葛藤の末に被る選択をしてくれたけど、こんなの着けて歩いてたらただの変人だし。



 ――だけど、美南くんはそんな私の心の呟きに反した反応を見せた。


「――素晴らしい」


「え?」


「君! これを是非譲ってくれ。いくらだ? 今の手持ちで出せるのは二十万までだが……口座を教えてくれれば後日いくらでも振り込もう。頼む! これを売ってくれ……!」


「は!?」


 先程まで泣き喚いていた姿とはまるで別人に豹変した彼は、目をキラキラと輝かせて私の眼前まで迫る。前屈みになり、私と顔同士が急接近したのだ。……近い近い近い! あまりに整った顔面はこの距離なのにまるで発光しているみたいに眩しい。

 顔面に気を取られて見遅れたけど、美南くんは素早くポケットから自らの長財布を取り出していた。すでに中を開けてお札をチラつかせ……って、その万札の束、高校生が普段持ち歩いていていい額じゃないでしょ!? 盗られたらどうすんの!?


「――ナイスよ詠! 彗星待ちなさい、私が買うわ! 現金だったら家に電話すれば使用人に持って来させられるし。なんでこんな変なもの持ち歩いてたのかはさておき、これさえあれば流石のあんたの美貌も隠せるでしょう!」


「待った待った! 姫ノ上の金銭感覚どうなってんの、いらないよお金なんて!? 安物だし私はいらないし、欲しいんだったらタダであげますから! 二人とも財布しまってください!」


 ……助けを求めようと益子さんに視線を送った私が馬鹿だった。

 そうだった、姫ノ上学園は上流階級が多く通う名門校。ここに通う生徒は大体が芸能人などの著名人の子供、もしくは企業の御曹司ばかりだったのだ……!


 かく言う美南くんも、確かお父さんがこの街の市長。そしてお母さんは海外で活躍する凄腕の株トレーダーという設定があったはずだ。

 益子さんの家庭事情は存じ上げないけど、今使用人って言った? 家に使用人がいて、電話したらすぐに飛んでくるって? 何だそりゃ。


「――――タダ!? タダだと、こんな神アイテムを!? ……もしや君の正体は天使か何かか……!?」


「違うからちょっと落ち着け!」


 このイケメン、うるさかったので無理やり馬頭をずぼっと被らせた。ちょうどよく屈んでくれていたのでやりやすかった。

 するとあら不思議、先程までただの情緒不安定な危ういイケメンだった目の前の人間は今や、電柱と馬のキメラ状態になって逆に危うい雰囲気を醸し出している。これ、無言で佇まれるとホラーかもしれない。美南くんは背丈があるから余計に。


「これでもう戻れますよね? 通気性とか視界とか悪いと思うんで足元特に気をつけてくださいね」


「――あ、あぁ……」


 不思議だ。こんなふざけたマスクなのに、美南くんに似合っていると言うのは失礼だろうか。

 だけど何故か馬頭の美南くんはやけにしっくりくると言うか、表情が見えないはずなのに何となく照れた表情に見えるのだ。ただの馬面なのに。……改めてそのシュールさに油断すると吹き出しそうになるのを堪える。


「本当にいいの? ……でもすごく助かったわ。彗星、よかったわね。お礼言わないと」


「感謝する」


「いえ、お気になさらず……」


 ふわりと微笑む益子さん。その表情がとても優しくて、嬉しそうで、私は不覚にも少しときめいてしまった。

 それよりこの二人、とても仲がいいのかと思ったけどその関係性はまるでイヤイヤ期の子供とその母親みたいだな。今の美南くんはかなり素直だけど、馬頭になったおかげかな。


「じゃ、私たちは行きましょ。……さっきは誤解して本当にごめんなさい。それであなた、西尾兄に会いに来たんでしょ?」


「西尾兄……あっ、はい。し、新平くんに」


「確かあいつも午後一の仮装大会に出場するのよ。この賑わいで無事に事が進むか不安だけど、遠目にでも観に行ったら? 中庭の簡易ステージで開催されるから、行けそうだったら行ってみて」


 ――そうだ、仮装大会。これは私も知っている、毎年の文化祭で起こる固定イベントの一つだ。


 確かその時点で一番好感度が高い男子の限定スチルが見ることができて、仮装の衣装はランダムに何種類か用意されている。全てのスチルを集めるには周回プレイを強いられるので、ここはゲームのやり込み要素となっているのだ。


 でもさっき、美南くんが出場するって言ってたのに新平くんも出るってこと? ……灰原さんの好感度が一番高いたった一人が出場するのではなくて……?


 ……そんな私の心の内を読み取ったのか、益子さんは私の近くまで歩み寄ると耳元でこそっと囁いた。


「ちなみに、攻略キャラ全員出るわよ。シャッターチャンスを逃さないようにね?」


 ドキッとする。――益子さん、やっぱりゲームのことを知ってる転生者なんだ!


 茶色味がかった瞳と視線が交錯すると、彼女は綺麗な顔立ちを意地悪く微笑ませて首を傾けてみせる。……美人だなあ。同じモブキャラでも纏う雰囲気が私とはまるで違う。

 もしかしたら、先程感じた大人びた雰囲気は前世の記憶持ちだからこそ醸し出せるものだったのかもしれない。


 続けて彼女は言った。


「――インターネットで『十二時を指す針とガラスの靴』って検索してみて。それで一番上に出てきたサイトを開いて」


 これは先程よりもさらに潜めた声で、美南くんには聞こえない声量で私に囁かれた。


「そこにはあなたが知るべき事実がある。……頃合いを見て会いに行くわ、それまでどうか元気でね?」


「え……」


「さっ、行くわよ彗星。……あ、でも待って。ちょっと不気味だから私からは離れて歩いてくれる?」


「む、何故だ?」


 私が答える隙を与えず、益子さんは一方的にそう告げると美南くんを携えて去って行ってしまった。


 美しい花畑に取り残された私。――私は先程聞いた言葉を呟いてみる。


「十二時を指す針とガラスの靴……?」


 明らかにシンデレラを彷彿とさせるワードだ。インターネット調べろって言ってたけど。


 ……何となく、今はそれを調べる気分にはなれなかった。なのでスマホのメモにそのワードだけを残しておく。あとで家に帰ったら調べてみるとしよう。


 この短時間であまりに色んなことが起こりすぎた。

 また一人新たに出会ってしまった攻略対象キャラの美南くん、その人格が少し変なのとそれに付き添っている転生者の益子さん。……彼らについて考えるのもまたあとにするとして。


 仮装大会、新平くんも出るって言ってたっけ……? この大盛況の中でイケメンたちが仮装するって、さらに会場が沸いてしまう心配があるんだけど。


 とは言え、新平くんの仮装姿……見たい。益子さんも言っていた、シャッターチャンスだと……でも盗撮にならないかな? ……取り敢えず写真は撮って、あとで新平くんに持っててもいいか確認してみよう……それならいいよね!?



 ――この時は私も浮かれていた。

 完全に忘れていたのだ。……私が今日、何のためにわざわざこんな変なマスクを用意して新平くんに届けたのかを。

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