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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
二章〈推し活は節度を守ること〉
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 屋上を後にしてから一度私は校庭へ出た。お昼時だと言うのに人の数は一向に減る気配がない……まだ人の行き交いがマシそうだった校庭に一旦避難することにしたのだ。


 校門から校庭にかけても色んな出展を構えていたけど、ぱっと見て攻略対象キャラらしきキラキラオーラを放った人物は見当たらなかった。そのせいか興奮した女子はほとんどいなかったように思う。


 ただでさえ人混みが嫌いな新平くんにとってこれは地獄絵図そのものに違いない。彼のことは気掛かりだけど……先程通りすがりの人たちからこんな会話を盗み聞いた。


「一年生のエリアにマジのゴリラが出現したとかで、迷惑客は一斉に逃げ出したらしいよ」

「……それどういう状況?」


 ……まあ、上手くやってるみたいだし大丈夫だよね?




 ところで件の『迷惑客』について、注意深く彼女らを観察してみると確かにどうも様子が変だ。何と言うか、ただのミーハーって訳でもなさそうな。


 例えば一部の女子は『♡キョウ♡』と書かれたうちわを手に血眼になって恭くんを探している様子。


 ……中学校以前からこの街に住んでいる恭くんの過激ファンが情熱を注いで彼を探している、と言う風にも取れるけど、その人たちの年齢は中学生らしき幼い子から成人女性まで様々で。


 明らかに地元の人じゃなさそうな人もたくさんいるし――さらに不思議なのは、そんな人たちだらけなのに変な連携があるように思える。

 ……ネット上で知り合った同士の集団グループ、とか?

 ……でもこんなに大人数の? 果たして有り得るのか。


 疑問点はまだまだある。例えば、恭くんのファンがたくさんついているのはまだ納得できる。あとは以前の夏祭りでも多くのファンを沸かせていた音楽家である中言先生、この人もまあ分かる。


 ただし、だ。

 新平くんはゲームの公式プロフィールでも、


『不良そうな怖い見た目のせいで他人からは距離を置かれがち。でも本当はとても繊細で優しい青年』


 ……と書かれているだけに人からは敬遠されてしまっている節がある。実際、私も一緒にバイトをしていてお客さんから若干怖がられてしまっているのを本人が気にしていることまで知っているのだから。


 そんな新平くんにも、揉みくちゃにされてしまうほどの隠れファンがついていたと?


 ――私の推しが人気なのは別に、まあ、喜ばしいことだ。

 どうして今日になって今更、と言う疑問がある。いや別に、推しが突然遠くに行ってしまったようなしょうもない嫉妬なんかでは絶対にないんだけど。


 取り敢えず、見掛けたミーハーっぽい女の人たちの特徴を素早くスマホのメモ一覧に書き記していく。

 明らかに恭くん推しらしき、うちわを持った二十代前半らしき人。それから数人のグループを成して「先生……素敵……」と一人の人物について熱く語り合っている人。それからゲームの中で私も微かに記憶に残っている他の(・・)攻略対象キャラクターの名前らしきワードを呟く人たち。


 そこで気がついた。……やっぱり、彼女らが共通して探しているのは確かに『攻略対象のキャラ』なのだ。


 それは『ハイ☆シン』に登場するイケメンたちのことで。確かに彼らは文句のつけようのない色男に間違いないんだけど、でもこれって偶然なのだろうか。


 攻略対象キャラたちと並ぶと私みたいなモブはたちまち霞んで見えてしまう。これは仕方がないとして、でもモブにだってそこそこなイケメンは存在しているはず。

 私の通う駒延高校は、うん、ちょっと……だけど、名家のお坊ちゃんお嬢さんが通う格式高い姫ノ上学園ともなれば全員が大体華やかな雰囲気を持っていて、そこらのモブでも顔面偏差値が比較的高めに設定されているような気がしてならない。……それを目の当たりにした私は少し、いやかなり悔しく感じたと正直に言っておく。


 とにかく姫ノ上学園にはモブ(・・)にでも美男美女は多々存在している。その中で一際輝く存在である攻略対象キャラたちが人気なのはそうだとして、こんなにも彼ら以外(・・・・)の名前が挙げられていないのは変じゃなかろうか?


「――っ、あ、すみませ――」


「あっちに『スイ』の目撃情報があったわよ――!」

「今度こそ逃がすかぁ――! 待ってなさいよ――!」


 ――――――――地獄。


 背中が誰かに強くぶつかってフラついた私は、慌てて振り返り謝罪を……と思ったんだけど、相手はぶつかったことなど気にも留めていない様子で何やら叫びながら疾走して消えて行ってしまった。思わず本音が零れた。


 スイ? ……スイって、何だったかな。聞き覚えのあるようなないような単語に少し頭を捻らせるけど、私の頭からはそれ以上情報が落ちなかった。

 でもさっきの人たちの剣幕からして恐らくは攻略対象キャラに纏わる何かな気がしてきた。……目撃情報って、ツチノコとかじゃないんだから。


 さっきの人たちもそうだし、すれ違うミーハーはみんな手にスマホを握り締めては激しくスワイプを繰り返している。

 やっぱり何かしらのツールで彼女らは情報を共有しているのかな。……ああもうもどかしい、いっそのことその辺の人に聞いてみようか?


 ……そう意気込んでいざ声を掛けようと思うと、彼女らはみんなスマホを眺める眼差しが真剣そのもので、肩に触れようものならこちらが木っ端微塵にされてしまいそうな危ない雰囲気を持っている人もいた。


 は、話し掛けづらい……!


 それでもできるだけ雰囲気の柔らかそうな優しそうな人を探してちょっと歩いてみる。どこも相変わらず人だらけで、思ったように移動することもままならい状態だ。

 ……流石に疲れてきたな。




 ・・・ ・・・




 ――そんな感じだったので、優しそうな人を探していたつもりが私の足は自然と人気の少ないほうへ運ばれていってしまった。

 おっかしいな……いつの間にやら校庭から草木の多いよく分からない裏庭のような場所へ流れ着いてしまったらしい。


 この場所は人通りがほとんどない。何人かの姫ノ上の生徒らしき人たちが疲れた顔でトボトボ歩いているのを見ると、人混みに疲れた在校生たちがこの場所を休憩スポットとしているのかも。と言うことは普段からあまり使われていない場所のようだ。


 ちょうどいいや、私も少し疲れたしこの辺で休ませて貰おう。何だかんだでお昼ご飯食べれてないし……足も頭も疲れきっている。

 この辺に腰を下ろすのも良さそうだけど、在校生もチラホラたむろしているようだし、私は彼らからの視界からは消えたほうが彼らにとってもいいだろう。


 私はさらに奥まった木々の向こう側まで進んでみることにした。乱雑に生えていると見せかけて実は細かく手入れがされている低木を横目に、小さくも道となっているらしい砂利の上を転ばないように気をつけながら歩く。


 周囲にすっかり人の気配はない。

 生い茂った木々を抜けると、そこには驚きの光景が広がっていた。――花畑だ。寒くなってきた秋の季節にも関わらず色とりどりに咲き誇る大きな花畑、そこはまるで学校の一部とは思えないほどに完成された(・・・・・)空間だった。


 そして私はこの場所に見覚えがあった。……ゲームのスチルでも登場した背景に、幻想的な裏庭の花畑があったことを思い出した。


 確か、滅多に登場しない場所だったことは間違いない。


 だから私の記憶も曖昧で、この光景を目の当たりにした瞬間に呆気に取られてその場に立ち尽くしていた。


 ――同時にそんな私を見つめ、同じく固まっている目の前の人物を目にしながら。


 その人は姫ノ上の制服を身に纏った一人の青年だった。

 遠目に見ても目立つ、鮮やかに派手な青髪の一つ結いが特徴的な――息を呑むほどまでに『他とは違う』オーラを持つ美しい人。


 彼を視界に捉え、考え……そして私はすぐに気づいた。


 この人は間違いない。――攻略対象キャラの一人。




「――――あああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してください来ないでくださいお願いします帰ってください気持ちには答えられませんごめんなさいごめんなさい、どうか放っておいてくださいお願いしますお願いしますお願いしますああぁぁあああ!!」


「え――うるさっ」


 『冷徹』の王子こと、スポーツ万能キャラを担う――ってあれ? ……この人こんな発狂キャラだったっけ?


 私を見るなり、その美しい顔を鼻水やら涙やらでグシャグシャにさせながら蹲ってそんなことを言い続けるイケメンを見下ろし、私は再び呆けて……と言うより途方に暮れた。


 なんだ、この状況。

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