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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
二章〈推し活は節度を守ること〉
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 ……文化祭イベントってこんな感じだったっけ?


 いや可笑しい、確実に可笑しい。こんなに混み合ってるなんて……スムーズに歩くことすら叶わないなんて、こんな描写はなかったはずだ!


 久々に電車に揺られて辿り着いた姫ノ上学園。ゲームで何度も見たその校舎を目の前にした時は感動で足が震えた。……のも束の間、人で溢れ返っている光景を見て目が点になる。何が起きている?


 ぱっと見た感じだとカメラを手にした女子が多い。みんな鼻息を荒くさせて必死に『誰か』を探しているようだ。……どうしてか心がざわつく。

 いや、こんなに賑わっているのは私の記憶の中の『ゲーム』とはかけ離れた光景なだけで別に有り得ることな訳だが。


 私はあの信号機頭トリオが新平くんに手を出すのを阻止するために、この一週間色々考えて対策してきたんだけど……ここまで人が多いと、寧ろ奴らが新平くんを探し出すほうが難しいんじゃないかな。それはまあ、いいんだけど。


 でも心配だったし、元々行くつもりだった新平くんのクラスに足を運んでみる。そこに行くまでがまた人だらけで大変だった。

 教室に着くなり、まず中に入るのは無理だった。人々の話し声で耳が割れそうだったが、中から聞こえてきたのは生徒たちの悲痛な叫び声だ。


「離れて! 離れてくださーい、急患です!」

「先生〜っ、死なないで〜!」


 ドタバタと慌ただしい騒音の後に、担架を持った男子生徒二人が汗だく状態で教室の入り口から飛び出してきた。乗せられているのは……白髪頭の色男、中言先生!?


「すみません、通ります!」


 慌てて道を譲る。……中言先生、完全に目を回して気絶してたけど一体何が?

 ちらりと教室の中を窺う。すごい人の数だ。そのほとんどが女子で、みんな何やら興奮しているらしい。……中に入るのは憚られたので聞き耳を立ててみる。


「写真撮れた? 先生のやつ送って! 私シンくんのしか撮れなかったよ〜」

「シンくんどこ行っちゃったのかな? 探しに行こ!」


 シンくん、と言うワードが聞こえてきて反応する。そう言えば新平くんの姿が見えない……教室にはいないようだ。厨房係って言ってたからここにいるはずなんだけど、どうしたんだろう?


 と言うよりあの女子たち。もしかして彼女らが中言先生をあんな状態にしちゃったの?

 みんなカメラを手にわいわい盛り上がっている。先生の写真と……新平くんの写真も撮ったって言った? いや新平くんも先生もカッコイイから分かるけど。こんなに堂々と盗撮するってどうなんだ。


 明らかに部外者なその人たち相手に、姫ノ上の生徒たちは対応に困っている様子だった。中にはたこ焼きを求めて並んでいる人もいるけど、確実に彼女らが邪魔をしてしまっている。まるでアイドルにでも夢中で熱狂的なファンの追っ掛け光景を目の当たりにしているようだ。


 ……そこまで考えてふと思いつく。まさか、姫ノ上学園に存在するイケメンたち――即ち『攻略対象キャラ』を一目見るためにこれだけの人が押しかけてきた、とか?


 でもどうしてこんなに大勢が。それに可笑しいのが、繰り返すことになるけれど文化祭イベントはこんなに人で賑わう演出はなかったはずなのだ。まして中言先生が担架で運ばれるだなんて。

 そう言えば灰原さんも見当たらないし、これは本当に私が知る『文化祭イベント』なのだろうか?




 ――そこで、ポケットの中が震えていることに気がついた。スマホを取り出すと着信が。そこに映し出された名前は、まさに今私が探している人物その人だったのだ。


『――お前今、どこにいる!』


 騒音で聞き取りづらかったが、電話口の向こうは時折風の音が入り込んでいた程度で他の騒音は聞こえない。と言うことは新平くんは外にいて、少なくとも落ち着ける場所に避難はできていると言うことだ。ひとまず安心した。


 そして新平くんに言われるがままに校舎内を駆け回る。当然その道中も人混みで険しいものだったけど。


 最終的に行き着いた場所、それは――ゲームでも度々イベントの舞台となった学園ゲームの定番エリア、屋上だった。




 ・・・ ・・・




「なるほど……それで女子たちに好き放題触られ撮られ大変な目に遭ったと」


「二度とごめんだ、あんなのは」


 ――新平くんから聞いた内容はあまりに度し難いものだった。


 話を聞くに、どうやらあの女子たちはやはり新平くんや中言先生を目当てに姫ノ上学園へ押し寄せてきたのだろう。

 どうして彼女らが新平くんを知っていたのか。今、それは取り敢えず置いておくとして。


 これはちょっといただけない。


 これはファンの常識で、「推し活は自力で」と言うものがある。一番重要な、最低ラインの守るべきルールだ。


 それが――推しそのものに迷惑を掛けるだなんて言語道断。それはファンでも何でもない。ただの迷惑行為をするミーハーだ。


 そんな奴にファンを名乗る資格などあるものか。推しを独占していいのは頭の中だけだ。妄想と現実の区別はするべきだ。


 ――まあそんな私も、前世ではこの目の前の人にガチ恋してた時期もあった訳で。それに転生したと思い出すや否や推しと接点を作りたいがためにアルバイトを始めたし。不純な動機の上に若干ストーカー紛いの行為をしていたと責められたら何の反論もできない。

 だから声を大にして彼女らを糾弾することはできないんだけど、でも。新平くんに迷惑だと思われないように日々気をつけて生きているのは確かだ。この私の思いを本人に悟られたりしないように。


「でも……ちょうどよかった」


 ――ただ一つ、私は今日のために備えてきたものがあった。本来別の目的……あの信号機頭トリオへの対策として用意したものだったけど、文化祭がこんな事態ならなおのことこれ(・・)が役に立つことだろう。


 私は手に持っていた大きめの紙袋の中身を取り出す。

 この日のために用意したもの、それは。


「西尾くん。――どれがいいですか? 全部で三種類です。お好きなのをどうぞ!」


「は?」


 新平くんの前に差し出した三つのマスク。

 マスクと言っても白い紙製のアレではない、顔全体を覆う目的の所謂覆面マスクだ。


 私が掲げた三種類のマスクを見た新平くんは、うん。目を丸くするどころか点になっている。それから口にはしないものの「こいつ何言ってんだ」と言わんばかりの視線を送ってくる彼だけど、これも全部あなたのためなんです。そんな目で見ないで。


 差し出した三つはいずれもディスカウントショップにて、忘年会シーズンに役立つコーナーに置いてあった商品だ。


 一つは厳ついゴリラのマスク。もう一つは愛嬌のあるチンパンジーのマスク。そして最後に超リアルな馬面マスク。

 他にも気持ち悪いゴブリンとかゾンビの造形があったけど、個人的にマシだと思ったものをチョイスした。どれも顔全体を覆えて、一応被った時に呼吸や視界も問題なく確保できるものを取り揃えております。


「待て。……待て、何だこれは?」


「何って、覆面ですが」


「それはそうだが。……なにを思ってこんなの用意してんだお前は。まさか俺にこれを着けろって言ってんのか!?」


「い、嫌なんですか? 顔隠せば例の女子たちに追われなくなるでしょうし好都合だと思ったんですが……」


 本当は信号機頭トリオから新平くんを守るためにこれを用意した。新平くんの顔を分からないようにさせるのが目的だったから。本人が嫌がろうと、是が非でも私はこれを被せるために説得する覚悟だったんだけど。


 まさか文化祭が過激なファンの暴動によってこんな状態になるとは思っていなかったから、寧ろこの覆面作戦が功を成すことになるだろう。本当にたまたまだけど。


「…………ッ――」


 新平くんは眉間に指を当て、目を閉じながら天を仰ぐようにして顔を上げている。どうやら混乱しているらしい。そんなにこのマスク嫌なのかな? ……このチンパンジーとか可愛いと思ったんだけどなあ。ゴリラも写真集が発売されて話題になったイケメンゴリラがモチーフになってるから顔立ちは結構イケてるし。馬は何となく面白かったから買っただけだけど。


 このしばらくの沈黙が苦しかったので、仕方なく私はチンパンジーの覆面を被ってみることにした。新平くんは相変わらず空を見上げたままなのでこちらを見ていない。

 ……ほらほら、別に変じゃないでしょ? 賑わいを見せる文化祭のこの雰囲気でこれくらいの仮装だったら特段違和感はないはずだよ。


 しばらく無言が続いて、私はチンパンジーの覆面を通して新平くんをじっと見つめていた。新平くんは少し経ってから「……よし、」と小さく呟き、顔から手を離して私へと視線を戻す。


「――――――ブふぉッ」


「西尾くん!?」


 そしていつの間にやらチンパンジーへと化していた私を見た彼は何かを覚悟したような表情から一転、今までに見たことがないくらいに吹き出してから大きく咳き込んだ。


「大丈夫ですか!?」


「ンぐッ……おまっ……こっち来んな、っひひ……フッ、あーはっはっはっ! 腹いッ……痛え……! 」


「西尾くん!? 水要ります!?」


「っはは――お前っ……喋んな! こっち見んな! ――あークソ! 分かった分かった俺の負けだ、それ寄越せ!」


 お腹を押さえながら地面に膝を付いた新平くん。かなり苦しそうなのが気掛かりだったけど、観念したように私の手元を指差しながらそう言ったので、私は意気揚々とマスクを手渡した。ゴリラと馬で一瞬迷ったけど、馬はやっぱり新平くんには似合わないよね。だからって新平くんがゴリラってのも違うと思うけど。


 新平くんはしばらく笑っていた。長いこと肩を震わせていて、たまに地面から私を見上げてはまた笑って――それを何度か繰り返してから、ゆっくり呼吸を整えて、それからそっとゴリラの覆面を被った。


 ゆるりと顔が上げられる。

 これは――うん。シュールだ。


 何だこれ。


「……おお、着け心地は案外悪くねぇな……どうだ?」


「……バッチリです! 誰も中身が誰だなんて気づきませんよ、これなら教室戻っても大丈夫なんじゃないですか?」


「お、おう、そうだな。いや悪かった、一瞬お前の頭のネジが吹っ飛んじまったのかと疑ったんだが……マジで有効策じゃねぇか。お前なんで今日こんなの持って来てたんだ?」


 なんで、と聞かれてギクリと顔が強張る。……よかった、チンパンジー被ってて。表情の変化を読み取られることがないから。


 続けざまに新平くんはこう言う。


「こうなるって知ってたのか、お前?」


「……そ、そんなまさか」


 私はゲームのシナリオ上での文化祭しか知らなかったから、こんなに賑わうことなんて想像もしてなかった。

 でもだからって馬鹿正直に信号機頭トリオの話もできない。……奴らのことを話すのは新平くんの過去に踏み込むことになってしまうから。

 それに、せっかくの文化祭なんだから楽しい思い出だけで埋めてほしい。残念ながらこの騒動ですでに新平くんは参ってしまっている節があるけど。


「先週の駒延高校での文化祭で使う予定だった仮装用のやつです。結局未使用だったんですけど、雰囲気を盛り上げるのに使えるかなと思いまして」


 よくもまあこんな嘘がペラペラと出てくると我ながら関心しながら私は続ける。でも大丈夫だろう、真っ当な理由にはなっているはず。


「これで教室戻ってください。まだまだ文化祭は終わらないんですから、人目気にして逃げ回ってばかりじゃ楽しむ余裕もないじゃないですか? ……私も西尾くんが焼いたたこ焼き食べたいですし。戻りましょう?」


 そこまで言って私は覆面を脱いだ。まあ、私は別に顔を隠す必要もないからね。


 新平くんを見ると……うん、ゴリラ。当然ながら表情は読めない。ただ無言の圧力を掛けてくる屈強なゴリラがただこちらを見ているだけだ。ちょっと怖いかもしれないけど、普段から新平くんと過ごしている人以外はすぐに彼が新平くんだと気づくことはないだろう。


「……まァ、なんだ。一応礼は言っておく。……お前、先に出とけ。俺はもう少しここで休んでから教室戻る。しばらくしたら俺のクラスにまた顔出しに来てくれや」


「分かりました。何か私に協力できることがあったら気兼ねなく連絡してくださいね」


 そんなやり取りをして、私は静かに屋上を後にした。……本当は一日中新平くんのボディーガードを謳って側にいたいのが本音だけど。


 私が側にいたところで何の役にも立たないのは残念ながら分かりきっている。あの信号機頭トリオは頭の悪そうな悪役モブとは言え、見た目はそれなりに鍛えてそうな人相の悪いヤンキーそのものだ。私なんかが太刀打ちできる相手じゃない。


 新平くんの顔を隠す、と言う任務は果たせた。ひとまずは安心と言っても大丈夫だろう。


 実のところ、この異常とも言えるこの大盛況な文化祭の状況や姿の見えない灰原さんなど、気掛かりな部分は多くある。

 まずは新平くんの安否が心配だったので真っ直ぐここに来たけど――取り敢えず一番の目的は果たせたので、次に私がやるべきことは決まっている。


 この状況。ゲームとは明らかに違うこの文化祭イベント、何が起きているのか調査してみよう。

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