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夢のような現実の推しとの出会いから翌日。今日は高校の入学式だ。
はーぁ、推しと同じ高校じゃないことが本当に悔やまれる。せめて記憶が戻るのがもう少し早ければ……せめて高校受験の段階で。よりにもよって治安最悪の馬鹿高校だよ。前世の知識も合わせて私の頭はそんなにお馬鹿じゃないと思うし……。
ちなみにゲームの舞台である姫ノ上学園はかなりの名門校だ。偏差値で言ってもそうだし、スポーツや芸術面でも優秀な卒業生を多く出している。また、スポーツ選手はもちろんモデルや歌手などの芸能人にも姫ノ上学園の卒業生は多い……という設定がある。
……そこまで冷静に考えて、私じゃやっぱ無理だ。モブ顔だし、特別頭も良くなければ運動神経も普通。画力も歌唱力も普通。無個性過ぎてきっと埋もれてしまう。まず無理だった。
それに……茂部家は貧乏、いや、極貧だ。ちなみに私、記憶を取り戻してから親の顔を見ていない。我が家は一応賃貸アパートだけど、そのアパート自体が一階建てで二部屋しかないボロアパートだ。と言うよりアパートって言われなきゃボロ小屋だ。私はそんなボロ小屋に一人寂しく暮らしている。
一応母親がいる。父親は知らない。で、その母親も滅多に帰って来ない。仕事してるっぽいけど何の仕事かまでは分からない。多分色んな男の家を転々としてるんだと思う。カードと通帳を渡されていて、月一で数万だけ振り込まれている。お小遣い……って言うより最低限の生活費なんだろうな。
そんな感じだからどちらにせよ名門校である姫ノ上学園なんかにはそもそも学費が高くて入れなかったんだな。うーん、残念。まあこれは今更変えられない運命だし仕方ないよね。
そう言う訳なので私にはお金が必要だ。早速今日にでもアルバイトするために電話掛けなきゃ。
・・・ ・・・
高校の入学式、終わり。まあ予想通りの混沌さだった。この世の不良を寄せ集めて鍋にしたような地獄絵図。入学式の最中はもちろん、教室に着いてから担任の先生の挨拶まで常に話し声やらの騒音で何一つ情報が得られなかった。だから担任の先生の名前が分からない。……まあ、駒延高校だし。こんなもんよね。午前で終わったので早々に帰路へ、途中で耳栓を購入。ちなみに今日私は一言も発していない。
帰宅途中、私は早速とあるチラシを鞄から取り出した。そしてその番号に電話を掛ける。
『はい、〇〇ホームセンターですー』
無論、アルバイトの件だ。そう、推しである彼はホームセンターでアルバイトをすることは基本情報である。ならば私もそれに準ずるのみ!
電話でいくつかの質疑応答があって、何とこれから面接の約束を取り付けた。昨日の内に履歴書用意しておいてよかった。
で、その足でホームセンターまでやって来た。うん、レジ打ち力仕事ドンと来い。彼は家具コーナーで働いてたと記憶している。力持ちアピールを積極的にしておかないと。
「えーっと、ウチ、建築材料とか家具とか大きいものを取り扱ってるから力仕事が必須になってくるんだけど……」
「任せてください! 趣味は筋トレです。着痩せしてますけど脱いだらすごいですよ!」
もちろん適当である。
「そ、そう。それじゃあ……高校は駒延高校、と。……ん? 君、もしかして新一年生? あれ? 今日が入学式だったんじゃ……」
「はい! 入学式でした。何か問題でも?」
「あーいや、うん、大丈夫。あとは持病とか基礎疾患とかは……」
流石に入学初日から面接に来た高校生は店長も初めてだったらしい。若干引いていたような気がするが、面接は難なく進んだ様子だ。この調子なら大丈夫そうだな。うん、バッチリ。
「それじゃ、平日と週末も含めた疎らなシフトに入ってもらうことになるけど、大丈夫かな?」
「はい! 週七でも大丈夫です!」
「そ、それは頼もしいね……?」
推しのシフトが不明な限りは前日出勤は覚悟の上。できるだけシフトが被れば嬉しいけど、まずはなるべく少しでも多く同じ時間を過ごせればそれでいい……!
それに、彼がここのバイトを始める前に私が滑り込んでおくことで先輩風を吹かせることができる。一刻も早く仕事を覚えて、私が彼に教育するなんてことが……あれば……いや。何を考えているんだ私は、私みたいなモブ女が彼に教育するだなんて不相応に決まってるだろ。馬鹿か私は。
それから諸々説明を受けて、証明書やら何やらの書類に必要事項を書き込む。正式にアルバイトを始めるには学校側の許可も必要なので、明日にでも名前の分からない担任の先生に必要なことを聞いてみよう。
そんなことを考えながら書類に目を通していると、店長がおもむろにこんなことを呟いた。
「それにしても最近の若い子は行動的な子が多くて関心するねえ。入学初日だってのにアルバイトの応募してきたのは君で二人目だよ? それも同じ日に。彼は姫ノ上学園の生徒だったけどね」
「……ん?」
今日、私より先にここに応募した姫ノ上の男子生徒……? 私だって入学式が終わった直後の最短でこの面接に挑んでいるのに、それより早く面接を終わらせていただって……? それは何だか、確実に入学式途中で抜けて帰ったパターンな気がするけど……。
……いやちょっと待て。そこまで考えたところで、それに酷似したエピソードを持つ人物が頭に浮かぶ。
それ、私の推しじゃね?
「……あの。その人、どんな感じの人でした?」
「そうだねえ、頼もしそうな見た目してたよ。力仕事は任せろ、って感じで。君より愛想はなかったけど、真面目そうな青年だったよ」
いやちょっとマテ茶。
……推しだ。彼だ。――早速推しと同じ空気が吸える?
え? こんなにも早く?
「店長! さっきの学生さんまた来ました。何でも忘れ物取りに来たとかで」
「あー、あの財布ね。いいよ裏通して……あ、君は今日はもう帰って大丈夫だよ。学校から忘れずに許可証貰って来てね。よろしく」
えっちょっと待って。推しが来るのに追い出される!?
でもここで変に居座るのもお店に迷惑だし、何より雇ってもらうのに面接時で印象を落とす訳にはいかない。泣く泣く、私は鞄を手に席を立った。
店を出るまでに彼とすれ違わないかな……なんて淡い期待を抱いていたけど、そこは流石に私はモブ。そんな都合のいい展開が待っている訳がない。
「ありあとやしたー」
結局すれ違ったのは来店していた何人かのご老人だけで、やる気のなさそうな店員さんの挨拶を背に私はホームセンターを後にした。
◆
「……すんません、わざわざ連絡して貰って」
「いやいや、財布なんて大事なもの無いと困るでしょ。丁度連絡先ここに書いといて貰ってたから、助かったね?」
「すんませんっした。……あざっした」
見かけによらず、しおらしく頭を下げ続ける青年を相手にホームセンターの店長は少しばかり狼狽えていた。
今日、正午過ぎに突然面接の申し入れをしてきた姫ノ上学園の新一年生。初めて見た印象はまさに狼というのが似つかわしい青年だった。
見た目の印象で言うと、典型的なヤンキーというヤツだ。一見近寄りがたい雰囲気だが、こうして話してみると中々に真面目な印象を受ける。顔立ちも凛々しさが目立つが、よく見るとかなりの美形に入るほどには目鼻立ちが整っているように思えた。
「ああそう言えば、ええと……西尾くん? 実はもう一人バイトを雇うことになってね。君と同級生の子で」
「……姫ノ上っすか?」
「いや、確か駒延だったかな。元気な女子だったよ。教育とか二人一緒になると思うから仲良く頼むよ」
「はあ……」
何となく気乗りしていない様子の青年に、店長は少しだけ不安を覚える。しかし、つい先程まで面接をしていたあの女子を思い浮かべたところでその不安はすぐに吹き飛んで行った。
あのやる気に満ち溢れた様子、ただ者ではない。この青年もそうだが、高校生成りたてですぐにアルバイトを始めるほどの気概があるとは色々と家庭の事情があるのだろう。
あの女子に関しては特にやる気を見せていた。コミュニケーションも問題なさそうだし、例え青年が無愛想だったにしても彼女なら上手くやれそうだ。
店長は、長年のサービス業歴からそのような見立てで彼らを踏んでいた。――その見立ては残念ながら予想外の方向で外れることになるのだが。