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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
二章〈推し活は節度を守ること〉
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 ――駒延高校の文化祭は十月に入ってすぐの土曜日。そして姫ノ上学園の文化祭はそれからちょうど翌種の土曜日に開催される。


 今日は駒延高校の文化祭。……と言っても、荒れに荒れている高校なので外から来るお客さんは数年前までの卒業生や、様々な問題を起こして退学となっていったかつての同級生などばかりだ。

 私はそれとなく準備には参加し、当日はその辺の出店の食べ物をつまみながらあちらこちらを見回っていた。まあ、退屈だ。一緒に回る友達もいなければ特に楽しくもないし。


 午後からは何やら有志でエントリーした生徒たちによる文芸コンテストが始まるらしく、何組かのバンドやダンスグループの発表、あとはカラオケ大会やらで賑わうらしい。

 そのため体育館に集合するよう決められているんだけど……これって強制じゃないんだよね。きっと大体の生徒がそっちに流れるだろうから、私はその間教室で仮眠でも取るつもりだ。


 ……ちょっと食べすぎたので食休みしつつ、裏庭のベンチでにて一人パックジュースで一息つく。


 ――と、こう言う時に大体どこからともなく現れる人がいる。


「何一人で黄昏れてんだよ〜、ほら。一緒に食おうぜ?」


「うげっ、クレープ……しかもクリームたっぷり……私もうお腹いっぱいですよ」


 こんな感じで、私の高校生活でまともに会話する相手と言えば佐藤先生くらいなものだ。


「こんな日くらいクラスのみんなと仲良くしろよ?」


「いや別に、仲悪い訳じゃないですよ」


 高校に入学して半年が経過した今。私は友達など作るつもりは毛頭なく、一人で過ごすことにもすっかり馴れていた。まあクラスの人とは何気ない会話を交わすこともあるけど、それなりの人付き合い程度だ。

 これは私の性格の問題で、基本的に他人と必要以上に親しくなりたくないだけなのだ。


 こうなったのにも理由がある。……茂部家は母親があんな感じで、私は幼い頃より引っ越しと転校を繰り返してきた。小学生の時なんて二年ごとに転校したし、中学生の時にも一度。だからその度に私の人間関係はリセットされている。


 小学生の頃は誰とでも仲良く過ごしていたけど、当時私は携帯電話なんて持っていなかったし、幼かったから友達一人一人の住所を把握している訳がなかった。

 だからそれ以来あの頃の友達とは会えず終いだったし、中学三年生での転校先ではすでにクラス内のグループ基盤ができあがっているところでの転校生だなんて受け入れられるはずがなかった。


 ……そんな苦い経験を何度も経験した私は、どうせその時限りの人間関係に振り回されるのも疲れると思うようになったと言う訳だ。駒延高校に入学するちょっと前にも県外から引っ越して来たんだし。


「今仲良くしたって、高校卒業したらどうせ連絡もしなくなる相手とわざわざ親しくなる必要性を感じないだけです」


「冷めてんなぁ。まぁ結局最終学歴の友達が一生の友達って言うもんだろ。お前に進学する気があるのかは知らんが」


「私の高校生活は佐藤先生だけがマブダチってことで」


「そりゃ光栄だがな。あぁでも、お前バイト先に別のマブがいるだろ! 何だったっけ、あの……姫ノ上の兄ちゃん。俺がバイト見回り行った時は大体二人で楽しそうに会話してるよな?」


 ――パックジュースの中身を全部ぶちまけそうになったのを我慢できた私は偉いと思う。


 笑顔で何を言ってるんだ先生。……新平くんと私がマブダチだなんて、私はマブじゃなくてモブ(・・)だし。確かに新平くんとは中々いい関係を保てている友達って感じがするけど。


 ……いやでも、今こうしてじっくり考えてみると、新平くんと佐藤先生を比較してどっちのほうが心許せるかと言われると、


「……先生のほうが本音は曝け出せる相手かも?」


「んぇ?」


「なんて間抜けな声出してるんですか」


 間違いなく先生と喋ってるほうが素直にはなれる。新平くんと話す時は、今でこそ緊張とドキドキはしなくなる程度までに私は免疫を付けたけれども。


 新平くんと友達ってのは光栄極まりない。けど、新平くんは私の推し対象だから。神に等しい存在であるから。そりゃ、面と向かって話す時は少し慎重になるよね。


 ――でもどっちが『好き』かって言われると?


「新平くんのほうが圧倒的に好きではある。うん」


「……なんだよっ、上げて落とすタイプかお前は! さっきの言葉ちょっと嬉しかったのに!」


「え? あ、私の心の声漏れてました? すみません」


「ああ……ったく、はぁ……オジサンがうら若きイケメンに勝つのはエベレスト登頂より難しいもんなのかね」


 オジサンってほどの歳じゃあないでしょうあんた。ため息をつく先生を横目に、私は心の中でそう呟く。


 実際先生は童顔だし、大学生って言っても通用してしまいそうな気はするけどね。……本人にこれを言ってあげれば喜びそうだけど、言うと面倒臭い感じになるのは目に見えて分かるので言ってやらないことにした。


「で、来週の姫ノ上の文化祭には行くんだろ?」


「はい! 楽しみです。姫ノ上学園、一度行ってみたかったので」


「おうおう、楽しんでこいよ。俺はその日教員の研修とやらでよ、出張なんだ。はぁ……」


 がっくりと肩を落とした先生だけど、その後すぐに「あぁそうだ、」と何かを思い出したように顔を上げる。


「うちの高校のはこんなもんだけどよ、姫ノ上の文化祭は例年大賑わいで有名なんだ。当日は人だらけで大変だろうから、ある程度覚悟決めてから突っ込むんだぞ?」


「それは……何となく知ってましたけど、そんなに?」


「おう。人が集まるってことはその分トラブルも付き物だ。……駒延の生徒も結構遊びに行く奴が多い。分かるだろ? 財布とかスマホとか大事に持っとけよ?」


「ああ……そうですね」


 先生の言いたいことが分かった。でも何だかそれって初めて都会に行く田舎の子供を送り出す親の台詞みたいだな。財布二つに分けて持っておけとか、靴の中に千円くらい入れておけとか……駒延高校の生徒どれだけ素行が悪いと思われてるんだ。




 ◆




 午後になると例の文芸コンテストが始まり校舎内は静けさを取り戻す。私はその時を狙って、個人的に美味しいと感じた出店の食べ物をいくつか拝借してパックに詰めた。……ちなみに先生から受け取ったクレープもパック入りとなった。


 クレープやらフライドポテトやら焼きそばやら……こんなに集めてどうするのか。そう、これは新平くんへの差し入れだ。

 実は彼から頼まれていたんだよね、駒延高校の文化祭には行けないからって。何でも今日の夕飯代を浮かせるために食べ物を寄越してくれると助かる、とのことだった。そう言えば以前夏祭りの時も出店の焼きそばで夜は凌いだって言ってたっけ?


 普段の下校時間よりも少し早めに終わった今日、私は袋いっぱいに詰まった駒延印のお土産を手にいつものバイト先へと向かおうとしていた。私は今日シフトは入っていないけど、今日中に新平くんに渡さないといけないからね。


 ――その時だ。『彼ら』の会話を聞いたのは。


「……で、来週はついに姫ノ上に乗り込めんな」


 校門の目の前に(たむろ)する駒延の生徒。明らかにガラの悪そうな、関わりたくないと思っても目を引いてしまうような派手な髪色をした男子生徒だった。


西尾(・・)の野郎、上品な学校に入れたからって済ました顔しやがって。街中で会っても喧嘩に乗らなくなったし、さぞ身体も鈍ってることだろうよ」


「姫ノ上の前で待ち伏せしてるとあそこの先公(センコー)に邪魔されるしよぉ。やっと堂々と乗り込めるぜ」


 ――――どうも、何やら不穏な会話の中に聞き逃す訳にはいかないワードが登場したので、私はその横を素通りする前に一度足を止めた。

 ただ、そこで変に立ち止まると目を付けられてしまう可能性がある。なので一度横を通り過ぎて、校門の裏に身を潜めて彼らの会話に聞き耳を立てることにした。


「そろそろケリ付けてやろうぜぇ。やられっぱなしも気に食わねぇしよぉ?」


「そうだ、また(・・)あの野郎の病弱な弟でも連れ出して脅してやりゃあいいんじゃねぇか? あいつのタメで姫ノ上にいたはずだよな?」


「……馬鹿かお前らぁ。前にそれやって俺らまとめて半殺しにされただろ? 次に手出したら間違いなく殺すだとか言われたの忘れたのかよ。変に回りくどくやるのは面倒臭ぇ、正面から殴り込めばいいだろ。さっきも言ったろ、どうせあの野郎は甘ちゃんに囲まれて鈍ってんだろうしよぉ」


 左から綺麗に色の入った赤髪、金髪、緑髪の三人組。……ここは信号機トリオと呼ぶことにしよう。その奇抜な髪色三人組の話す内容はどうも私にとっても無視できないものであるようだった。


 西尾(・・)と言う名前。そして『病弱な弟』。……恐らく彼らが標的にしているらしい相手は新平くんに間違いないだろう。


 そして改めてゲームの設定を思い出そう。

 舞台は姫ノ上学園。主人公と攻略対象キャラたちは姫ノ上学園に在籍する生徒で――駒延高校のキャラは『基本的に悪役』。


 そう、この信号機トリオ。確かに新平くんのルートでも登場した、紛れもない悪役三人組だったのだ。

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