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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
二章〈推し活は節度を守ること〉
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 夏は過ぎ去り、涼し気な秋の訪れを感じさせるようになってきた今日この頃。


 普段まとまりのない私のクラスも秋の一大イベント、文化祭に向けての準備で賑わいを見せていた。……一応出店をやるらしいけど、そんなのは大体クラスの主導権を握る気の強い女子あたりが好き勝手やるだろうから私の役目は気配を消しておくことだ。


 駒延高校の文化祭もそうだけど、私が気になるのは姫ノ上学園の文化祭だ。――文化祭と言えば当然、そのイベント限定のシナリオやスチルが用意されているもの。

 攻略するキャラ毎にそのイベントは異なっているけど、文化祭と言うのは制作陣もかなり力を入れたのが見てわかるような内容で溢れていたはずだ。


 ……文化祭。それは、一般人も姫ノ上学園へ立ち入ることを許可される唯一の日だ。つまり、私もあの学園へ足を踏み入れることができると言うこと。


「……と言うことで私、西尾くんの、と……友達として、今度の文化祭は遊びに行ってもその、よろしいのでしょうか……」


「そんなことで今日ずっと難しい顔してたのか」


 バイト先の休憩室にて私は恐る恐る打ち明ける。


 私にとっては大きな問題だったのに、新平くんからは呆れたように返されてしまった。


 だって知り合いも誰もいないのに一人で見知らぬ学校の文化祭に来るって普通有り得ないでしょう。だからせめて『遊びに行く』ための『大義名分』を作らなければ、とここ数日ずっと悩んでいたのに。


「お前んとこの文化祭のが早いんだったか。俺その日バイトなんだよな」


「私は当日サボる気満々ですよ。姫ノ上ほど楽しくないと思います、内輪で盛り上がるだけで。バイト頑張ってください」


 私と新平くんは、あの夏祭り以来さらに腹を割って話すような間柄へと進展したように思う。

 この前新平くんははっきりと私を『友達(ダチ)』と言ってくれたのだ。……お、推しと友達になっちゃったよ私。浮かれたのはその時だけだったけど、今はこうして話していても一々ドキドキしたりしない。


「クラスの出し物は何をやるんです?」


 ――実は知っているんだけど。


 新平くんのクラス即ち、主人公が属するクラスの一年目の出し物は固定で決められているから。……そう、


「俺んとこはたこ焼きの出店だ」


 『喫茶店』の出店を――あれ?


「た……たこ焼き……?」


「おう。……何だよ、そんなに目丸くして。別にそんな意外性のあるもんじゃねぇと思うが……」


 ……私の知ってるシナリオじゃない!


 誰のルートにおいても一年目のクラス出店は『喫茶店』固定のはずだったのに。それが、た、たこ焼きに……。


 ――以前にも私は考えていたけれど。やっぱりこの世界、と言うより私の生きるこの現実(・・)は『ゲームの中』ではないと言うことなのかな。

 すごく複雑だけど、ゲームと同じ設定であるだけの全く別の世界? と言うか。……新平くんや恭くんも私の知っている設定そのままだけど、実際こうして話すと意外なところはたくさんあるし。


 そもそも『三角関係』が発展しない限り『三人デート』って発生しなかったはずだし、灰原さんが新平くんと恭くんを誘ってお出掛けを繰り返しているのも前から気になっていた。

 それから……少し前の夏祭りの日。新平くんは一大イベントである花火大会を待たずして三人デートから離脱し、あろうことか私と二人で花火を観ることになったりしたんだから。


 とにかく、私の知ってるシナリオ通りには進んでいないことが間違いないのだ。これっていいことなのかな……いや、良いも悪いもないか。


 だって新平くんたちは生きているんだし、未来は誰にも分からないことが当たり前だもんね。


「西尾くんは厨房係ですよね」


「一応そっちを希望してる」


「希望してる、と言いますと?」


「……クラスの女子からは売り子に推薦されてる。たこ焼きに売り子もクソもねぇだろうがよ」


 思わず笑ってしまった。すぐ新平くんに睨まれたからその笑顔は引っ込めたけど。


 新平くんの風貌は……確かに、決して『穏やかな人』ではない。イライラして怒りを押さえ込んでいる時なんかは特に野生の肉食動物みたいな感じで近寄りがたいオーラ満載だけど。

 でも、それ以上に彼はイケメンなのだ。加えて高身長、細マッチョ、万能スポーツマンで本人は隠しているけど実は芸術肌。ここにモテない要素があるとお思いですか?


 売り子に推した女子は見る目があると思う。新平くんは小さい子からは怖がられてしまうかもしれないけど、中学生くらいの男の子やお姉様方からはとんでもなくモテモテだろうから。


「売り子も向いてると思いますけどね。このバイトで培った接客スキルもあることですし……あ、でも新平くんは自炊とかやるんでしたっけ?」


「絶対に接客よりは料理するほうが得意ではあるな。やるからにはちゃんとやるつもりでいるからよ、お前も食いに来いよ」


「はい! 楽しみにしてますね」


 ――私がそう返事をしたところで、ガタンと休憩室のドアが荒々しく開けられた。私は少しびっくりして、新平くんはピクリと片眉を上げて入り口へ目を向ける。


 立っていたのは――灰原さん。だけど何だか、様子が変だ。表情がないと言うか……いつも、小動物のような丸くて大きな瞳が潤んでいるのがチャーミングなのに、今は目にハイライトが無いと言うか。

 不機嫌、でもない気がする。何かあったのかな? 問い掛けてみようと思ったんだけど……無理だった。何か、圧がすごくて口が開かなかった。情けない私。


 灰原さんは新平くん、私の順番に視線を流したかと思うとツカツカ歩いて、近くにあった椅子に腰掛けた。私の隣、新平くんとは机を挟んだ正面だ。……隣か。


「シンくん。休憩何時まで?」


 でも圧を感じていたのはその瞬間までで、灰原さんは椅子に座るなりニコッと微笑んでそう言った。こうして見るといつも通りの可愛い灰原さんだ。

 様子が変だったのは気のせいだったのかな?


「あー……? あと五分くらいか。だよな茂部」


「あ、そうですね」


 そうか私と新平くん、同時に休憩入ったんだった。視線を送られたのでそう答える。


 それを受けた灰原さんはまた柔らかく微笑むと「そっか」と返した。

 ……そこから無言が続く。どうしてこんなに沈黙が続くんだろう。灰原さんはともかく新平くんすら何も話さない……なぜ?


 あと五分と言ってしまった手前、今ここで席を立つのは気まずいと言っているようなものだ。だからと言って私はこのメンバー共通の話題を振れるほど……あ、そうか。


「灰原さん。さっき聞きましたけど、文化祭の出店でたこ焼き屋やるんですよね? 灰原さんは当然売り子でしょうね」


 すごく久々に灰原さんと視線が交わる。改めて見ると本当に頭が小さくて、目は大きくて、鼻は高くて……私、この子の隣に座ってるのが恥ずかしいレベルなんじゃ。新平くんから見て比較対象になってない?


 でも何だか、視線が合うと少し寒気がすると言うか。灰原さんの持つ目力に圧倒されているのかな。


「当日は……あ、遊びに行きますね?」


「――シンくんに会いに?」


「……ん? いや、だから遊びに」


「そう。好きにしたらいいよ、出入りは自由だから」


 にっこり。……笑顔なのに、それが笑顔に見えない私の目が可笑しいのか。


 私だって鈍くない。今の言葉、確実に棘があったのは確かだ。……私、灰原さんの気に触るようなことをしてしまったのかな? 表情は読めないけど恐らく良い感情は抱かれていない。それくらいは私にも分かった。


「……じゃ、じゃあ私、ちょっと飲み物買って来ますね!」


「……? お前さっきも――」


「ごゆっくり!」


 休憩入る前に自販機で買った水があるんだけど、まあそれは言い訳にして。新平くんが余計なことを口走ろうとしていたから慌ててそれを遮る。


 早足に出入り口まで移動し、休憩室を後にする間際。


「シンくん、来週私とデートしよ?」


「あァ? 何だって急に……」


 ……灰原さん、恭くん一途のルートじゃなかったの?

 新平くんに微笑みかける彼女の笑顔はさっきとは一転、普段の天使のような柔らかい表情だ。


 新平くんと私で態度が違う――そりゃ、私はモブだけど。何か嫌われるようなことやった? いやそもそも灰原さんとは会話と言う会話をほとんどしていないはずだし。


 私はゆっくりと廊下を一人歩く。飲み物を買うと言った手前、財布を持ってきてしまったからにはこのままレジには戻れないし……いずれにしても鞄にこれを戻さないと。

 休憩時間はまだ五分残ってるし、あと三分後くらいにまた戻ろうかな。それで、すぐに退散しよう。


 もし灰原さんが新平くんを『好き』だと言うのなら、私は陰ながらそれを応援するだけだ。

 だって私だってかつて、灰原さんの中の人(・・・)として新平くんと恋をしたのだし。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「……と言うことで私、(西尾くん)の、と……友達として、 「(新平くん)のクラスの出し物は何をやるんです?」「(西尾くん)は厨房係ですよね」 名前が気になる点です。
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