19 記憶(1)
『大丈夫だ、分かってる。お前は優しいからあいつを放っておけなかったんだろ? 俺は大丈夫だから』
「違う……それはそうなんだけど、そんな顔させたかった訳じゃないよー!」
ゲームを手に部屋で一人寝転ぶ少女が一人。近くの勉強机の上にはとあるパッケージが転がっており、タイトルには『ハイスクール☆シンデレラ』と書かれている。少女が持つゲームの画面には、黒髪で目つきが悪いやんちゃな風貌の青年の立ち絵が表示されており、その表情はどこか切なげだった。
ぴこん、と何やら不穏な電子音が鳴り響く。それはキャラクターの好感度が下がったことを示す効果音だった。
「やっぱり普通にプレイしてたら恭くんのルートに入るようになってるんだ。そりゃメイン王子だし当然か……にしたって普通の良心でプレイして上がってく好感度をわざと下げないと新平くんルートに入れないのは酷すぎない!?」
特定の二人の好感度が同時に上がると三角関係ルート入るシステムになっているその恋愛ゲームには、『西尾恭』という主人公唯一の幼馴染ポジションでありメインヒーロー扱いをされているキャラクターがいる。彼は通常にプレイするだけで好感度が上がっていく一番攻略難易度が低いキャラであるため、その彼と三角関係に設定されているもう一人の攻略対象対象キャラ――『西尾新平』の攻略は、ある意味高難易度と評されていた。選択肢が難解という訳でもなく、単純に彼を攻略するには『西尾恭』に嫌われるよう意識してプレイしなければならないため、プレイヤーの良心がかなり痛むようになっている。
このゲームをプレイしている少女の推しキャラは『西尾新平』。当然、少女は彼のルートを攻略中だった。しかし案の定『西尾恭』の好感度が上がっていたため、初見プレイにして三角関係ルートに突入してしまい、己の良心に従った選択を取った結果推しに嫌われるという事態に見舞われていた。それに酷く項垂れた少女は大きなため息と共にゲームをリセットする。好感度が分岐した選択肢の前のセーブデータに戻るためだ。
「新平くんに嫌われないために、弟が寝込んでいるところを無視しなきゃいけないって……なんかこのルートだとヒロインの性格が倫理的に共感できないところがあるんだよなあ……もっとさあ、二人から同じ誘いがあってどっちと行く? みたいな選択ならまだしも!」
このゲームは元々インディーズで開発されたもので、大きな人気を呼んだことでとある企業との合作リマスター版として再リリースされたという経緯がある。登場キャラクターたちは原作者たちの個人的趣味が強く反映されたものと公式説明があるため、明らかにメインヒーローである『西尾恭』贔屓があるのは明白だった。加えて、その兄『西尾新平』がまるで当て馬のように扱われていることも手に取るようにして分かる。
西尾新平が推しである少女からすれば少し納得がいかない扱いではあるが、このゲームのプレイヤー仲間であり少女の友人は「中言崇文の過去回想シーンにのみ登場するすでに故人の彼の後輩」が推しであるらしく、そんな彼女に比べればまだ推しの攻略ルートが用意されているだけマシだと思った。
「もし、この選択肢以外の選択を取れるなら……もっといい手段があると思うんだよねえ」
三角関係ルートでは、シナリオの終盤で必ず「二人の内どちらを選ぶのか」という大きな選択がある。逆ハーレムルートはあるにも関わらず、二人を手玉に取るというルートがないのはどんなこだわりなのか分からないが、システム上そうであるなら仕方がない。どのルートにおいてもその選択を取る際、選ばれなかった片方への扱いは心が痛むと聞いているが……それにしても、普通の良心に従うと自然と西尾恭のルートに入ってしまうというのは理不尽だと思った。
『お前、来てくれたのか? キョウは……? 熱があるとか言ってただろ』
『……そうなのか……来てくれてありがとうな。ああ、お前のために頑張るよ』
少女はここで一旦ゲームを中断すると、パソコンを立ち上げて『ハイ☆シン感想スレ』を開いた。そこで自身のプレイ進行度に合わせた専用のスレッドに移動し、書き込みを流し読む。
>新平ルート攻略中なんだけどちょっとキツイ
>弟が喘息起こしてるのにそれ無視してやってきたヒロインに鼻の下伸ばしてんのはえぐい
>なんか常に恭のことがチラつくせいでイマイチ好きになれないかも
「言ってることは分かるんだけどさあ……新平くんは悪くないじゃんかー! ストーリーのせいだよ!」
少女が西尾新平を推しているのは、初めは立ち絵のイラストが好みであったことがきっかけだった。プレイを進めることで意外と面倒見が良いというギャップ萌えなどにどんどん沼に落ちていった訳だが、何となく「弟への当て馬感」が拭えないのは否めない。噂では、西尾新平は元々攻略キャラではなく恭ルートの悪役でしかなかったところを途中で攻略キャラへ変更したとも言われている。その真偽は定かではないがそうだと言われても納得の扱いではある。
>数少ない新平推しのみなさん、次回イベントではオフ会をやりましょう
「行く、行きます!」
とある書き込みに反応した少女は飛びつくようにしてカレンダーを確認した。来月の第二日曜日、『ハイ☆シン』のゲームイベントが開催される。当然、入場チケットを取っていた少女は参戦予定だった。
「イベントまでにバイトのシフトは多めに入れとかないと。どうせ新平くんのグッズは急がなくても買えちゃうと思うし、行く時間はそんなに急がなくていいかな。帰りのバスも予約しないと! 帰りのバスは同じイベント参戦者で溢れてそうだなあ~」
カレンダーにイベント当日までの予定を意気揚々と書き込んでいく。少女の友人は残念ながらチケットが取れなかったそうだ。初めてのイベントで一人での参戦は少し不安だったが、高校生にもなる少女にとってそれはさほど大きな不安ではなかった。
「楽しみだなー!」
気晴らしが済んだ少女は一人楽し気に声をあげると、再びゲームを手に取って先程の続きからプレイを再開した。