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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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17

「相変わらずいけ好かねークソ野郎……」


 去って行った新平くんの背中に向かって赤城くんがブツブツとそんなことを言い続けている。この二人の絡み、一緒にいると聞いたときはかなり心配したけど中々にいいコンビだったなと思った。同時に、一年半前には文化祭やらで新平くんと信号機トリオを接触させないように気を張っていたことを思い出して、赤城くんに関しては今となって思えばそこまで神経質にならなくてもよかったのだと振り返る。

 ただ他の二人とはどうだろうか。そもそも赤城くんの角が取れた……と言えるかは別として、私が赤城くんと接するようになったのはあの二人と赤城くんが袂を分けたからとも言えるから、結局信号機トリオと新平くんの相性は悪いということかな。……それもそうか、だって彼らは新平くんルートのれっきとした”悪役”である訳だし。


「とりあえず戻るぞ。さっきも言ったけどオレはもう、何かしら起きても知らねーからな」


「そうだね。私も結構色々あってそれなりに疲れたよ」


 そんなことを言いながら私たちは元のテントに戻って、そのあともまあまあ問い合わせだったり迷子だったりがあったけど、赤城くんは文句を垂らしながらも何だかんだで真面目にボランティアに取り組んでいたと思う。



 夕暮れ、イベントの目玉はほとんど終わって私たちも片付けがある程度落ち着いたところで、私たち以上に疲れ顔の佐藤先生に声をかけられた。


「お二人さん、今日はありがとな」


「先生もお疲れさまでした……? そっちも大変だったんですか?」


「大変だったよ? タカ先輩と絵里が同時に現れて」


 先生はそれ以上なにも言わなかったけど、私はそれだけでああ……と納得した。赤城くんは頭上に疑問符を浮かべていたけどね。

 と、どうやら北之原先輩は例の不審者について佐藤先生に伝えたらしい。先生から心配されたけど、あの後に同じ人を見かけることもなければ大きなトラブルもなかった。その旨を伝えると、先生も「それならよかった」と安堵の表情を浮かべる。とりあえず事件性のある事態まで発展しなかったし、この話はここで終わりだろう。


「オレはもう帰るぞ。いいよな」


「おう、今日はありがとな赤城。家まで送るぞ?」


「いらねー、歩いて帰る」


「そうか。あまり寄り道はするなよー」


 帰り際、何かと口うるさくそう言う佐藤先生に赤城くんは「うるせーなぁ」などと言いながら行ってしまった。今日一日でよく分かったけど、赤城くんは口は悪いし文句も言うけど、言われたことはそれなりにちゃんとやるということだ。これは根は真面目認定しても言い逃れはできないと思う。さっき、新平くんがいるときに私が言った「面倒見がいい」というのも本心で、どこか二人は似ているところがあるんだと思う。……私は赤城くんに兄弟がいるとかそういうことは一切知らなかったけど、彼らが中学生の頃に一緒にいたのにはしっかり理由があったのだろう。それに、酷く納得ができた。


 その後、佐藤先生は私にも家まで送ると言ってくれたけど、帰りにスーパーに寄る都合があった私は丁重に断りを入れた。どちらからも断られた先生はちょっと寂しそうにしていたけど。



 ……買い物も終えて、家に向かっていた帰り道。私は色々と考え事をしながら歩いていた。

 新平くんと偶然に会えたこと、これは嬉しかったことだ。赤城くんと一緒にいたということがまず驚いたし、あとは部活の手伝いの話。内心かなり驚いていたんだけど、何とかあまり顔には出さないようにしていたけどちょっと顔に出ていたと思う。……というのも、三年生になった新平くんが中言先生の手伝い――もとい吹奏楽部に仮入部する展開はゲームでもあった。でもそれは、”西尾新平ルート”に入ったときに起こるイベント、なのだ。


 ヒロインである灰原さんが学園から消えてしまってからは、最早何事もゲームの通りとはいかないのだとは思っていたけど……しかし思い返せば新平くんはお父さんの話も私に教えてくれたし、竜さんを通じて中言先生ともメゾ・クレシェンドでよく絡みがあるし、この流れは当然と言えば当然というか。だから驚いたのはそうなんだけど、納得もした。元は恋愛ゲームだけどキャラクターにはそれぞれストーリーがあって、『ハイスクール☆シンデレラ』では攻略キャラが抱える過去のしがらみであったり障壁をヒロインと一緒に乗り越えるという大筋の構成になっている。


 新平くんが抱える”障壁”に定義付けるならそれは勿論、お父さんのこと。彼の場合は言うなればそれが音楽という”夢”に結び付くもので、新平くんがお父さんのことで自ら遠ざけた音楽をもう一度手に取る――言ってしまうとこんなストーリーで、まさに今の状況はそのシナリオを辿っているように思う。


 正直ホッとしていた。……ゲームはやり直して何度も同じ時間を繰り返すことはできても、現実はそうはいかないから。基本的に誰か一人のルートに入れは他のキャラクターは素知らぬふりということになり、何ならヒロインとは知り合うこともせずエンディングを迎えることにもなる。……例外として三角関係ルートに入ったり、逆ハーレムルートを進めば複数人と関わることはシステム上可能ではあったけど、逆ハーレムルートなんてかなりの高難易度だった気がするから、この現実で灰原さんが頓挫したのも当然かと思っていた。まあ、あれはちょっとゲームオーバーなどど表現するのとは違う気がするけど。


 そう言えば、三角関係ルートに入るとそれぞれのキャラと同時にその困難を乗り越えるフェーズに入るんだっけ。私が三角関係ルートを嫌っていた主たる理由だけど、あくまでそれはゴールに辿り着くまでのルートが三角関係であるだけで、ゴールの相手はただ一人だということ。つまりは、二人同時に攻略して絆を深めて、最後にはそのどちらかを振らなきゃいけない訳だ。……それがあまりにも酷な展開なもので、それだけで私は新平くんと三角関係に陥る運命の恭くんが苦手だったんた。二人とも全く悪くないんだけど……これだから公式人気キャラ投票で、攻略キャラであるにも関わらず新平くんの順位が低いのはこの三角関係システムも影響している気がしていた。


 圧倒的人気キャラの恭くんの当て馬に使われてるかのような扱いだったもんなあ。確かゲームイベントに行った帰りの道中で、同じバスに乗ってた恭くん推しの人に何かを言われたような――


「あれ?」


 ――帰りのバス、の情景が一瞬思い起こされたところで立ち止まる。ゲームイベント、って何だっけ? ……あ、そうか。『ハイスクール☆シンデレラ』の公式イベントがあって、前世の私はそれに現地参加をしたような気がする。


 う~ん……?

 ただ、さっきはまるで自然とその情景まで思い浮かんだような気がしたのに、急にモヤがかかったように思考力が落ちた。


 いや、思い出した方が可笑しい。私は高校の入学式前日に漠然と「自分に前世があったこと」、「前世でこの世界のゲームをプレイしたこと」、「ゲームでプレイした内容」だけをハッと思い出しただけで。前世の自分がどんな暮らしをしていたとか、自分を含めた家族の顔とかそういうものは一切思い出せずにいた。ピアノを触った記憶とかは、記憶というよりは身体が覚えていた感覚に近い。それは”今”の自分を受け入れているからなのかな、と思っていた。……そう、ゲームのことは思い出せても、前世の自分がゲーム以外の何かをしていた記憶なんてなかった。今少しだけ思い浮かんだこともゲームのイベントのことだからあゲーム繋がりではあるけど……そうだ、前世で”誰か”と関わった記憶が今までなかったんだ。それが今、私はあの日誰かと会話したことを思い出し、


「――あの日に、死んだ……?」


 誰かと話していた。バスの中で。会話の相手もまたゲームのファンだったから、話は盛り上がった。そうしている間に私たちを乗せたバスは――


「詠」


「えっ?」


 聞き覚えのある声が聞こえて振り返る。車道に一台のタクシーが停車していて、その窓からこちらを見上げるようにして声をかけた人は、


「お母さん?」


「今から家に帰ろうと思ってたんだけど。一緒に乗ってく?」


「家はすぐそこじゃん……」


「じゃあ私も歩くとするわ」


 タクシーを使って帰宅途中だったらしいお母さんが、私を見つけてどこか嬉しそうにしながらタクシーを降りてきた。相変わらず派手な髪色とメイクだけどスーツに身を包んでいて、今は一体どんな仕事をしているのか全く予想がつかない。


「あのさ、今って何の仕事してるの?」


「営業所の事務作業。今のはまぁまぁ長くやってるわね。ところであんたは今日どこか行ってたの? ……学校?」


 私が制服なのを見てお母さんは訝しげに尋ねる。それには「イベントに生徒として参加したから」と答えると、お母さんは「ふうん」とだけ言って私が持っていたスーパーのレジ袋を取り上げるようにして持ってくれた。


 お母さんは、今日は日差しが強いだとかそんな話を振ってきた。それに相槌を打ちながら、私はどこか頭の中で別のことを考えていた。

 私は……前世の自分がどんな自分だったのかをあまり覚えていないけど、多分、今の自分とそんなに変わらないような人間だったんだと思う。これは何となくの予想でしかないけど。


 ただ、ふと気づいたことがある。私は――前世で死んで、この世界に転生して。高校生になる直前に前世のことを思い出したけれど、


 それまでの今世の記憶が、前世のように曖昧な部分が多い。私って――元々(・・)、どんな人間だったんだっけ?

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