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推しが存在する世界に転生したモブAの話  作者: 西瓜太郎
七章〈推しに認知された結果〉
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 私が先輩の言葉を聞いて自身の背後を振り返ろうとすると、すかさず私の肩の掴む先輩の腕がそれを制止した。……相手に悟られまいと、先輩なりの気遣いなのだと察する。


「……本当に? 見間違いじゃなくて?」


「しばらく見てたけど多分そう。キミが歩くとついてくる、キミが止まると合わせて立ち止まる。ボクはキミより先に不審な動きをしている相手方を見つけてね、その視線の先でキミを見たから声を掛けたんだよ。……このまま進もう、いいね?」


 先輩はまるでエスコートするかのようにして私に歩くよう促す。取り敢えず流れるままに先輩に合わせて歩き出すと、先輩がチラリと後方を確認してから「やっぱりね」と呟いた。……私の鼓動は早まる。なんで、私のあとをつけ回るような輩が?


「撒ければいいんだけれど、難しいかな」


「……あの、どういう人ですか? 先輩の知らない人ですよね、その不審者って」


「顔はよく見えないね、体型を隠すような素朴な服装でキャップを深く被っている。けれどそうだね――あの歩き方と雰囲気はおそらく、女性だ」


「女性!?」


 声量が大きくなりそうになったところで、先輩は口元に人差し指を当てる所作で私を窘める。歩みは止まらないので、依然として私たちの後ろについているということだろう。


 ……顔を隠して私のあとをつける女の人? 心当たりはないはずで――いや、女性? ……なら、以前に揉めたことがある一人が思い浮かぶけど。


 灰原さんだ。最後に会った時の出来事はかなり後味の悪い状態で、そして彼女は錯乱状態だった。さらにその少し前には学園内でトラに危害を加えたとも聞いた。そんな彼女なら或いは……。


 でも、先輩は「知っている人かどうか」に対して「顔はよく見えない」と答えた――先輩なら、一度見知った相手ならすぐ見破りそうなほど優れた観察眼はあると思う。灰原さんの不審行動にも気付いて手を打っていたくらいだし。ってことは今ストーカーしている人は灰原さんじゃない可能性もある。


「頼れる人は近くにいるのかな?」


「佐藤先生と同級生の男の子と一緒に来ましたが、今は二人ともどこにいるのか分からなくて。先生も電話は繋がり難いですし」


「そうか……」


「……でも、相手の目的が分からないことには」


 私がそう言うと、先輩は分かりやすく眉を吊り上げた。怒ったのだろうか? 思わず心臓が跳ねる。でもすぐに肩を竦める動作をしたので、どちらかと言うと呆れた様子だった。


「かつてキミを利用してしまったボクが言えたことではないけれど、いつかキミが自分自身を滅ぼしてしまわないか心配になるよ」


「それは……気を付けますけど、今のところ自分に心当たりはないので……もしかしたら悪意ある人じゃないかもしれないし」


「ボクは自分の経験則からキミに助言をしているんだ。やましいことがない人間ならこんな物騒な真似はしないだろう。後ろ暗い何かがあるから顔を隠して人の後ろをついて回っているのではないのかな」


 まあ正論だ。黙るしかなく、そう言っている間にも先輩は歩みを止めない。そして「しつこいな」と呟く。……まだついて来ているようだ。


「一旦立ち止まってみませんか? もしかしたら話し掛けてくるかも」


「先ほどの様子を観察するに、キミがここで止まっても相手も合わせて立ち止まるだけだと思うけれど」


「逆に近付いたら逃げて行ったりしませんか?」


「……そんなに言うなら試してみるかい?」


 何はともあれ顔は私も確認したい。というか私は誰かにつけられているなんて一切気が付かなかったし、半信半疑なところもある。


 先輩が私からスッと身を引いた。ここで別れたと思わせて油断させるつもりなのだろう、と意図を汲む。

 若干緊張しながら私も平然を装いながら振り返ってみた。ここには他の人の目もあるし、そうすぐに変なことにはならないだろうと踏んで。



 ぱっと振り返った時に、すぐに分かった。意識していたせいもあるだろうけど、先輩の言う“その人”が誰なのかは一目瞭然だった。

 深く帽子を被って、黒いトレーナーにジーンズ姿の人が真っ直ぐこちらを見ていた。マスクをしているので顔はよく分からないけど、目が合ったので雰囲気は分かった。――知らない女の人だった。


「……、は」


 一瞬息が詰まった、その女の人が私を見つめる眼差しがあまりに鋭いものだったから。すぐに目を逸らすけど、女の人はその場から動こうとせずまだ私のことを見ている。……なんで、一体誰?


「子猫ちゃん」


 グイッと腕を引かれた。先輩はそのまま早足に歩き出す。先輩の長い足に合わせて歩くのは少し大変だった。けど、先輩もあえて急ぎ足になっているのだろう。まるで逃げるようしながら人の間を縫うように歩き、その場を離れる。

 歩きながら先輩が言った。


「顔は分かったかな」


「……マスクをしてました。でも知らない人です、それに年齢も多分……私よりはずっと歳上のような気がします」


「認知していない第三者から恨みを買うような心当たりもないのかい?」


「ないですよ!」


 先輩は再びチラリと後方を窺い、一瞬だけ顔を強張らせた。その表情を見るに、おそらくまだついて来ているのだろう。なんでこんなにしつこいの。


「いっそ話をつけた方が早いかもしれないが……物騒なことは御免だからね。念の為ボクのSPを手配するよ」


「SP!? そこまで!?」


「可愛い後輩が危険な目に遭うのはボクも望んでいないよ。それとして、キミも頼れる人に連絡をするんだ。親御さんでも誰でもいい」


 先輩はそう言ってスマホで誰かに電話をかけ始めた。本当にSPを呼んじゃうのか! それこそ大事になったような気がして落ち着かないけど。


 それにしても頼れる人に連絡しろと言われても。お母さん……は多分連絡つかないし、呼んでもすぐには来られないだろうから却下。時点で今一番身近な大人である佐藤先生に再び電話してみるけど、応答なしだ。却下。


 ……あとは、身近な人で言えば……今日一緒に来ている赤城くんかな。でも私のために駆けつけてくれるかと言われればちょっと微妙な相手でもある。まあでも一応頼ってみよう、さっそく先ほど交換した連絡先から電話をかけてみる。



 その間、私たちは人混みの中を歩き続けていた。五度目くらいのコールでコール音が途切れて、風を切るような騒音が聞こえてくる。

 もしもし、と口にしたところでスピーカーから聞こえてきたのは、


『……なんでお前がこいつに電話かけてんだよ?』


「へ?」


 聞き慣れた声で聞き慣れない、どこか不貞腐れたような低い声がそう言っていた。

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